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「神サマってやつが、ついに人間を見放したのさ」
オサムは、モニター画面に映し出されたニュースショウをリモコンでオフにした。『子供が生まれなくなった原因を、学者達が全力で究明している』旨の特集だった。そして何も見なかったように、朝食のコーンフレークの続きを食べ始めた。
第X次世界大戦から二十年後の地球。わずかに生き残った人間達は、数カ所のドーム都市の中で生活していた。電力、食料、都市機能等はある程度回復しつつあった。だが、この二十年間、何故か子供は一人も生まれなかった。終戦の年に妊婦だった女性らが出産したのが最後だ。その子供が、オサムたち『ラストエイジ』である。
ラストエイジを含む二十代の男女は、教育施設のドームで生活し勉強や研究を行っていた。オサムも、政府に与えられた灰色の壁の部屋で暮らし、大学へ通っている。勉強に支障をきたすという尤もらしい理由で、他ドームの情報は遮断されていたが、戦争好きな大人達がウズウズしてるって噂は囁かれていた。 朝食を済ませ教科書を揃えていると、RRRNDと電話のベルが鳴った。母からだろうか? 両親は別のドーム内に住んでいた。
『もしもし、こちらハツちゃんでしゅ。ピザ一つお願いしましゅ』
「?」
四歳くらいの女の子の声だ。何のいたずらだろう、もう地球のどこを探しても四歳児などいないはずなのに。
『初美、何してるの!』大人の女性の怒声と共にガチャン! と電話は切れた。
いったい、何だったんだ? クラスメートが子供の声を合成して、うちへテストして来たんだろうか。だが、大学へ行って友達に尋ねてもみんな覚えがないと言う。
それから二,三日おきに電話がかかるようになった。不思議なことに、少女は成長していて、少しずつしっかりした喋りになっていった。十日後には、オサムと会話ができる年齢になっていた。
『また、そこにかかっちゃったの?』
「そうらしいよ」
『変だなあ、友達にかけたつもりなのに』 政府の機関の精神テストか何かかもしれないとオサムは思っていた。ラストエイジが精神構造を調べられていても不思議はなかった。 「今、西暦何年か言えるかな?」
オサムは片手にフライパンを握り、頬と首の間に受話器を挟んだまま尋ねた。冷凍チャーハンを炒める音で声が聞き取りづらい。
『バカにしないで、もう中学生なのよ。一九九X年に決まってるでしょ』
少女の告げた西暦に、オサムはフライパンを取り落としそうになった。今から百年以上も前じゃないか! では、この電話は過去へ繋がっているというのか? そんなバカな。それにこの前の電話ではまだ十歳だと言っていた。もう中学生だって? あれから二日しかたっていないぞ。
これは、自分が思っているような、どこかの機関のテストではないかもしれない。もしかしたら、電話回線だけが、タイムリープしているのかも・・・。
「君の名前は? どこからかけてるの」
『補導員みたい! 大人って最低』
電話は切られていた。オサムは自分を大人だと思ったことはなかったので苦笑した。
数日後、大学へ行くと、登校している生徒は半分に減っていた。そろそろ『始まる』というので、自宅の核シェルターに籠もっているのだろう。オサムも帰りにお籠もり用の買いだしをしに行った。街では、学校を中退したため家もシェルターも取り上げられた若者達が、鉄パイプで店のガラスを叩き割り、破壊と略奪に夢中になっていた。オサムは、結局今夜の夕食の材料だけを買って帰った。
今度の争いは、人工太陽の権利を巡ってのものらしい。世界史を学ぶオサムにとっては、またか、という感じである。
部屋の鍵を開けると、電話が鳴っていた。
「ハロー?」
『またあんたなの』
オサムは荷物をテーブルに置いた。
「ご挨拶だな。間違い電話をしているのは君の方なのに。君はいくつになったの?」
『十五歳よ』
「中学三年だな」
『明日まではね。明日、卒業式なの』
「ふうん、それでまさか、好きな男の子に告白の電話でもするつもりだったの?」
電話は無言だった。皮肉で言ったつもりだが、図星だったらしい。赤面して絶句してしまった少女の表情が想像できて、ついクスッと笑ってしまった。
『笑うことないでしょ!』
「ゴメン、ゴメン。でも、そんな乱暴な話し方じゃあ、うまくいかないと思うよ」
『そ、そうかな?』
声が不安げに震えた。
「どんな風に告白するつもりだったんだい?言ってごらんよ」
『何も考えてなかった。どうしよう』
「まずは、『付き合っている人いますか?』とか、『好きな人いますか?』って質問からだろうなあ。どれくらい親しい人なのさ」
その時、突然テレビとパソコンのモニターの電源が入った。緊急時のニュースを伝えるためにこういう仕組みになっていた。
スピーカーからはサイレン音が流れ出し、モニターは赤い文字を映し出した。『核ミサイルが発射されました。シェルターにお入りください』
『どうしたの? サイレンが鳴ってるわよ。近くで火事? 大丈夫?』
「・・・何でもないよ」
オサムはスピーカーをオフにした。そう、何でもない。たいしたことではないのだ。
「さあ、続けてよ。君の告白が成功するようアドバイスしてあげるから」
『うん。その人は、隣のクラスの人でネ、彼女はいないみたい。少なくても校内には』
「話したことはあるの?」
『お互い保健委員だから、委員会で毎月会ってたし、それに、体育祭では一緒の救護班だったよ』
「ないわけねー、話したこと」
『・・・うん。ダメかなあ』
遠くでガラスかプラスチックが破裂するような音が聞こえた。窓の外を見ると、空が割れて崩れ落ちるところだった。いや、正確には、空色のホログラフが歪み、ドームの天井がボロボロと落ちて来ているのだ。
「言うだけ、言ってみたら? それで断られたら、『一回だけ思い出デートしてください』って粘ってみなよ。きっと一回くらいならデートしてくれるよ」
「そう思う?」
少女の声が急に明るく弾んだ。
百年以上前のトーキョー。桜の蕾の下の卒業式。制服姿の少年少女達。オサムは、その時代を描いた映画を幾つか思い出して、想像してみた。みんな『明日への希望』ってやつを胸に『巣立って』いくのだろうか。
地面を強い衝撃が襲った。窓にぱりぱりと亀裂が走った。目が眩む強い光と共に、ガラスが雨のように降り注いだ。
『どうしたの、大きな音がしたけど』
「ううん、大丈夫さ。よくあることだから」 オサムは雨を避けようともせずに話し続けた。
「うまくいくように、祈ってるよ」
『ありがとう。結果、報告するね』
「いや、オレは今日引っ越すから、もう間違い電話は繋がらないと思うよ」
『なんだあ。もっと話したかったな。じゃあ、バイバイ』
少女の電話は切れた。オサムはゆっくりと受話器を置いた。
人類の未来に幸よあれ。
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