僕は潰したスニーカーのかかとを直して履き、恐る恐るセンサーの前に立つ。コンビニの自動ドアがゆっくりと開いた。
「こんにちは〜、いらっしゃいませ」
作り声の店員のあいさつと、胸がむかむかするようなおでんの匂いが、僕の緊張をさらに高めた。
空腹ではなかったが、焼き肉弁当とポテトサラダをひっつかむと、素早くレジに置いた。
「714円になります」
笑顔も作り物のような、ここの店員は二人。二人とも若い男性だ。お仕着せのオレンジとグリーンの派手な制服が、妙に似合っている。
僕はリーバイスのポケットから千円札を引っ張りだすとテーブルに置き、小声で尋ねた。いや、『頼んだ』。
「あの、お箸、つけてもらえませんか?」
「は?」
作り笑顔が消え、男達の視線が鋭く光った。聞き返されたので、僕はもう一度言った。
「割り箸をつけてもらえませんか?」
そのとたん、店の四隅にあった自動小銃がぐぅんと音をたてて、向きをこちらに変えた。
ダダダダダッッッ!!!
「うわっ!」
僕は横っ飛びに弾丸をよけた。店員たちは素早くカウンターの裏に隠れた。カウンターの化粧板に、いくつもの弾痕が小花のように咲いた。
僕は転がるようにして店を飛び出した。
「くそぅ。割り箸、入手できなかったか・・・」
しかも、弁当は置き忘れ、釣り銭も貰い忘れた。
20××年。地球は、ゴミで埋めつくされた。
人間同士にも優しくない者達が「地球にやさしく」するのなんて、ワニの腕立て伏せより無理な話だ。地球政府は10日前、最後通牒「エコロジー法」を発令した。
割り箸、紙コップ、発砲スチロール皿などの使い捨て食器の禁止。スチール缶アルミ缶の飲料自販機の廃止・撤退。パソコンのプリントアウトの禁止(常にデータでやりとりをすることを義務づけられた)。
道路にタバコやゴミを捨てたら、現行犯なら裁判無しで射殺してよい。ゴミの不法投棄も同様。使い捨て食器を使おうとした者には、威嚇射撃が許されていた。
僕は自分のロフトに戻り、最後のティーバックで紅茶を入れた。ティーバッグももう発売は禁止になっていた。リサイクル品のソファベッドに腰かけると、一週間後に迫ったグループ展への出品作品(未完成)が視界に入った。材料が手に入らない。頭痛がしてきた。
僕が作成中のオブジェは、セルロイド製の『地球』の北半球の一部と、そこのグリーンランド辺りから空に向かって橋が架かっている、というものだった。未来の無い星・地球から、空へ・・・宇宙へ伸びていく橋。それは死にかけた者が救いの手を伸ばす図にも似ていた。
ほぼ、完成している。ただ、橋の材料が少し足りない。
この作品のタイトルは『地球の端から箸で橋を架ける』だ。橋は割り箸で作られていたのだ。フェイドアウトする感じを出す為に、少しずつ橋の先が小さくなっていく。塗り箸では自由な長さに切れないから、割り箸を材料に選んだ。それがアダになった。あと三組もあれば完成するのに・・・。
なるべくすたれた店を選んだ。『ラーメン・たんぽぽ』。前を通っても、客が入っているのを見たことがない。現に今もカウンター席に僕一人だ。世間を恨んでそうな顔をしたオバはんが、一人で店を切り盛りしている。
「はい、ネギラーメン」と、どんぶりが無愛想に置かれた。席にある筒の入れ物には、もちろん割り箸は無い。ろくに洗っていないような変色したプラスチックの箸が、地獄の針山みたいに突き刺さっていた。
「あのぉ・・・。割り箸、無いですか?」
こんな閑古鳥な店なら、割り箸が残っているに違いないと睨んでいた。
「・・・。」
この店は聞き返すことはなかった。オバはんは何も言わずに背中のバズーカ砲をくるりと前に回した。
「うわっ、ごっそーさん!」
僕は料金を置くと店を飛び出した。
「ちぇっ、食べてもないのに料金を払っちまった」
しかし、残りの材料、ほんとにどうしようか。開催日まで、あと三日だ。
グループ展の仲間に何人か電話した。みんな準備で忙しくて、真剣には相談に乗ってくれない。
『今入手できるもので、似たもので代用したら?ダイコンとか、カブとかをカットして』
開催中にしなびてサイズが変わるし、腐ったらどうするんだ。それに、『空に向かって伸びた橋』の先に、ハエがたかったら興ざめだろ。
『発砲スチロールを買って来てカットして塗料で塗る』
あほか!ニュースも見てないだろ。発砲スチロールなんて、割り箸よりもっと流通していない。あれは今は、購入しようとしても使用しても、『その場で射殺可』なのだ。
しかし、救いの女神はいた。
『割り箸?私、取ってあるよ。主婦だからつい何でも取っておくクセがあってさあ。弁当についてるものも取っておくし、一度使ったくらいの割り箸なら、洗ってまた使ってたよ〜。
何本いるの?三本でいいの?』
神様、河豚娘蛇子様!もう二度と、ばばあのくせに『娘』を名乗るな、などとは言いません〜。
『割り箸って、取っておくと、いざと言う時に便利なんだよね、いろいろ』
どんな時に?
『トイレに指輪やイヤリングとか落とした時とかさあ〜』
頼むから、くれるのは新品にしてくれ。
作品は無事完成し、当日会場に持ち込むと、大変なことが起こっていた。会場の建物の屋根が取っ払われていたのだ。
グループリーダーも困惑していた。
「なんでも、熱帯雨林で伐採してはいけないはずの素材が使用されていたのが発覚したんだって。昨日エコロジー特別捜査官から連絡が来て。夜のうちに環境保護第6陸軍が撤去したそうだ。壁と床はOKだから、そのまま使っていいって」
僕らは口々に不満をいいながら、作品を何とかレイアウトし終えた、その時。
「雨だ」
不満は一斉に悲鳴に変わった。「ビニール袋」という、かつてスーパーの買物籠代わりをつとめた便利なものは、もう無い。作品にタオルをかけて守る者、ビーチパラソルを持ち出す者、慌ててテントを張る者。
「おい、それは使うとマズいんじゃないか?」
リーダーが忠告したが、僕はかまわず傘を広げた。三カ月前まではコンビニで売っていた透明なビニール傘を。
「これは使い捨て製品じゃないから。人間が勝手に使い捨てただけで」
現に僕は傘はこれしか持っていなくて、もう一年も使っているのだ。
ポツポツと、酸性雨がビニールの表面を叩いた。このまま傘を掲げ続けて、僕の腕力はどれぐらいもつのだろう。ビニール傘は酸性雨にどれくらい耐えられるのだろう。
僕の地球は、濡れたビニール越しに、青く淡くにじんで見えた。
<END>