『女たちは台所でウチュウを創る』
「こんにちは〜」
真理が食材を抱えて、肘でドアを開けた。
「思ったより早かったですわね」
キッチンでは大鍋に湯を沸かしながら、この家の女主人・まどかが振り向いた。縦巻きロールの髪も揺れる。白いフリフリエプロン、レースのヘアバンドは彼女の定番アイテムだ。13歳の時から40年間、ずっとこれを通しているらしい。
「会社、早退しちゃいました。夕方になると『百億の昼』をゲットしそこねちゃう。料理が作れないですから」
そういう真理も、一部上場企業のOL6年目の28歳だが、通勤にもオーバーオールにスッピン、紙袋という出で立ちだ。バッグでなく『紙袋』というのがポイントらしい。
「えらいわ、真理ちゃん。料理人の鑑ね。助かりますわ」
「今日子さんは?」
「もちろん、もういらしてるわよ。下ごしらえを手伝ってくれています」
荷物を置いて、真理がダイニングテーブルに回り込むと、テーブルで作業をしていた今日子が顔を上げた。
「手伝います。何をすればいいですか?」
見ると、テーブルには、アンドロイドのものらしい二の腕が横たえてあった。今日子は、それにブルーと紫のグラデーションのスパンコールを張りつけていた。
「これは、T2?でもなぜスパンコールを?」
「うーん。ライトストーンの方がよかったかな?でも、スパンコールの方が綺麗かと思ったんだ」
「私はライトストーン派かなあ。今日子さん、少し宝塚の影響を受けてません?」
そう言いながらも、真理はピンクのスパンコールを一列手早く張りつけた。
「仕方ないだろ、ベルばら世代なんだから」
次の一列に、今日子が綿棒でボンドを塗り付ける。今夜の今日子はベリーショートの髪にタキシード姿。しかし蝶タイは赤ラメであった。
「志垣太郎は、アンドレより、ソルジャー・ブルーの声がよかったですよね」
「同感だ〜。『地球(テラ)へ』は、乗物のデザインもよかったよなあ(うっとり)」
「あれ見て、カレが『力学的にあの形で飛ぶわけがない』とか言うの。アタマ来ちゃった」
「男の人は、必ず言うんだよ、そういうこと。本質が見えないから、つまんないことばかりにこだわるだろ?」
 今日子は余裕でふふんと微笑んだ。そして、小指の先までスパンコールな、ターミネーターの腕が完成した。
「真理ちゃんは、何持って来たの。この前みたいな、『人参とタマネギとじゃがいも』ってのはナシだからね」
「へへへ。まあ似たようなもんで。しめサバとカニです。蟹フォーク持参すよ」
「新刊が出たんだ?」
「新刊と言っても、もう数年前の話です〜(涙)」
「まさか、食材、火浦ネタだけじゃあないよね?」
「まあ、一応、時空ドーナツとか、ザリガニとか、電気羊のジンギスカンとか、色々仕入れては来ましたけど・・・」

「さあ、お湯が沸きましたわよ。薔薇エッセンスをたっぷり注いだわ。ご自由にネタを料理してくださいな」
まどかもそう言いながら、自分が用意した食材を鍋に落とし始めた。
アルジャーノンという名の鼠、かめくんという名のカメメカ、背が銀色でないシルバーバックゴリラ、猫のゆりかご、オリハルコン・・・・。
「うわっ、今、オリハルコン入れませんでしたっ?!」
「ええ、そうよ」
真理の悲鳴のような詰問に、まどかはさらりと言ってのける。
「ど、どこで手に入れたんですかっ?!」
「エントロピー<D>ですわよ。例のコイルの一部」
「D座標!アンドロメダ星雲中心部から、13万光年の?」
「ええ。男の子はいいですわよね、地球の海に潜れば、ムー大陸の遺跡から簡単に見つかるそうですもの」
鍋からは、甘くかぐわしい匂いがただよい始めた。今日子も真理も、今夜自分が用意したネタを次々に放り込んだ。
「もうすぐね」
「ええ、もうすぐ完成ですね」
三人はかすかに微笑み、鍋を覗き込む。
「まどかさん、今夜はご主人は?」
「今夜の晩餐は、もちろん男子禁制ですわよ。扉にはチェーンロックをかけましたわ」
「ちょっと味見していいかな?」
 今日子がスープを小鉢に注ぎ、ひとくち口をつけた。瞬間、固まった。
「?・・・今日子さん?」
文字通り、今日子は固まった。凝固していた。
「あ・・・私・・・『猫のゆりかご』、入れたわ・・・」
のんびりとした口調でまどかが言った。
「えーっ!もしかして、『アイス・ナイン』って物質ですか?世界を凝固させてしまうという、あれ?」
「そう。世界を終末に陥れた、あれ」
「・・・・・。食べれないじゃないですか」
「あら、そうね。・・・でも、香りを楽しんだり、見て楽しむのも、いいかも。ガツガツと料理の味だけ味わう、男どもとは違うのですもの」

そして、食卓には、マイセンの皿に盛られたデイナーが置かれた。二人はワイングラスを合わせ、料理の匂いをかいだ。
ぐーっ。
「お腹、鳴ってません?」
「少し空腹ねえ。出前でも取りましょうか」
「それより、今日子さんはどうするんですか?」
彼女は彫像と化し、まだコンロの前に立ちすくんでいる。
「・・・そうね。無かったことにしましょう」
「・・・(やっぱりその手か)」
女たちの夜は、しんしんと更けていくのであった。
<END>


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