第五話 『サルヤマの双頭の猿』
胎児のエマが3カ月になった頃、ウサギはまた惑星内の探索業務に出かけました。
獅子はまだ、泣きそうな顔しながら、穴を掘り続けていました。校舎のイタチ達は、あいかわらず、何から守るのか教室の入り口にバリケードを築いていました。
あとは、エタンの海の近くで暮らしている小動物の集団、第1母船の近く(動力を切ってあるので扉は開かず、中には入れません)で雨風をしのいでいる鳥たちの群れ、食料工場の近くにある猿山。その他、あと十グループほどが現存しています。ウサギが一週間で歩いて回れる範囲ですが、集団はそう多くありません。人間がいる間、ほとんどの動物が彼らの生活範囲の近くで暮らしていたことを考えると、そう遠方で生存している者達がいるとは思えません。
工場の側の「山」のように盛り上がった土地に、ウサギや地球の人間が「猿山」と呼んでいるグループが生活しています。
猿たちが工場を住まいにしなかったのは、色々な動物が食料調達の為に出入りするので、危険があるからのようです。もっとも、最初の知的なボスの配慮を、今の猿集団たちが理解しているかは怪しいものですが。
ウサギは、工場の三階部の大きな窓の前に立ち、双眼鏡で上から猿たちの頭数を数えました。
『猿…と呼んでいいものやら、なんやら』
尾の無い者、片腕・片足が無い者などは、まだマシな方です。頭が二つある者、上半身だけ二つあって腰からくっついている者、耳が4つある者、目が1つの者。
近親相姦が多いせいなのか、地球でほどこされたDNA操作の副作用が何代も後に出たのか。それともタイタンの大気の影響なのか。
角のような骨が一本頭蓋骨から突出している者。ところどころ体毛がなくて、ウロコがある者。指にヒレがある者。
進化なのか、退化なのか。
『羽の生えた猿、なんてのが出て来たら、地球人はよろこぶかもなあ。昔から、羽の生えたニンゲンは彼らの夢らしい。その猿を研究すれば、夢が叶うかもしれん』
レンズの望遠をさらに拡大させ、ウサギは手すりに寄りかかって、ジュークなのか本気なのか図れないセリフをつぶやきました。まわりにはもちろん誰もいませんでしたが。
工場は吹き抜けで、鉄の階段で昇ったこの最上部からは、中の機械類も外の猿達もよく見渡せました。
ボスは今は存在しないようですが、派閥はあって、三つに分かれているようです。体毛が白っぽい者達、黒毛の者達、茶色い者達。見た目で派閥を作ったとしか思えませんでした。色の似た者たちがひとまとまりの集団でうごめいています。色の違う集団とは明らかに距離を保ち、絶対に近づこうとしません。近づく時は、食べ物を奪うなど戦いをしかける時でした。
派閥の中でもいざこざは絶えず、健常らしい体格のいい猿が、今まさに一匹の猿の喉笛を噛み切ったところでした。小さい方の猿は、何か大猿の気に障ることでもしたのでしょうか。自分の血溜りの上に倒れるとひくひくと痙攣した後、動かなくなりました。
「ちぇ、せっかく数え終わったのに」
ウサギはメモを修正しました。
別の集団では、雌であろうまだ子供の猿を、頭が二つの成獣の猿が壁ぎわに追いつめ、犯そうとしているところでした。
「・・・で、また、作るわけかよ。やれやれ。
性器は一つで、頭が二つだからなあ。右と左、どちらの猿が快感を得るんだろう?
左右の頭で、ケンカになりそうだな」
ここ数年、猿山の頭数は少しずつ増えています。唯一、この星で繁殖に成功した種かもしれないとウサギは思いました。
小競り合いは、いたるところで起こっています。食べ物を取り合って、激しく噛み付き会う猿たち。少しでも柔らかい地面を取り合うために、体をぶつけ合って戦う猿たち。
『これが、成功した、ただひとつの種か』
ウサギは、うんざりした気持ちを押さえて、双眼鏡をケースにしまい、工場の階段を降り始めました。
探索の作業を終えて帰ったら、エマは4か月くらいになっているでしょうか。
『カエルくらいにはなってるかな』
まだグロテスクとしか思えない姿でモニターに映るであろう、エマの姿を、懐かしく思い出すウサギでした。
第五話 <END>
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