『おしんでれら』

 みなさま、シンデレラという童話は、ご存知だと思います。
このシンデレラ、日本で初めて翻訳されたのは明治33,4年頃、坪内逍遥先生の訳で、教科書に載ったんだそうです。
その時のタイトルが「おしん物語」。
シンデレラという聞きなれない名前より、おしんという名の方が、日本の子供達の心に入りやすかったのでしょうね。
おしんのしんは、辛抱のしん、シンデレラのしんというわけなんですが。
またこのシンデレラは、伝承童話なわけですが、ヨーロッパで本になったのもそんなに昔ではなくて、1800年代の初めくらい。
日本で言うと文化文政の頃でしょうか。
この頃の日本は鎖国とはいえいろんなものが入って来てましたから、もしかしたらこんなこともあったんじゃないかというお話でございます。

「おいとは遅いねえ。なにやってんのかねえ」
「あら、おみっつあん、おいとちゃん、どうかしたの」
「あ、お隣の。いえね、近頃新しい手習いの先生んとこに通い始めたんですけどね。どこでみちくさくってんのか。・・・早く帰って夕飯の手伝いをしてほしいのに。」
「え、あの先生に? おいちちゃんもかい? 評判だよね。なんでも長崎帰りだって噂だよ。・・・あ、あれおいとちゃんじゃない?」
「あ。ほんとだ。どーもおさわがせしまして。・・・おいとー、おかえり」
「おっかさん、ただいま」
「なにやってたんだい、心配したじゃないか」
(座りなおす動作を入れる)「ごめんなさい、遅くなって。実は、先生からご本をお借りするのに手間取っちゃって」
「え、本? ちょっと見せておくれよ。 へええ、綺麗な本だね。(開く)お、絵草紙かい。・・・あたしゃカナしか読めないけどさ、おまえは、こんな漢字ばっかりの本も読めるようになったんだねえ」
「おっかさん、これ、オランダ語だよ。」
「おいらん語?」
「オランダ語。先生はオランダ語を読めるから、時々読んでくださるの。絵が綺麗だから、もっとよく見たくてお借りしてきた」
「へええ。どんなお話なんだい? 教えておくれよ」
「いいよ。あのね、昔々、あるところに、おしんって名前の、器量がよくて気だてもいい娘がいたんだって。でも可愛そうなことに、意地悪な継母と義理のお姉さんに、苛められてこき使われるの。」
「まあ、かわいそうに。おまんまも、きっと大根めしばかりなんだろうね」
「たぶん。でね、ある時、町をあげての大きな舞踏会ってのがあって」
「なんだいそりゃ。みんなで棒でも持って集まるのかい」
「棒?」
「ぶとうかい、って」
「そうじゃなくて。みんなで集まって踊るらしいよ」
「なんだい、盆踊りかい」
「たぶん、そんな感じ。・・・でね、町の娘たちはよそいきの着物を着てでかけていくんだけど、おしんはぼろぼろの着物しかないから行かれないって泣いてたら、そこに妖術使いが現れて」
「お、待ってました!美剣士が助けに入って、その妖術使いを斬り倒す!」
「斬り倒さない。いい妖術使いなの。おしんに綺麗な着物を貸してくれるの」
「へえ。いくらで」
「いい妖術使いだから、タダで貸してくれるの」
「タダ?・・・おっかさんは騙されないよ。タダより怖いものは無いんだ。なんか裏があるんだ」
「違うってば。・・・あ、でもね」
「そらきた」
「違うってば。あのね、一つだけ約束があって、九つの鐘までに戻らないといけないの」
「九つ過ぎると着物の借り賃が倍に跳ねあがる」
「だからタダで貸してくれるの。もう、おっかさん、そこから離れて。
 で、おしんは綺麗な着物を着てでかけていくんだけど、器量がいいでしょ、若殿さまに見初められるの」
「なんで若殿さまが盆踊りにきてんだよ」
「さあ。お忍びってやつ?」
「お忍びなのに、なんで若殿さまだってわかるんだ」
「それは・・・そこはかとなく誰だかわかるようにしてる来るのが、お忍びってんじゃないの」
「そ、そういわれれば。・・・で、そのあとどうなるんだい」
「おしんは楽しい時間を過ごすんだけど、九つの鐘が鳴り始めて慌てて抜けだすの。でも急いでいたから、石段で下駄を片方落っことしてきちゃうの」
「そりゃ大変だ。かたっぽじゃ、歩きにくかったろ。・・・で、それから?」
「聞いたのは、そこまでなの。ほら、ごはんの手伝いがあるから帰らなきゃいけなくて。続きは明日教えてくださるそうよ」
「なんだよ。そんなことなら、夕飯はおっかさん一人でやるから。今から続きを聞きにいっといでよ。」
「そんなわけにいかないでしょ。ちゃんと明日、続きを聞いてきてあげるから」
「そうかい?わかったよ」

で、カラスカーで夜が明けます。
「おいと、いってらっしゃい。雨だから足元、気をつけるんだよ。あれ、あの本、忘れてるよ」
「ああ。雨だから、汚すといけないから、置いていくことにしたの」
「え、続きが聞けないじゃないか!」
「大丈夫。先生、何度も読んだお話だから、頭に入ってらっしゃるから」
「・・・そうかい?じゃあ、気をつけてね・・・(戸を閉めて、室内を見る。視線は少し下)なんだいおまいさん、朝っぱらから家んなかでごろごろして」
「(少し見上げている)仕方ねえだろ。おらぁ大工なんだ。雨だと仕事がねんだよ。・・・なんだ、こんなとこに本があるじゃねえか」
「おいとが先生から借りてきたんだよ」
「おいとが手習いに行くのはいいけどよ、俺の目に入るところに本なんておいておくんじゃねえ、鳥肌がたつわ」
「(座りなおす動作。ここで夫と視点の高さを合わせる)あいかわらず読み書きが嫌いだねえ。おいとが似なくてよかったよ。
・・・でもこれ、面白いお話なんだよ」
「へえ。・・・ちょっと貸してみな。・・・立派な本だな。(開く)なんだ、漢字ばっかりじゃねえか」
「おまいさん、それは漢字じゃないよ。・・・おいらん語だよ」
「おいらん語っ?(目を輝かせて身を乗り出す) お、おい、どんな話なんだよ」
「おいらんって言ったら身を乗り出してきたよ、やだねえ。・・・・まあ、あたしもおいとからのまた聞きだけどさ。あのね、昔々あるところに、おしんという名前の、器量がよくて気立てのいい娘がいてね、で、おっかさんも美人でやさしくて、近所でも親子だったんだって。うちみたいだろ」
「そうかあ?・・・(本に目をやり)ほんにそうなのか、このおっかさん、鬼婆みてえな顔してんだけど」
「おしんは夕飯の支度も嫌がらずにやる、いい子なんだ。ほーら、まるでうちみたいじゃないか」
「それは、うちはおめえがギャーギャー言うから、おいとがいやいや手伝ってるだけだろ。・・・まあ、確かに竈の絵は描いてあるけどよ。これのどこが面白い話なんだよ。少しも面白かねえや」(本を軽く放り投げる)
「ま、おまえさん、これからだよ。ある時、町を上げての大きな盆踊りがあってね、町中の娘が着飾ってでかけていくんだけど、おしんはボロボロの着物しかなくて行かれないって泣いてたら、そこに妖術使いが現れて」
「待ってました!いよいよチャンバラかい」
「そうじゃない。いい妖術で、おしんによそいきの着物を貸してくれるの。しかも、タダで」
「タダぁ?おいおい、でえじょぶなのか。タダより怖いものはねえっていうぜ」
「おまえさんもそう思うだろ?・・・あたしもそう言ったんだけど、おいとは、いい妖術使いだってきかないんだ。・・・あたしゃ思うんだけどね、先生、若い娘たちの前だからって、隠してることがあると思うんだ。
 なんでも九つの鐘が鳴りおわるまでに帰るって約束なんだけど、きっと、九つ過ぎると着物の借り賃が倍に跳ね上がって、返せない娘は吉原に売られちまうんだよ」
「おうおう、ありそうな話だ。それからどうなったんだ」
「おしんは綺麗な着物を着てでかけて行ったんだけど、器量がいいだろ、若殿様に見初められるんだよ」
「なんで町の盆踊りに若殿様が来てんだよ」
「お忍びだよ。・・・お忍びってのは、そこはかとなく誰だかわかるようにして来るもんなんだ」
「・・・なるほど、そうかもしれねえ。・・・モブシーン、カメラがアップになる、どどーんと下に名前が出る」
「なにそれ。私にはよくわからない。
 それで、おしんは、若殿様にてごめにされそうになるけど、うまく逃げ出すんだ」
「ひでえ若殿だな」
「そうなんだよ。だいたいその盆踊りは、若殿様が娘たちをぶとうとする会なんだよ」
「おう、ゆるせねえな。で、どうした」
「おしんはその場から逃げ出すんだけど、急いでいたから、石段で下駄をかたっぽ落っことしてきちっうんだ。」
「そりゃてえへんだ。犬でも使ったら、その下駄からおしんの居所が割れちまわあ。それで、どうなったんだ」
「おいとが聞いてきたのは、ここまでなんだよ。続きは、今日聞いてきてくれるんだ」
「そうか。・・・(戸の方をちらっと見たあと)おいと、まだ帰ってこねえのか」
「今でかけたばかりだよ。」
「そうか、そうだな。・・・煙草でも吸うか。(一服。ちらちら入り口を気にしている)・・・・・おいとはまだ帰らないのか」
「一服してぐらいじゃ帰りゃしないよ」
「そうか、そうだな。・・・ちょっと出てくらあ」

ぷいっと出かけてしまいまして。こうなると亭主はコレ(飲むしぐさ)ですから夕暫く戻る気配もありませんで、そうこうしているうちにおいとが手習いから帰って参ります。
「おっかさん、ただいま」
「おかえりおかえりおかえりおかえり。」
「すごい歓迎ぶり。・・・(座り直す)ただいま帰りました」
「続き、聞いてきたかい」
「うん、しっかり聞いてきたよ。・・・ねえ、。今日、ごはんの手伝いしなくていい?」
「そうきたか。・・・ま、いいよ。早く教えとくれ」
「あのね。あのあと、若殿様は、家来たちに命令したの。残された下駄とぴったり足の合う娘を探し出せって。側室にしたいって。で、家来たちが町中を探すんだけど、なかなか見つからなくて」
「そんなもんかね。下駄なんて、誰のでも合いそうだけどねー。おっかさんなんて、よく湯屋の帰りに間違えて人の履いてきちまうもん」
「よっぽど鼻緒がきつかったんじゃないの。それで、いよいよおしんの家にも来て、ねえさんが履いてみたけどきつくて履けなくて。私にもやらせてください、って、おしんが履いたら、すっと入って。でも役人たちったら酷いのよ」
「どうしたんだい」
「おしんがぼろぼろの着物だからって疑うの。これは、おねえさんたちが無理やり足を入れたから鼻緒が伸びたんじゃないかって。」
「ひどいね」
「でも、おしんは機転がきいたよ」
「どうしたんだい」
「たもとから、もう片っぽの下駄を差し出して、これが証しです、って。それが認められて、若殿様のお嫁さんになって、めでたしめでたし」
「わあ、そうかい、よかったねえ、ほんとにめでたしめでたしだね」

「おう、けえったぜ」
「なんだい、おまえさん。この時間にもういい心持ちかい」
「いや、たいして呑んじゃいねえよ。・・・お、おいとが帰ってるじゃねえか。おしんの話の続き聞かせてくれよ」
「えっ。・・・おっかさん。今の話、おとっつあんにしたの」
「うん・・・ちょっと・・・なりゆきで」
「あーやだ、なんかめんどくさそうなんだけど」
「いいじゃねえか、教えてくれよ。・・・続きが聞きてえって、クマ公の奴もついて来てるんだ」
「おいとちゃん、頼むよ。おしんって美人剣士が、妖術使いを切り倒して、中から下駄の化けもんが出てきて、それからどうしたんだい」
「なんか全然違う話になってるんだけど。
 あ、の、ね。お殿様が家来に命令するの、残された鼻緒のきつい下駄と足が合う娘を継がし出せって。で、おしんを探し出して、お嫁さんになって、めでたしめでたしだってば」
「えー、そんな話なのか。合点がいかねえな。だいたい、貧乏な娘が、きつい鼻緒の下駄をはけたからって、殿様の嫁さんになれてたまるか、世の中そんなあめえもんじゃねえ」
「ああ、もう、めんどくさいなあ。・・・(何か思いついたようで、小さく手を打つ)
あのね、おしんは、さる大名の娘で、わけあって赤ん坊の頃に町人の家に預けれらたの。若殿様とはもともといいなずけで。くだんの下駄は、大名の奥方さま、つまりおしんのほんとのおっかさんが『年頃になったら履かせてやっておくれ』って持たせたもんだったのよ。どう、これで合点がいくでしょ」
「おーおー、なーるほど。そうかー。・・・飲み屋でみんな続きを待ってるんだ。聞かせてやらねえと。じゃあな」
「ちょっと、おまいさん、クマさん。・・・行っちまったよ。・・・いいのかい、おいと。あんな口からでまかせ教えちまって」
「いいのよ、おっかさん。どうせろくに聞いてないんだし。・・・話の方にも下駄を履かせてみました」


 <END>

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