『音曲の神様』

 
「いいか、きん坊、店ん中入ったらおとなしくしてんだぞ」
「うん。そのかわり、帰りに飴玉買ってよ」
「誰が買うか。お目玉ならくれてやる。
 かかあに頼まれて仏具屋に買い物に来たが、やっぱきん坊は連れてくんじゃなかった。うるさくてしょうがねえや。
 よ、ごめんよ」
「いらっしゃいませ。何をお求めで」
「うん、いや、拍子木ってやつを・・・。こら、きん坊、店のものに触るな」
「ねえねえおとっつあん、これ、おもしろいね。(木魚たたく)ぽくぽくぽくぽく。」
「こらこら、触るんじゃねえといってるだろ。壊したらどうすんだ。仏具は高価なもんが多いんだから。それにな、仏様に使うものだ、そんなことしてたらバチがあたるぞ」
「へーん、バチは神様が当てるんで、仏様は関係ないもん」
「いやいや坊や、仏教でもバチという考えのある宗派もあるんですよ」
「ほう、そうなんだ。・・・ほらみろ」
「おとっつあんだって知らなかったくせに。
あ、ねえ、これこれ。チーン。きれいな音だね。おいらこれ知ってるよ、おりんっていうんだろ」
「いじるんじゃねえってば」
「すごいね、カネのくせにずいぶん分厚くて上等な座布団に座ってるね。こんないい座布団に座ってるてのは、おとっつあんよりよっぽど偉いんだ」
「ああ、うちゃこんなうすっぺらい座布団だからな。座ってるとすぐ足が痛くなって・・・って、こら、なんてこといいやがる。店のもので遊ぶなって言ってるだろ。
 どうもすいませんねえ、いや、冷やかしじゃねえんですよ。拍子木は。あ、こっちにある。どうも。試し打ちさしてもらっていいですかね」
「おいらがやるよ。カツーンカツーン。火のよーじん」
「こら、仏具の拍子木は火の用心のじゃねえんだ。だいたい大きさが違うだろ。
 じゃ、これいただきますんで」

「ったく、おめえといるとうっとおしくて仕方ねえや」
「ねえねえ、買った拍子木、おいらが持つよ。きれいだね。つやつやしてるよ。火の用心のやつよりずっと小さくてかわいいね。
・ ・・もっと試し打ちしていい? カッカッカッ。」
「こら、やめろ。うるさくてまわりの人の迷惑になんだろ」
「カッカッカッ。あなたのお名前なんてーの」
「こらこら。・・・今笑った人は五十歳以上だな。
 仏具で遊ぶんじゃねえと言ってるだろ。バチがあたるって」
「バチなんて迷信だよ。そんなわけないだろ。おとっつあん、そんなの信じてるの。カッカッカッ」
「おや、あたりが暗くなってきたぞ。夕立でもくんのか」
「ち、違うみたいだよ。なんか、おいらたちの周りだけみたい。あ、黒い煙みたいなもんが・・・」
もくもくもく・・・。
「このバチあたりめが〜〜。わしは、音曲の神様じゃ〜。音の道具を粗末に扱うやつを懲らしめてお〜る〜」
「うわうわうわ・・・」
「うわわわわわ・・・」
「坊主、そんなに拍子木を鳴らしたいなら一生鳴らしておれ。両手に張り付いたまま剥がれなくなるといいわ〜」
「お・・・消えたな。なんだったんだ今のは。きん坊、大丈夫か」
「うん。・・・あ。あれ。(手を振る)拍子木が取れない。くっついちゃった」
「え、そんなバカな。・・・よいしょ」
「いたい。いたいよ」
「水で洗ってみるか。・・・ちょっと小僧さん、打ち水のひしゃく貸してくんな。
 ほらきん坊、手ぇ出して」
「糊でくっついたんじゃないから、無駄だと思うよ」
「取れたか?ダメか」
「えーん、このままじゃ箸も茶碗も持てないからおまんまが食べられない。寺子屋にも行けない、筆も持てないんだから。剣道の稽古にもいけないよ。竹刀が持てないもん。もうおいらには将来の夢も希望もないんだ。学者にも剣術士にもなれないんだ。」
「学者や剣術士って、おめえ、そんな立派な夢、持ってたのか」
「ううん、言ってみただけ。おいら、一生火の用心で夜回りして過ごす人生なんていやだー。えーんえーんえーん。(泣くしぐさで手を目の下に持ってくる。拍子木が当たる) 痛い。」

カッカッカッ。
「おっかさーん、おなかすいたー、ごはーん」
「うるさいねえ、近所迷惑だろ」
「早くして。おなかすいたよー。カッカッカッ」
「わかったよ。かなわないね」
カッカッカッ。
「おとっつあん。おあしをおくれよー」
「静かにしろよ。なんだよ、今日の小遣いはもうやっただろ」
「明日の分をおくれよー。カッカッカッ。はやくー。カッカッカッ」
「あああ、うるせえ。もうたまらねえ。・・・仕方ねえ、金はかかるが、お祓いして拍子木をはずしてもらおう」

ということで、お祓いをしてもらって、無事に拍子木が外れたんですが。
数日後、きん坊、町内の子供神楽の稽古に出かけて行きまして。
「ふーふー(横笛の動作)。ちぇっ。全然音が出ない。先生、全然できないよ」
「きん坊、唇をな、ちょっとすぼめてな、あまり吹き口にべたりと唇をつけずに、そうそう。吹いてみたまえ」
「ふーふー。ダメだよ先生。教え方が悪いんじゃない。
 ほら、先生は笛の名手だけどさー、そういう人って教えるの下手だって言うじゃない。有名落語家必ずしも名人にあらず、って」
「それを言うなら名人必ずしも名師匠にあらずじゃろ。・・・君の場合は・・・練習が足りんのじゃないかな」
「先生、自分が教えるの下手なのを、人のせいにするのー」
「ううん、でも先生が教えとる他の子たちは、みな上手に吹いてるんだがな」
「じゃ、おいらに才能がないっていうのーーーっ。くそー、こんなもん、もう吹かないーーー(頭上で振り回す)」
「こらこら、神楽は神様に捧げるもの。その楽器を粗末にするとバチがあたるぞ」
「知るもんか、こんなもの。こんちくしょう、笛なんて、鼻で吹いてやる。ふーん。ふーん。」
もくもくもく・・・。
「うわっ、またあの黒い雲だ」
「まったく懲りない子供じゃ。おまえなんぞ、一生鼻で笛を吹き続ければいい。笛を鼻にくっつけてやるーーーー」
「うわーーーん。取れない。先生、ヒュー、取れないよー、ヒュー」
「泣くでない。泣くと鼻息でいちいち笛がピューピュー鳴る。
口で吹くよりよほどいい音が出とるな。いっそ子供神楽はこのまま鼻で・・・」
「えーん、やだよー、ヒュー。かっこ悪いー、ヒュー」
「こらこら、あまり泣くとハナミズが笛の先からたれてくる。きたないのう。」
「先生、キン坊、おいもふかしたから、ちょっと休憩しない?」
「(小声で)あ、おみっちゃん。あこがれのおみっちゃんにこんな姿・・・」
下を向いて、クビを横に振る。
「まだ練習するの?熱心で、えらいわね。キン坊、がんばりやなのね」
ヒュー。
「あら、なんの音?」
「いいから、あとでキン坊とあとでいただくから。
・ ・・しかし困ったのう。
え、先日も似たようなことがあって。お祓いをしてもらった?
 仕方ない、祈祷士を呼んでやるか。
 しかし、きん坊は笛の才能はからっきしのようだし、子供神楽、笛はやめとくか」
「うん、わかった・・・。ヒュー」
「何がいい。鼓か、カネか」
「おいら、三味線がいい」
「三味線?三味線はやめときなさい、またバチが当たるといけない」

 <END>

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