『キャビン・マイルド』

 HPで三題お題をいただきまして、作った噺をやらさせていただきます。
お題は「赤面」「屋上」「煙草」、この三題でございます。
どこに出てくるか、お聞きのがし、ありませんように。(字の色を
にしてあります)

よく割れ鍋に閉じ蓋なんて申しまして、夫婦も友達も、性格が違って補いあえる方が、うまくいくようです。
小学生の時から親友だった二人。親分肌で気が短いクマと、優しくて気が弱いはっちゃんは、三十路に近くなった今も仲良しで。
今日もなにをするでもなく、クマんちでつるんでおります。
「なあ、はっちゃん。世の中ってーのは、不思議なもんだな」
「どうしたのくまちゃん、あらたまって」
「いや、おいらがもう六才と一才の娘のおやじだってのに、顔も頭もいいおまえさんに、まだ嫁の来手がねえなんてよ」
「ああ。まあ、そういうのは、縁だっていうから」
「おめえ、好きな娘なんて、いねえのか。おいらが一肌ぬぐぜ」
「えっ。あの」
「お、
赤面したところをみると、いるね。おう、誰だよ」
「え、ええと」
「ほら、もったいぶってねーで、いっちまえよ」
「う、うん」
「ほら、はやく言えってんだ!いわねえとなぐるぞ」
「言うから、ちょっと待ってよ。・・・まずは
煙草を一本吸って。それから。おれ、喋るの苦手だろ?一服してからじゃないと、大事な話ってできないんだ」
そういってはっちゃんは、ジャケットのポケットから、キャビンマイルドを取り出した。
「わかった。早く吸えよ」
「・・・」
「吸ったか」
「まだだよ」
「早くしろ」
「うん」
「まだか。俺が手伝ってやる」
「あー。
まいいや。あのね。俺たちの三個下に、のりちゃんでいたじゃない。そこの角の煙草屋んちの。
子供の頃はなんとも思わなかったけど、大人になってすれちがったら、すごくキレイになっててさあ」
「なんだ、のりちゃんなら話は簡単だ。ばあさんのかわりに、時々店番してるだろ。煙草を買うついでに、メシでもさそっちまいな」
「むりむりむり」(振り回した手がクマに当たる)
「いてえな。手ぇぶんぶん振り回しやがって。なにが無理なんだ」
「おれ、のりちゃんが店番してると、煙草も買えないんだ。下向いたまますーっと店をとおりすぎちまう。だから煙草は、ばあさんときにまとめ買いしてんの」
「なさけねーなー」
「だって、おれ、のりちゃんだけじゃなくて。女の人とうまく口がきけないんだ。中学高校は男子校で、大学の学部は男ばっかり。会社は若い女の子はいないし。」
「そうか。じゃあ、おれの娘貸してやるから、めし誘う稽古してみろよ。
おい、おはなー」
「はあい」と可愛い声がして、六才のおはなちゃんがとことこっとやってきて座ります。
「こんにちは、はっちゃんのおじちゃん」
「こんにちは、おはなちゃん。あ、あのね」
「なあに」
「お、おじちゃんが、おいしいもの食べさせてあげるから、おじちゃんと一緒にいいところへいこう・・・って、ダメだよクマちゃん。おれ、誘拐してる気分になってきた」
「しょうがねーな。だいたいおめえ、声がちいさすぎねえか。小声でもしょもしょいって、聞こえねえよ」
「よく言われる」
「まずは、でけえ声出す稽古からしてみろや。ほら、こんにちわー」
(開ける動作)「ちょっとあんた。せっかく寝た赤ん坊が起きちまったじゃないの。
・・・ん?くんくん。・・・煙草を吸ったね?(大きく扇ぐ動作。手がクマに当たる)」
「いてっ。どいつもこいつも、手ぇぶんぶん振り回しやがって」
「奥さん、すいません。吸ったのおれです」
「だめだよ、うちは小さい子がいるんだから。吸うならベランダにでておくれ」

 ベランダといっても、親代々から暮らす古い家なんで物干しって感じの場所なんですが、二人そこへ追いやられまして。
「おう、ここなら、大声出しても平気だぞ。やってみな。こんにちわー」
「こ、こんにちわ」
「なんだよ、その声は。もっと、おいらみたいにでけえ声がでねえのか」
「くまちゃんの大声は特別だよ。
小学生の頃、
屋上から「かあちゃーん、体操着わすれたー」って叫んで、持ってきてもらってたじゃない」
「そっか。そういや、窓側の席ん時に、「あー、ノート買い忘れたー」って言ったら、学校の前の文房具屋のおやじが、教室まで売りにきてくれた」
「便利な大声だなあ」
「もうめんどうくせえから、いっそのこと、ここからのりちゃんに好きだって叫ぶってのはどうだ。面と向かって言えねえんなら、叫んじまえばいい」
「乱暴だなあ。そんなことしたら、のりちゃんに嫌われちゃうだろ」
「やってみなきゃ、わかんねえだろ。声がでねえなら、おいらが代りに叫んでやるよ」
「やめてよっ」

「おい。となりのくま公のやつ、おもしれえぜ。あのがさつな男が、恋愛指南をやってやがる」
「よしなよ、おまいさん。盗み聞きなんて、おとなりにわるいよ」
「人聞きのわるいこというなよ。あいつの声がでけえから、みーんなきこえちまうんだよ」
「えっ。あらやだ、ほんとだ。あれで普通にしゃべってるんだから、いやんなちゃうよね」
「物干しなんかで喋ってやがるから、もう町内じゅう、まるぎこえだぜ。おもしれえや。こんどはっちゃんに会ったら、のりちゃんのことでからかってやろ」
「およしよ、はっちゃんは気の弱いひとなんだから」

となりの家のやりとりも知らず、くまは偉そうに恋愛指南をつづけます。
「さっきは娘のおはなでしくじったが、今度はおいらでやってみろよ。おいらをのりちゃんだと思ってメシさそってみな」
「きたないのりちゃんだなあ」
「文句いうな。つきあってやってるだけ、ありがたく思え」
「うん、わかったよ。まずは、一服してから・・・。あっ、しまった、さっきのが最後の一本だった」
「なんだよ、もう煙草がねえって。じゃあいいから、すぐにやれよ」
「無理だよ。一服してからじゃないと、喋れないんだ。おれ、買ってくるよ」
「んなの、待ってられっかよ。おれぁもう帰るぞ」
「帰るって、ここくまちゃんちだろ」
「ぁ、そっか」
などとすったもんだやっておりますと、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴りまして。
「煙草屋でーす。切れたキャビンマイルドを持って参りましたー」

「お、おい、のりちゃんの声だよ。ど、どうしよう」
「どうしようって。せっかく売りに来てくれたんだし、買えば」
「そうじゃないよ。くまちゃんの声がでかいから、みんな聞こえちゃってたんだよ。どうしてくれるんだよ。嫌われちゃうよ」
「あ、いや、煙草持ってきてくれたぐれえだ、のりちゃんだって、まんざらでもねえんじゃないの。
なあ、のりちゃん、はちに誘ってもらいてえだろ?」
「はい、煙草だけに、はっぱをかけにきました」



 <END>

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