三話噺(小説)『オバマ・黒猫・豆腐』

それは平成二十一年。徳川二十三代将軍・家家の時代であった。
日本は未だに鎖国を続ける。
もちろん窓口は長崎のみ。商取引もオランダと中国の二国とだけ許されている。しかし、オランダも中国も、欧州米国アジア中東あらゆる国から物資を調達してくるので、日本に入って来ない商品はない。自動車も電話もテレビもコンピューターも輸入され、日本人の手で研究されて、今は国内でも作られる。
新橋の小浜<オバマ>藩・上屋敷、十五代目中川淳庵(解体新書の淳庵からは十三代目)は、パソコンのモニターを見ながら悲鳴を挙げた。
「杉田さん!グルグル・ビューが、うちの門の画像まで検索できるようになっています。これは治安上マズいですよね」
 グルグルというのはインターネットの検索サービスである。グルグル・ビューは地図と並行して付近の写真画像が表示される。観光地や歓楽街ならまだしも、何の意図なのか長屋や藩邸までも網羅し、プライバシーの侵害ではないかと度々問題になっている。
 杉田博白(玄白から数えて十代目)も自分のノートパソコンで上屋敷の住所を入れて「本当だ、うちの藩邸の門ですね。門番があくびしているところが写されていますよ」と眉をひそめた。
「でも、おかしいですね。撮影車は車体に『グルグル』の文字が入っているのでしょう?殆どの藩邸では門番はその車を追い払い、撮影を阻止しています。うちの藩もその筈です」
「これは御前組頭役に報告した方がいいでしょうか」
御前組頭役の岡家は代々、書物やパソコンソフトの購入に係わる家柄だ。PCトラブル(インターネット含)も自力解決できないことは岡のところへ相談に行く。

報告を受けた岡は、早速グルグルに藩邸付近の画像削除を依頼した。
門番は、グルグル・カーを見逃し、しかもあくびまでしていたということで、一人扶持切米六石を五石に減給された。
数日で無事に門番のあくびの含まれた写真はクリアされたが・・・また十日もすると、別の画像がアップされていた。門番はグルグル・カーに気付かぬようで正面を見据えてマジメに立っている。が、通用門から中間(ちゅうげん)が二人、桶を抱えて飛び出してきている。まるで、棒手振りの<豆腐>でも買いに出たような様子だ。
岡は、中間らに写真を見せて確認する。
「へえ、確かに、豆腐を買いに出たとこです。えっ、近くにグルグル・カーが?全然気づきやせんでしたぜ」
「いや、オレは覚えてるぜ。豆腐屋の担ぐ竿に、『グルグル』って書いてあった。オレは単に広告スポンサーなのかと思ってたけど・・・」
 それを聞いて岡は膝を打った。
「棒手振りがグルグル・カー、つまり奴が撮影して回っておったのだな」

 以来、門番は、棒手振りや駕籠かきにも目を光らす。グルグルの文字の入った駕籠が通ろうとすると阻止し、棒手振りも贔屓の決まった者しか通らせないことにした。
 藩邸の画像はネット上に載ることはなくなり、藩士らも安心して職務に励んだ。

 ある日、淳庵は愛猫のタマを膝に置きつつ自宅でインターネットをしていた。またグルグル・ビューを覗いていると、なんと敷地内、しかも藩士の長屋や手水まで写真が掲載されているのに気付いた。
「敷地内の写真だなどと。もしや、間者か?」
 淳庵の背に戦慄が走った。
 医師の長屋では、自分の姿、それもカメラ目線の間抜け面が写っていた。間者の存在にも気付かず、へらへらと笑っている。しかも笑い過ぎだ。眉を下げ、相好を崩し、バカ面の見本のようだ。
 自分に腹が立ち、思わず、握り拳でどん!と膝を叩いた。
「にゃあ!」
 驚いた<黒猫>が飛び上がり、膝から逃げて、すとんと畳に着地した。
「ああ、タマ、すまん、すまん。・・・ん?」
 黒猫の横腹には白い文字で『グルグル』と記入されていた。


 <END>

自由に演じていただいて結構ですが、必ずご一報をお願いいたします。
メールの連絡先は「福娘寄席」表紙をご覧ください。

福娘の童話館別館 「福娘寄席」表紙へ

『福娘はウキウキ』表紙へ戻る