三題話 卵酒・鉄砲・解毒剤

 円朝の三題噺「鰍沢」のお題「卵酒・鉄砲・毒消しの護符」を拝借して
毒消しの護符の「護符」は現代では通用しない言葉なので、「卵酒・鉄砲・解毒剤」で書いてみました。



寒くなって参りましたね。
毎年冬になると「今年の風邪はひどいよ」なんて聞きますが、毎年バージョンアップしてきてんでしょうね。
特に今年はインフルとのダブル攻撃。もう街にはマスクの人だらけです。

「おとっつぁん、いってきます」
「おう、ケン坊、行っといで。学校、遅刻すんなよ。
 ん、どうした、マスクなんかして」
「おいら、ちょっと風邪気味なんだ・・・」
「なんだよー。かかあが旅行で留守してる間、俺が健康管理を任されてるわけだ。風邪とは聞き捨てならねえ。今、治してやる」
「いいよ、風邪薬なら飲んだから」
「あんな小児用風邪薬なんて、効くもんか。
ようし、おとっつあんが、今よく効く薬を作ってやるぜ」
 と、父親が台所に立って何やら作りまして、大きめの湯のみに注いで持って参ります。
「よく効くぞ、ほれ、一気にいけ」
 素直でおとなしいケン坊、父親の言うとおり、一気にぐくっと全部飲み干しました。
「な、なに、これ?」
「<卵酒>だよ。あったまるだろ?風邪にはこれが一番」
「だめだよー! これ、お酒だろ。おいら小学生だよー。しかもこれから学校へ行くんだから」
「なにいってんだ、俺がガキんときゃあ、風邪ってったらばあさんがこれ飲まして、おかげで風邪で学校を休んだこたぁ一回もねえや」
「なんか、カーッとなって、酔っぱらってきた気がするよ。おとっつあん、本当に、こんなの飲んで、学校へ行ったの?」
「おう。風邪では休まなかったが、二日酔いで三回休んだ」
「だめだよー。
 どうすんだよ、これから学校なのに」
「なに、<解毒剤>をやらあ」
 父親がコップに透明の液体を注いで、ちゃぶ台に置いた。
「これを飲んでみな」
「解毒剤って。毒でなくてお酒を消すってことだよね?(飲むしぐさ)・・・ブーッ!これも、酒じゃないか」
「二日酔いには、迎え酒が効くんだよ」
「おいら、別に二日酔いじゃないやい。なんかよけい酒くさくなっちゃったじゃないか。
 あ、遅刻する!マスクしてれば、ごまかせるかなあ」
 ケン坊、ランドセルを背負って学校まで走ったんで、よけいに酔いが回った。
 一時間目は苦手な理科の時間。もう授業は始まっていて、ケン坊のクラスは、父親の代からいる厳しい老教師。こっそり教室に入ったつもりが、見つかってしまった。
「遅刻のバツだ。黒板に出てきて、これを解いてみろ」
 黒板には、見覚えがあるような無いような、四角と歯車と線が書いてある。
「引くと荷物が持ち上がる紐はどれだ。引っ張る方向も含め、矢印で示せ」
「おうおう、やってやろうじゃねえか」
  普段おとなしい奴が、酔っぱらうととんでもないことになる。
「"示せ"ってなんだ、"示せ"って。"示してください"だろ。人にものを頼む時の喋り方ぁ、知らねえのか」
ケン坊、ランドセルを机に放り投げ、おまけにマスクも投げ捨てて、黒板へ肩で風切って進んでいく。クラスメートはあっけにとられて見ている。
さすがに担任はひるまずしっかりした声で「じゃあ、答えがわかるんだな」
「てやんでえ、矢印を書けばいいだけだろう。ちくしょう、矢でも<鉄砲>でも持って来やがれ」
「おまえ、酔ってるな」
「酔ってねえよ」
「酔ってるだろ」
「酔ってねえって言ってるだろ」
「いや、酔ってる。お父さんが答えた時とからみ方がそっくりだ」


 <END>

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