『江戸版 七本足でダンス』

 
タコのような火星人のイラストを、どなたも一度は見た覚えがあると思う。一笑に付されるあの絵だが、実はあれには根拠がある。実際に火星人は八本の突起物があるからだ。目撃者が描いた壁画や伝承がそれなりに伝わっているのだろう。ただし、本当は足は七本である。一本は角なのだ。だが、動転した地球人が、八本すべてが同じように見えたとしても、不思議はない。
「足」と呼んだが、体を支える役目のものが1本、前に進む動きを助ける役目のものが3本、そのうちの1本は稚拙だが物を掴むなどの「手」に似た動きもできる。地球人の「手」に当たるものが3本で、そのうちの1本が「舌」のように味覚を感じ取ることができる。口は別にあるが、口に入れる前に味だけわかる仕組みだ。わかりにくいと思うので、表にまとめてみた。
足1・・・体を支えるつっかえ棒。尻尾。
足2・・・前後に動いて体を運ぶ1
足3・・・前後に動いて体を運ぶ2
足4・・・前後に動いて体を運ぶ3(簡単な動きなら「手」に似たことが可能)
足5・・・「手」と同じ機能1
足6・・・「手」と同じ機能2
足7・・・「手」と同じ機能3プラス味覚触覚がついている
8(足に似ているが、角である。自分の意志では動かせない)

なぜこんなに詳しく知っているかというと、実は私は火星人だからである。今さっき地球に降り立ち、地球人の中に入り込んだ。こうして地球人になりすまし、地球の情報を母星に送るのが地球開拓計画執行部・情報収集課・A班の私の役目だ。地球の言葉で言うと「密偵」というのだろうか。
私は文字通り、地球人の中に「入り込んだ」。地球の中でも人口の多い大きな町、江戸。そこに住む平凡な男・八五郎の中に。彼の意識は、今、眠っているのと同じ状態だ。私が体に入りこんだことは知らない。
入り込んで瞬時で、私は体のしくみを理解し、彼の記憶をだいだい読み取った。しくみは、科学分析課の調査とほぼ一致している。視覚・聴覚・触覚などの外からの刺激を脳で処理し、脳から全身に信号を送り、動作を行う。彼は大工という職業らしい。
「おまいさん、いつまで寝てるのさ。起きとくれよ」
八五郎家の間取り・家族構成の記憶をロードする。台所から妻が声をかけたのだ。寝床から半身を起こし、立ち上がった・・・と思ったのだが。
ドタッ!
私は荷物のように床に倒れた。なぜだ???・・・そうか、手足の振り分けが適切でなかったのだ。地球人の二本の足に、私の足1と足2の機能を振り分けても、歩くことはできない。なにせ足1はただのつっかえ棒。カンガルーや恐竜のしっぽのようなものだ。
足2を左足に、3を右足に振り替える。同時に、手の再変換も必要だと気づく。足3を入れていた右手に足5を入れ替え、足4を入れていた左手には、ええと・・・。
「ほら、早くしなよ!」
妻の怒声が飛ぶ。私は慌てて寝巻きの浴衣を着替えにかかった。紐をはずそうとしたら、口で紐をくわえていた。しまった、足6の機能を口に振り分けてしまった。すぐに左手に足6を入れ替える。ええと、足2を上げて立ち上がって、足5と足6で上をもろ肌脱いで、腹掛けを着て、股引を履いて。足2と足3の強さを緩めて布団に一度据わり、足5と足6で足2(左足)に足袋を装着する。次は足3(右足)に装着。母星のA班ではエリートだった私だが、すでに肩で息をし、頭が混乱していた。ああ、もう、わけがわからん!残りの足の振り分けは、後でゆっくりやろう。

「あんた、あいかわらずのろまね。さっさと食べちゃってよ」
火星ではのろまなどと一度も言われた覚えはなかった。私は八五郎の妻の言葉に軽く傷つきながら、足6で膳を引いて足2と足3をゆるめて座った。すでに八歳の娘・おみつは座して食べていた。八五郎家は三人家族のようだ。
膳には、白いものが器によそられている。横には黒っぽい湯気のたつ液体に緑の細かい粒が浮く。記憶をロードして、白米と葱の味噌汁だと知る。黄色いのは「おこうこ」というらしい。
八五郎は豆腐の味噌汁は好きでないらしい。記憶に不快感が残っている。どんな味なのだ?私は足7(味覚のある触手)で味見をした。
「あんた!味噌汁に耳つけて、何してるの!?」
はっと顔を起こす。右の耳に足7が振り分けられていたのだ。
「おとっつあん、また寝ぼけてるんでしょう」
子供にまでバカにされた。
八五郎の妻からてぬぐいを受け取り、足7(耳)をゴシゴシ吹く。葱の味噌汁は私は嫌いな味ではなかった。しかし、足7はどこに振り分ければいいのやら。
白米を食す為の茶碗と箸は、足5と足6だけを使用すればいいので、割と簡単に扱うことができた。
「おっと」
箸を取り落とし、私は足4(手の機能もある足)でそれを拾った。それは、右足の「親指」に機能が振り分けられていた。
「おまいさん、子供の前でなんて行儀のわるいっ!」
「いけね」
私はペロリと舌を出した・・・つもりが、右耳(足7・味覚のある触手)がびろーんと伸びた。しまった〜!
「ぎゃ〜〜〜」
二人の悲鳴を背中に聞いて、私は「行って来るぜ!」と家を出ようとした。人のいないところで、もう一度落ち着いて手足を振り分けた方がいい。
「あんた、道具箱持たずに、何しに行くのさ」
道具箱? 玄関先にあるこの箱のことか。食事をした時に手がきちんと振り分けられていたので、このまま手で持てばいいのだ。私は箱を抱えて家を出た。

通勤は、昇り坂含め徒歩で一町。記憶をロードしながら、通勤路をたどる。私は二百歩ほど昇ったら疲れてしまい、道具箱を抱えてしゃがみこんだ。この荷物は私が想像するよりずっと重かった。地球の重力は三倍。荷物も三倍重いということだ。
持久力は養成所でも1,2を争う私だったのに。
しかし、重力のせいだけでなく、もともと火星人の足は地球人のそれより疲れやすい。だから本数が多くて、一本ごとの作業の負担を軽くしているのだ。
『そうか、使ってなかった足を入れ替えればいいのか』
ええと、足4を右足にいれて。少ししたら、休ませていた足3を左足に入れて足2に休憩させて。ローテーションで入れ替えよう。

「はっつぁん、大丈夫か?」
男が声をかけてきた。ええと、同じ大工仲間の、クマだ。八五郎は彼と親しいらしく、彼の情報をロードしていると嬉しそうだ。
「首、凝ってるのか?」
私は意識せずに首をぐるぐる回していた。なんてことだ、よりによって足1(しっぽ)が頭に振り替えられていたとは。火星の者も地球の動物同様、嬉しいとしっぽを振る習性がある。
「道具箱を持ってやるよ。あいかわらず、なまくらだなあ。ゆっくり歩いて昇ろう?」
なんだ、もともと八五郎の体は非力なのか。
見ると、クマは、箱を肩に乗せて運んでいた。なるほど、抱えて運んだからよけいに大変だったのか。
私は立ち上がって、番号が変わったことに注意しながら、歩を運び始めた。足4を前に、足3で地面を蹴って後ろに。今度は足4で地面を蹴って・・・。
「足場に登るの、大丈夫か?いくら高いところが苦手ったって、棟梁に散々『今度は登れ』って言われたから、もう今日は下ってわけにはいかないだろ?今度上らねえとクビって言われたって?」
・・・えっ?足場・・・?

仕事場では既に二階建ての家屋の枠組みが出来上がっていた。
棟梁とおぼしき年かさの男が先に来ていて、「おう来たな」と大きな声を上げた。
大工仕事に関する記憶は何度もリロードしてみた。しかし、お察しの通り、八五郎はかなりトロくて運動音痴だったようで、情報が混乱していた。
『最初は両足を揃えて立ち、右手で支柱を持つ。手は逆手に持つ。左に三歩・・・いや、右だっけ。始まりの足が左足なんだっけ。で、二段目の柱を左手に持ち代えて体を持ち上げ、右手でも握って、2回体を振って上の段に登る。今度は軽く飛び上がりながら両手で、あれ片手だっけ?で支柱を掴んで・・・・あれ?あれ?・・・???』
現在左足には足3が、右足には足4が入っていた。つまり、足3と4を揃えて立ち、足5で支柱を持ち、足3の方向に・・・違った、足2の方向へ、足3を踏み出し足にして三歩歩く。柱を足6に持ち代えて・・・・。ええと・・・。足6って何だっけ?
私の足は、どこと、どこと、どこに入っているんだっけ?手はどこに?しっぽは?これは、本当に首なのか?足の指は本当に足の指なのか?私の耳は本当に耳?
・・・うわぁぁぁぁぁ!!
『キャップ、無理です。無茶です。地球人は、我々の手には負えませんっ!』
「ほれ、八五郎。登ってみ」
棟梁の声が無情に響いた。


 <END>

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