『反対ぐるま2020』

 車・ラジオ(CD)・苦笑
以上の三つのお題をいただきましたが、「ラジオ(CD)」というのは、たぶんCDラジカセのことと思います。お若いかたで、名称がわからなかった?
ということで「CDラジカセ」で書きました。

「反対ぐるま2020」

今でも人力<車>なんてのは、浅草界隈で見かけたりします。いいですよね、粋で威勢が良くて。何がいいって、乗りたいと思ったら並ばないでもすぐ乗れます。乗りたくなくても、信号待ちしてると「乗りませんか」と勧誘されたりしますが。
反対に、タクシーは、乗りたいのになかなか掴まらないなんてことも多いです。
大きな駅のタクシー乗り場は、もうどこまで続くんだって長蛇の列になってたりしますが・・・そこに人力車業界が目をつけた。
2020年には東京オリンピックで海外から観光客がたくさんやってくる。観光客、人力車大好きですから。
もともと人力車は、自転車と同じ軽車両扱いなんで、車で渋滞してる左側をするするっと走れたりします。渋滞ナシで時間にも正確。
そして、なんといってもエコ。究極のエコであります。
並ぶのが嫌いな奴や、エコロジーにこだわる奴なんかからお声がかかるようになり、観光地以外の大きな駅の周辺でも、タクシー代わりの乗り物として、注目を浴び始めまして。

「(腕時計を見るしぐさ)しまった、だいぶ遅くなっちゃったな。・・・タクシー乗り場、並んでるねえ。やっだな、俺は並ぶのがキライなんだ。
 おっ、あそこに車屋がいるじゃないか。
 おーい、車屋、ちょっと頼むわ」
「へぇぇぇい。・・・どちらまで」
「池袋駅まで頼む」
「へい」
「なんだ、随分ゆっくりじゃないか。もっと威勢よくやってくれよ」
「実はあたし、昨日病院から退院したばかりで。心の臓の病でね、医者から走っちゃいけねえって言われてるんだ。心拍数が上がると、死ぬかもしれねえ。
お客さん、それでもいいんなら、走ります。いいですか、走りますよっ」
「おいおいおい、いいよ、いいよ、ゆっくり走んな」
「ありがとうございます。
 てまえどもの車には、ゆっくりのんびり楽しんでいただく為に、<CDラジカセ>も搭載してございます」
 客の男が「ちっ」と口を歪めて笑った。
「あ、今、<苦笑>しましたね。データ音楽の時代に、CDラジカセとか言ったから。でも、今またカセットの音色が見直されてましてね。渋谷に専門店もあるんですよ」
「おまえ、背中見せて引いているくせに、なんでわかるんだ。タクシーみたいにバックミラーでもあるのか」
「動画用カメラが付いていて、あたしの方にモニターがあるんですよ。あ、ブルーレイ・プレイヤーもあるんで、見たい映画でもありましたら、遠慮なく。スターウォーズの全巻見ても無料ですよ」
「上野から池袋へ行くのに、スターウォーズ全巻見てられるかよ」
「では一部でも。どこから見てもそんなに変わりませんし」
「いいってば。
 ゆっくりでいいとは言ったが、全然進んでないじゃないか。一体、いつ着くんだ」
「明日の昼までには、なんとか」
「勘弁してくれよー」

と、男はそこまでの料金を払って降りると、今度はいかにも威勢のよさそうな若い衆が引く車に乗り込んだ。
「すまないが、池袋まで、急いでくれ」
「おうおうおう、おいらの車は速いよ」
「お、今度の車夫さんは若々しいね。カッコも、なんか、新しいね。ゴーグルタイプのサングラス、渋谷とかではやってるよね」
「そうだ、お客さん、あんたもつけて。ゴーグルつけてないと、早すぎて目に虫が飛び込んで来るから」
「えっ。そりゃすごい速さだな」
「口も閉じてねえと、口ん中に虫が入るぜ。この前、趣味で落語やってるとかいうおしゃべりなおっさんが、セミが口ん中入ってそのまま飲み込んじまって。口開けるたびにオーシーツクツク、オーシーツクツクって。
 さ、行くぜ。振り落とされねえよう、しっかり掴まってな。」
 と言ったが早いか、「おらおらおらおら」とかけ出した。
「おお、本当に早いな」
「おうさ。新幹線より早いとは言わねえが、まあ、都内をちんたら走るJRには負けねえな。
 お、ちょうど、前に山の手線が見えらあ。あれを追い越してやらあ」
 車屋はさらにスピードを上げまして「おらおらおらおら」・・・・。緑の電車とデッドヒートを繰り広げます。抜きつ抜かれつをくり返すうちに、客も「あれ?」と辺りを見回しました。上野の森に上野広小路。なにやら、周りには見たような景色が。
「おい、待てよ、おまいさん、上野にまた戻って来ちまってるよ!」
「えっ。
・・・あ、ほんとだ、地球を一周しちまった」

おあとがよろしいようで。



 <END>

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