「あたし、拓のことが好きだ」
まるで自分の年齢は十八歳だと宣言するかのようにそう言い切った美奈は、ただまっすぐに俺の目を見てそこに立っていた。
こういうこと――つまりそれはそこそこにファンのいるバンドの、しかもボーカルってことだけど――している以上、こうやって告白されたりすること自体は大して珍しくもなんともないし、それはそれで適当にあしらってしまえるようなことだったりもしたんだけど。
美奈には、そうしちゃいけない気がした。
美奈にだけは、そうしちゃいけない気がした。
結局俺はいくつか言い訳を使ってみたけど、すぐに美奈に切り返されてしまった。
美奈は、俺が言うことなんて全部わかってて……つきあうつもりがないってこともわかってて、それでも告白してきたらしい。
つまり、このペンの色は青なんだよ、と言うのとほとんど同じ意味らしい。
だから俺は、すべてをうやむやにしてしまうしかなかった。
本当はいいんだ。
彼女作ろうが作るまいが、大して関係なかったんだ。
でも俺は本気で音楽に取り組んでみたかったし、だから色恋沙汰にかまけたりしたくなかった。友達ならあまり気にしなくてもいいけど、彼女なら時間作ったりしなきゃいけないし、音楽ばかりやってるわけにもいかなくなる。本当なら、仕事さえ夢の邪魔にしかならないと思っているのに。金さえあれば、仕事もしないで音楽にハマっていられるのに。今でさえ二足の草鞋状態なのに、俺にはさらに一足増やすことなんて絶対にできやしない。まして『音楽と私とどっちが大事なの』とかなんとか聞かれたら、答えられるはずがない。比べようがないことだし。そもそも。俺にとって音楽ってのはもうなければ生きていけないくらいのモンだし。
そんな、命と同じ……いや、それ以上に大切なものと、他のものなんて比べられない。
だから俺は彼女を作らない。
そんな器用なことは、できないから。
トントン、とドアがノックされる。
はい、と俺は返事をしながら、ここがどこかを考えていた。
微かに匂う、消毒薬の匂い。
(……そっか……病院だ)
カチャ、とドアが開いて、三塚さんが入ってくる。わざと作ったような、笑み。
さっきまでいた美奈は、泣きそうな顔をしていたっけ。
「……美奈が、初めて打ち上げに来た日のこと、思い出してましたよ……」
俺はそう呟くように言う。一瞬だけの、懐かしい幻。だけど、そんなに遠い昔のことなんかじゃないんだ。
「美奈……泣いてませんでしたか?」
「泣きそうでは、あったよ……」
三塚さんは静かにそう言うと、ベッドの横の椅子に座った。
「美奈ちゃんに、言わないのか?」
いきなりの質問。
「何をです?」
「好きだ、ってさ」
簡潔な言葉に、俺は思わずドキッとした。
この人は……何を知っているんだろう。どこまで知っているんだろう。
「……いつか、言いますよ」
三塚さん相手では誤魔化せそうもなく、俺は仕方なくそう言った。
「いつか、ね……」
三塚さんは俺の言葉を繰り返す。
ああ、でも……そのいつかはいつになるんだろう。
明日? 明後日? それとも……永遠に、来ないとか。
なんだか、考えがまとまらなくなってきた。眠くて。
「三塚さん、俺考えてたことがあるんです……」
眠いんだけど。本当は眠たいんだけど。
だけど、これだけは言っておかなければいけないような、そんな気がした。
「もしも俺が歌えなくなったりしたら……代わりに、美奈に歌って欲しいなって……。他の誰かじゃ嫌だけど、美奈ならいいかなって……初めて美奈が歌ってるの聞いたとき、そう思ったんですよ……」
「拓は死ぬまでSKYのボーカルだからな。美奈ちゃんが代わりに歌うときなんて、年とってからだぜ、きっと」
三塚さんは、ただ静かにそう言う。俺は、その言葉に笑みを返すのが精一杯だった。
ただ、もう眠りたくて。
「……拓?」
三塚さんが遠くで俺を呼んでいる。返事しなきゃ、とは思ったんだけど、眠くて口も開けなかった。
今日中に作りたかった曲があるんだけどな……。
美奈の詞で、書きたかった曲があるんだけどな。
「拓っ!?」
ああ、美奈の声が聞こえる。
待ってて、美奈。必ず書くから。
ちょっと今眠るけど、絶対に書くから。
だから、待ってて。
待ってて……
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