第二章
冷たく吹きすさぶ風がうねりをあげる。
木々の葉は揺さ振られ、ざわざわと音を立てる。
と、いってもそのほとんどはもう枯れてしまっていた。今は厳しい冬である。
空には暗雲が垂れ込め、海も風の影響か、かなり荒れている。今にも嵐が襲ってきそうな雰囲気だった。
灰色の波が、幾度と無く激しく打ち付ける切り立った崖の上に、その城はあった。
大きさは都の城と同じぐらいあるだろうか、近づくと相当な規模のものであることがわかる。ただし都のもののような華やかさは感じられない。その灰色の城壁は、良く言えば質実剛健、悪く言えば冷たい印象を与えている。
あたりには人影も無く、よくよく見れば、壁のあちこちに崩れかかっている箇所もある。打ち捨てられた城、廃虚と化した城、一目見ただけでは、そのように思う人も多いことだろう。
その城のある一室に、ソルはいた。ハンターたちに連れられてやってきたのはいいが、ここがどこであるのか、はっきりとはわかっていない。途中で、妙な薬で眠らされてしまったからだ。
気が付くと、この部屋でベッドに寝かされていた。てっきり牢屋にでも叩き込まれるかと思っていたが、見回してみると、そうではないようだ。質素ながらも、一応ベッドやテーブル、椅子など、家具一式は備わっている。もしかしたら、ソルの家の部屋よりも豪華なのかもしれない。もちろん、壁石の冷たい色には馴染めそうにもないが。
目の前にはドアが一つある。木製ではあるが、鉄でしっかりと補強されていて、どうやっても体当たりなどで壊せる代物ではなさそうだ。一応調べてはみたものの、開きそうにはない。
「やれやれ……」
呟いて、ソルはドアの反対側にある窓に向かってみた。こちらもやはり、窓枠に鉄が用いられており、外は見えるが、抜け出すことはできそうにない。中身は違えど、要するに牢屋も同然であった。
「アレフは無事だろうか……」
あの誘拐事件の日から何日経ったのかわからないが、アレフはきっと心配していることだろう。ああするしかなかったとはいえ、辛辣な態度を取ってしまったことに、ソルは後悔し始めていた。一人で取り残されてしまって、きっと不安に違いない。
「なんとかしてここを抜け出し、街に帰らなければ……」
フィーユの言葉通りだとすれば、あの街にいる限り、とりあえず安全であろう。村の人々は自分たちの素性を知りながら、ごく普通に接してくれていた。アレフの心の支えになってくれれば、と思う。ただ、あのハンターたちは自分たちのことを嗅ぎ付けていた。今回はなんとかなったようだが、もし別のハンターが襲ってきたら……
見上げると、灰色の雲が、強い風にどんどんと流されていく。だが、一向に晴れ間は見えない。焦ってみても、まるで光が見えない、そんなソルの気持ちを象徴しているかのような空だった。
溜め息をつき、目線をドアに向けたちょうどそのとき、こんこんと外から叩く音が聞こえた。
「……はい」
ごくりと唾を飲み込んで、なんとか平静を保ったまま返事をすると、かちゃかちゃと鍵を開ける音が聞こえ、ドアがゆっくりと開かれた。
「……お食事をお持ちしました……」
入ってきたのは、長髪の、痩せた女性だった。ソルに目を向けることなく、手にした盆をテーブルの上に静かに置く。その上には、豪勢とも言える食事が並んでいた。
そしてそのまま軽く一礼して、立ち去ろうとする。
「あ、ちょ、ちょっと」
ソルは慌てて呼び止めた。
「……はい?」
ドアを閉めかけたまま、その女は訝しげに振り向いた。さも呼び止められて迷惑だとでも言いたげな表情である。しかしソルとしては、何でもいいから情報を仕入れておきたい。
しどろもどろしながらも、なんとか質問を試みた。
「あ、あの……ここは一体、どこなんでしょうか?」
「……申し訳ありません、そのようなご質問にはお答えできません……口止めされてますから」
「そ、そうですか……」
声は小さいが、きっぱりとした口調に、ソルは思わず黙ってしまった。細身の女性からは考えられない気迫である。
「……何かご用がありましたらお呼びください」
また軽く一礼して、その女性は顔を上げた。その瞬間、少しだが流れる髪が揺れ、覆われていた耳がソルの目に入った。
「……そ、その耳!」
「……失礼します」
「あ、あなたは……!」
ソルは彼女の腕を掴もうと手を伸ばしたが、するりと避けられてしまった。そしてそのまま、ドアが閉められ、錠がかかってしまう。普段ならもっと機敏に動けたのだろうが、今は驚愕のあまり、体の動きが止まってしまっていた。
「ど、どういうことだ……」
彼女の耳は尖っていた。それは、ソルのそれと形状を同じくするもの、ハーフエルフの証となるものだった。
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