リレー小説亮第七回

 とは言ってみたものの、まずはどこに行けばいいのかよくわからない。ともかく、その日はもう日が落ちかけていたので、出発は翌日にすることにし、アレフはレイネの家に泊めてもらうことにした。ついでに、これからの行き先を相談することにする。
「家といっても、このあたりの森が全部家みたいなものだけどね」
 レイネに導かれるまま、森の奥へと進んでいくと、粗末といえばあまりにも粗末な、掘っ建て小屋と呼ぶにふさわしい家がぽつんと建っていた。お世辞にも、立派な家とは言いがたい。
「えっと……これがキミの家?」
 額に冷や汗が流れるのを感じながら、アレフは引きつった笑いを浮かべた。アレフとソルが住んでいた家とは、比べ物にならない。壁の所々は腐りかけて穴がいくつか空いているし、屋根にはいつのものともわからない落ち葉が山のように積もっている。
「そうよ。あくまで、家の一部だけど」
 中に入ると、さすがに少しは掃除しているのか、それなりにきれいになっていた。だが、それでも、ソルが見たらすぐに後片付けを命ずるだろう。なんやかやで、いろいろ散らかっている。
「まあ、座って」
 レイネに勧められ、アレフは恐らくいすであろうと思われる、木の切り株に腰掛けた。ぐるりと見回してみたが、はっきり言って何も無い。女の子の部屋にしてはずいぶんと殺風景であった。
 以前、フィーユの部屋に一度だけ入ったことがあるが、ぬいぐるみや、色の着いたカーテンなど、かなり華やかな部屋だった。あの時は、これが女の子の部屋なんだと感心したものだったが。
(同じ女の子の部屋でも、全然違うなあ)
 などとぼんやり考えていると、
「どうしたの、何か不思議?」
 レイネがお茶、らしきものをテーブル、らしきものの上に二つ置いてくれた。
「え、い、いや」
「喉かわいたでしょ。どうぞ」
 受け取った湯飲みの中を覗くと、深緑をした液体が波を立てている。
「あ、あんまり健康に良くなさそうな……」
「え?」
「う、ううん。何でもないよ」
 仕方なく、思い切って湯飲みに口をつけた。
「……ん……これ、どこかで……」
 一口飲んで、アレフは違和感を覚えた。特に美味しいというわけでもないが、どこか懐かしい味がする。思い出せそうで思い出せない、遠い昔の記憶を呼び起こすような、そんな感じだった。
「お茶がそんなに珍しいの?」
「え、いや……俺がいつも飲んでるのとは違うなと思って」
「そう? これ、ハーフエルフでは一般的だと思うけど」
 首をかしげながら、目の前に座ったレイネはお茶を一気に飲み干した。
「ねえ、聞いていいかな。ここでずっと一人で暮らしているの?」
「まあ、一人といえば一人かな」
「寂しくない? 周りに誰もいないし」
「寂しくはないわよ。森にはたくさん動物たちがいるし」
「ふうん……」
「アレフって変なこと聞くのね。まるで人間みたい」
「そ、そうかな」
 苦笑を浮かべ、アレフはお茶を一口すすった。
 考えてみれば、ソルと出会ってからというもの、いつも人間の間で暮らしてきた。恐らくそれが一番ハンターの目から逃れられる方法だと思ったのだろう。実際、つい最近までは、村の人の助けもあって、何とか見つからずに済んできた。
 だから、いつのまにか、すっかり人間の生活習慣が身についてしまっているのかもしれない。この家にしたって、本来、ハーフエルフの標準的なものかもしれないのだ。お茶が懐かしいと感じたのも、ずっと昔に飲んだことがあるのかもしれない。
「森と共に生きる。それがあたしたちの生き方。食べ物をもらう代わりに、決して森の秩序は乱さない。だから住居は、こんな風に、できるだけ目立たなくしてるんじゃない」
 黙ってしまったアレフに、レイネは大人びた口調で言った。
「まあ、ハーフエルフにもいろいろあるから、アレフの家がどうだかは知らないけど」
「ああ、俺、人間に囲まれて暮らしてきたようなもんだから……」
「……に、人間と一緒に……?」
 ふっと我に返って答えたアレフの言葉に、突然レイネの口調が変わった。驚いて顔を向けると、レイネの表情には嫌悪感が漂っている。
「どうして人間なんかと……あんな最低な生き物と」
「最低って……そんなことないよ」
 レイネの口調に内心びくびくしながらも、アレフは反論した。
「俺はハーフエルフも人間も、そんなに変わらないと思うけどなあ」
「何言ってるの、やつらはあたしたちを殺そうとしているのよ!」
「確かに、ハンターは人間だけど、優しい人だっているんだよ。この帽子だって、人間のお姉さんに買ってもらったんだから」
 アレフはフィーユに買ったもらった帽子を脱いで、レイネに見せた。
「それは、アレフやソルって人を人間だと思ってたからでしょ」
「違うってば。この人は僕らがハーフエルフだってこと知ってたんだよ。それに、村の人もみんな」
「信じられない!」
 だんっとテーブルを叩いて、レイネは叫んだ。驚いてレイネを見ると、肩がかすかに震えているのがわかった。
「あたしの……姉さんをさらって、父さんや母さんを殺したんだから……!」
 押し殺したようなレイネの言葉に、アレフは深い憎しみと悲しみを感じ取った。この思いは、恐らく罪の無いハーフエルフの誰もが持っているものだろう。アレフも大切な人をさらったハンターたちを、心底憎いと思う。
 けれども、逆に人間の優しさというものに触れたことが無いレイネが可哀相だった。さっきはあんなことを言っていたが、一人でここで暮らしていて、きっと辛いに違いない。その辛さを人間への憎しみへと変えているのだ。それが不憫でたまらない。
「人間にだっていろんな人がいるんだ。決め付けるのは良くないよ!」
 今すぐには無理かも知れないけれど、いつの日か、人間のことを理解して欲しい。アレフは切実にそう願った。
「そんな人間いないわよ!」
「いるの!」
「いないったらいない!」
「いるったらいるんだってば!」
 言い争ううちに、二人は半ば自棄になっていた。お互い引っ込みがつかなくなってしまったのだ。
 この森で静寂が破られたのは、かなり久しぶりのことだった。ハーフエルフとしては、いささか礼儀をわきまえない行為だろうが、アレフたちは気にも留めない。両者一歩も譲らず、いつのまにか日はすっかり落ち、空には満天の星たちが輝き……そしてさらには東の空がうっすらと白みかけたころ。
「……と、とにかく」
 にらみ合ったまま、ぜえぜえと肩で息をしながら、レイネは言葉を吐き出した。
「とりあえず、寝よう……」
「そ、そうだね……」
 アレフも初めてレイネの意見を取り入れ、二人はそのまま崩れ落ちた。
 結局その日一日、アレフたちは死んだように眠り、出発したのは次の日の朝であった。


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