リレー小説亮第八回

「ま、言いたくないならいいけど」
 アレフの強い調子に少し驚きながら、レイネは首を竦めた。
「あ、あれが街の入り口かしら?」
「え?」
 見ると、前方に門らしきものがあった。悪戦苦闘したが、何とか街に到着したらしい。
 見張りがいると厄介だなとアレフは思ったが、幸いなことに、門のところには誰もいなかった。開放的な街のようである。
「うわあ……人間がいっぱいいるわねえ」
 さもうんざりといった口調で、レイネがため息を吐く。覗いてみると、確かに、馬車や人の往来が多い。なかなか大きな街のようだ。商人らしき男たちが、二人の横を通り過ぎていく。
 アレフは内心小躍りしていた。ソルと住んでいた村よりも活気があり、見たことも無いような動物を連れた人もいる。好奇心が沸いてくるのを押さえ切れない。
「絶対帽子を取っちゃだめだよ。取らなければ大丈夫だから」
 レイネに一言忠告して、アレフは先に立って街に入っていった。レイネもしぶしぶながら後に続く。
 門を入ると、真っ直ぐに大きな道がのびている。街道の続きであろう。両脇にはたくさんの商店が並び、威勢のいい声が飛び交っている。時々ぶつかりそうになりながら、二人はその道に沿ってゆっくりと進んでいった。
 入ってから気づいたのだが、ここには様々な種類の人間がいるらしい。肌の白い人、黒い人。髪の毛が黒い人、金色の人、赤味がかかった茶色の人。目の色が黒の人、青の人、銀色の人。エルフほどではないが、それなりに特徴を持った人々が、ごく当たり前のように行き交っている。
(これなら僕らもそんなに目立たないな)
 アレフはほっとして帽子に触れた。耳まで隠れるほど帽子をかぶった子どもの二人連れより、もっと目立った人がたくさんいそうだ。
「……気分悪くなりそう」
 レイネがアレフに身を寄せながら呟いた。今までごく少数の人に囲まれて生活してきたのに、いきなり大人数、しかも忌み嫌う人間たちを目の当たりにしては、目眩の一つでも起こすだろう。仕方無しにアレフは、とりあえず宿を取ることにした。
「レイネには休んでいてもらって、俺一人で調べてみるよ」
 慣れるまでに多少の時間は必要だろう。そう思ってアレフの目が宿屋の看板を探し始めた。たが……
 しばらくして。
「……すっかり馴染んでる」
 アレフは呆れた顔で、頬杖を突いた。視線の先には、楽しそうなレイネの笑顔。
「あー、これ、可愛い!! ねえねえ、これ、おばさんの手作り?」
 レイネが女の子を模した人形を手にとって、歓声を上げる。さきほどまでの暗い表情はまったくなく、嫌っているはずの人間の中年女性と、楽しげに会話している。
「そうだよ。これはあたし自慢の人形でね」
「すごぉい。手作りなのに、とってもよくできてるね」
 かれこれ二、三時間経っている。延々と繰り返される会話に、アレフは深々とため息を吐いた。そして、ソルのこんな言葉を思い出す。
「女性にとっての買い物っていうのは、僕ら男には理解できない魅力があるらしい。一度始まったら、覚悟を決めるしかない」
 いつになく真剣な顔で、ソルはうんうんとうなずいていた。その時、アレフはなんのことかさっぱりわからなかったが、今、その意味がわかったような気がする。気づくのが遅かった気もするが。
 先に宿に向かいたいのは山々だが、ハーフエルフばかりの小さな村から初めて出てきて、世間知らずのレイネを置いていくわけにはいかない。
「あのまま、すぐに宿に行けば良かった……」
 大通りは、あまりにも人が多く、さずかにアレフも辟易したので、裏道に入ってみることにした。だが、それが失敗だった。裏道は広場に通じており、そこでは蚤の市が開かれていたのである。
 表通りに引けを取らないほどにぎわっており、多種多様な物が売り買いされていた。物珍しさに、アレフはつい目を奪われてしまった。それにつられて、レイネも興味を向け始め……
「いつまで続くんだろ」
 のめり込んでしまったのである。アレフは三十分もすると飽きてしまったのだが、レイネはいつまでたっても店の前から離れようとしない。始めは人間に慣れるのにちょうど良いとも思っていたが、ここまでくると、もはや呆れるしかない。
 長く伸びた自分の影に目を落とし、アレフはまたもやため息を吐いた。そろそろ日も落ちかけ、空全体がオレンジ色に染まろうとしている。
「そういえば、ソルはよくため息をついてたけど……」
 大人になると、ため息をつくようになるのだろうか、などと思って顔を上げると、すぐ横で、同じようにため息を吐く青年がいた。年の頃はソルと同じぐらい。肌の色は真っ黒で、髪の毛を短く切り揃えていた。
 視線の先には、同じように肌が黒い女性が一人。
(同胞?)
 覚えたての言葉を思い浮かべ、アレフは苦笑した。このあたり、人間もハーフエルフも似たようなものらしい。


次ページへ



長編小説コーナーの入り口へ戻る or 案内表示板の元へ戻る