第三章
(来る……もうすぐ)
風が騒いでいる。自らに近しい者の来訪を告げるために。
(来なければいい)
危ない目に遭うのは、既にわかりきったこと。
……背を見せた自分のために、どうして来ることができるのか……。
(来ちゃいけないんだよ……アレフ)
「風が……」
「え?」
突然のか細い声に、ソルはふと振り向く。そこには既に世話係となった感のある、セレネが立っていた。
「風が騒いでいるわね……あなた理由をご存知?」
彼女もまた、それを感じたらしい。さすがは同じ種族と言うべきか。
彼女はソルを見つめながら、持ってきたお茶を差し出した。
「……」
ソルは何も答えられずにただ黙り込む。ハンターの本拠地だけあって、何処に耳があるか知れたものではない。
「そう……」
彼女はその無言を返事と悟ったか、ただそう返し、手にしたお茶をサイドテーブルに置いた。
「あなたには……帰りを待つ人はいないのですか? セレネ」
「待っているかどうか……」
話を変えるために切り出したソルの問いに、セレネは肩をすくめて見せる。
「妹がいたわ。だけど、もう諦めてしまっているかもしれない」
「待っていますよ、きっと」
すかさずそう答えたソルに、セレネは不思議そうな目を向ける。
「あなたは……そう、帰れると思っているのね」
「帰りますよ」
セレネの言葉に、ソルはきっぱりと返す。思い浮かぶのは、アレフと……フィーユの顔。
「絶対に帰りますよ。待っている人がいる限り、ね」
そう、待っているはずだ。アレフはきっと待ちきれずに迎えに来るだろう。フィーユはアレフが連れ戻すことを信じて、あの村で待っていることだろう。
ソルは確信にも似た気持ちで、二人の顔を強く思い浮かべる。
「あなたは強いのね」
「諦めたら、それで全てが終わりですからね」
「力があるから諦めないでいられるのよ」
セレネはそう言うと、窓の外を見つめた。
「風が導いてくれるわ。きっとシルフが連れてきてくれる」
セレネはそう言うと、部屋を出ていく。ソルはそれを見送ってから、再び外に目を向けた。
セレネの神秘的とも言える言葉は、少なくともソルの不安を和らげてくれた。
「海よ、海! 綺麗ねえ!」
街に入ったとたんに元気になったレイネが、海を見て更に元気になる。アレフはそれを見て、やや疲れた表情を浮かべた。
「それは良かったねえ……」
どうやらレイネは疲れとは無縁らしい。街道の途中で潮の匂いをかぎつけると共に、早足で歩き出したのはレイネである。それに引きずられるように歩かされたアレフは、レイネのように素直に海に感動することはできないでいた。
「とにかく、とりあえず宿を取ろうよ。街の見学はそれからでもできるだろ」
アレフは休みたい一心でレイネにそう告げる。
「あら、見学だなんて。情報収集と言ったら?」
「お言葉だけどねえ、レイネ」
アレフは溜息混じりにそう言うと、海沿いにそびえ建つ崖の上の城を指さした。
「あれほどここがあやしいぞ!! と強調している場所があるってーのに、他に何を急いで情報収集する必要があるってーの?」
「あ……あら……」
レイネはアレフの指さした方向を見て、苦笑を浮かべる。
「しかも、今までの経験上から言って、情報収集は夜酒場でやった方が効率がいい。となると、今できることは何があるって言うのさ?」
「できることならあるわよ?」
「何?」
「酒場兼宿屋に部屋を取って休むこと」
ピッと指を立てて言ったレイネの言葉に、アレフは最大限の溜息を返した。
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