リレー小説亮第十一回

「あの窓からったって、どう見ても届かないわよ?」
 レイネが頭を振りつつ立ちあがり、上を見上げた。その窓からは、月明かりだろうか、うっすらと光が射し込んでいる。その光のおかげで、何とか部屋の様子も分かるのだが、まさに牢獄と呼ぶにふさわしい場所だった。
 窓枠まで二人の二、三倍の高さがある。壁にはよじ登れるような足場も無い。壁を使って跳んでみても、二人の背では、届きそうもない距離だった。
「とりあえず、俺が手助けするから、先に跳んでみて」
 アレフはそう言うと、壁を背にして窓の真下に立ち、手を組みあわせた。そしてお腹のあたりで手のひらが上になるようにする。これを足がかりにして、窓まで跳んでもらおうというのだ。
「そ、そんなんで届くの?」
「やってみなくちゃわからないよ。息を合わせて、タイミング良くやれば、何とか手はかかるんじゃないかな?」
「よ、ようし。やってやろうじゃないの」
 レイネは助走をつけるべく、後ろに下がった。
「じゃあ俺の手を足がかりにして、思いっきりジャンプして」
 覚悟を決めたレイネが、アレフ目掛けて走ってくる。アレフは腰を落として身構えた。レイネの足が手に乗る。瞬間、アレフは思いっきり手を真上に挙げる。
「どうだ……!」
 ごん。
 鈍い音が部屋に響き渡る。
「わったったっ……ぎゅっ」
 落下してきたレイネにつぶされて、アレフは妙な声を上げた。
「……痛たたたたた」
 レイネはアレフの上で、額を押さえながら涙ぐんでいる。どうやら勢い余って、壁に顔を打ちつけてしまったようだ。
「えーん。嫁入り前の大切な顔なのにぃ」
「……お、おもい……早くどいてよ」
 音が結構大きかったので、気づかれたかと思ったが、人のやってくる気配はない。
「あのね、レイネ。俺の手に左足を乗せたら、今度は右足で壁を蹴るんだ。それでそのまま窓枠に手を掛ける」
「わかってるわよ。すぐに出来たら苦労はしないわ」
 気を取り直してもう一度試みる。タイミングは合っていたのだから、後は跳ぶ角度の問題である。アレフは心持ち垂直方向に手を挙げることにした。
 レイネが走り、地面を蹴る。
「どうだ……!」
 左手が辛うじて窓枠に引っかかる。
「くっ……」
「がんばれ!!」
 右手を掛け、両手で自分の体を持ち上げる。
「ん……!」
 そしてそのまま、窓のへりの部分に体を上げることに成功した。並みの人間の子どもではとても真似できない。ハーフエルフであるが故の運動能力の高さの賜物である。
「やった!!」
「しっ!」
 喜ぶレイネに、アレフは人差し指を口に当てた。まだまだ油断はならない。いつ奴等がやってくるのかもわからないのだ。
「……で、アレフはどうするの? わたし、ロープとか持ってないけど?」
 ふと気づいたようにレイネが首をかしげる。
「ま、まさか、考えてなかったとか……」
「そんなわけないでしょ」
 とりあえずレイネを上げることには成功した。後は自分だが……
「使うしかない、か」
 本当なら極力使いたくないのだが、現状では、そうも言っていられない。
「どうするのよ?」
「……黙って」
 アレフは手をだらりと下げ、ゆっくりと目を閉じた。
(意識して使うのは久しぶりかな……)
 頭の中に思い浮かべるのは、自分が宙に舞う姿。
(こんなところにもいるかな、風の精霊たち……)
 かすかな感触。
(ごめん、みんな。ほんの少しだけ力を貸して……)
 アレフの服がかすかに揺れる。
(お願いだから……)
 その揺れがだんだん激しくなってくる。
「風が……」
 レイネは思わず呟いていた。彼女にとってみればさほど珍しい光景でもないのだが、今までのものより、どこか違うように感じられた。完全なる融合。そんな言葉が、頭の中に思い浮かぶ。
 風はいよいよ勢いを増し、アレフの周りに吹き荒れた。
(行くよ……)
 かかとから爪先にかけて、アレフの足がゆっくりと地面を離れていく。
「て、天使みたい……」
 レイネの目に、月明かりに照らされたアレフの姿がゆっくりとせまってくる。それはまるで、神話の中に出てくる、羽をはやした天使のように思われた。
 顔は汚れているし、服は天使が着る真っ白なローブには及びもつかないほど汚れていたが、それでも、そう思わざるを得なかったのだ。
 アレフはそのままレイネの元にゆっくりと降り立った。
「……ふう。ありがとう、みんな」


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