リレー小説亮第十二回

(やれやれ……)
 ソルはため息を吐いた。
(来るなというほうが無茶だったかな)
 窓の外はすっかり闇に覆われている。地上で起きることなどまるで関係無いとでも言うように、星たちは変わらず輝き続ける。ただほんの少し、位置が変わっただろうか。
 ソルは感じていた。否、感じるというより、もはや確信だった。
(アレフが……この街にいる)
 根拠があるわけではない。だがわかるのだ。あえて表現するとすれば、「何となく」そう思うのだから仕方が無い。
「今日も月が綺麗ですねぇ」
 ソルの隣にふっと歩み寄った男が、独り言のように呟いた。手を後ろに組んで、空を見上げている。年の頃はソルと同じぐらい。黒い肌をした青年で、耳は尖っていない。人間である。
「そうですね。今日は三日月ですか」
「満月もいいですが、やはり私は三日月が好きですね」
「どうしてです?」
「何となく、この不完全さがたまらないではないですか」
 表面的には何気ない会話だが、ソルは全身に緊張感を漂わせていた。
(どうもこの男はつかめない)
 三日ほど前からソルの前に姿をあらわすようになって以来、いろいろと探りを入れているのだが、まったくといっていいほど隙を見せない。何が目的なのか、こうやってソルの部屋にやってきては、世間話をして帰っていくのである。
 ソルは内心焦っていた。少なくともこの青年が味方であるとは思えない。が、こちらに危害を及ぼすつもりが無いのなら、しばらく様子を見るつもりだった。しかし、アレフがこの街にいるのなら、話しは別である。
(アレフを危険な目に合わせるわけにはいかない)
 そのためには、敵の動きをつかんでおかなければならないのだ。
「……そろそろ教えていただけませんか」
 ちょっとした沈黙があった後、ソルは覚悟を決めて口を開いた。
「何をです?」
「あなた……いえ、あなたたち、というべきでしょうか、その本当の目的を」
 ソルの言葉を受けて、青年はこちらに顔を向けた。
「何のことです?」
「呆けないでください。そもそも、ここに連れてこられて以来、わからないことだらけだ」
 ソルは真正面に相手を見た。肌の色と同じ黒い目が、月明かりに照らされて輝いている。
 その目を見ているうちに、なぜか背筋が寒くなり、彼はほんの少しだけ目をそらした。
「僕を、ハーフエルフをおびき寄せる餌にしようとしているのかと思えば、そんな様子はまったくない。かといって、すぐに殺すわけでもなく、こうして監禁しているだけ。僕だけでなく、他のハーフエルフも似たような状況のようだ。これをおかしいと思わない人がどこにいます?」
 ソルは語気を強め、一気に捲し立てた。半分本気で、半分演技である。焦っているのは事実だし、自分を焦っているように見せる狙いもある。
「なるほど、疑問はもっともですな」
 そんな目論見を知ってか知らずか、青年は普段とまったく変わらぬ様子でうんうんとうなずいた。腕組みをして、さも深刻そうな顔をする。
(ちっ……)
 ソルは内心舌打ちをした。どうやら演技は通用しそうにない。圧倒的にこちらが不利な現状では、相手の出方を待つしかないようだ。
 再び沈黙が部屋を支配した。しんと静まり返った中で、無言の戦いが繰り広げられている。と、いっても、仕掛けているのはソルだけなのだが。
 遠くからはかすかに波の音。ちょうどこの時間、満潮を迎えるころだろうか。ソルの心とは違って、最近、海は穏やかなようだ。
「いえ、ちょっとした誤算がありましてね」
 ややあって、青年が口を開いた。
「誤算?」
 ソルは、窓の外に向けていた目を青年に戻した。
「あなたがたにも、誤算というものがあるのですか?」
「ええ、もちろん。私たちは単なる人間。間違えることもありますよ」
 見え透いた挑発にまったく動じることもなく、青年は窓の側から離れ、いすにゆっくりと腰を下ろした。
 一見優雅とも思えるその動作一つ一つには、どんな隙をも見出すことは出来ない。
「扉には、鍵が必要だったということです」
「……ずいぶんと遠回しな言い方ですね」
「まあ、すべてお話してしまっては、面白くないではないですか。私のような人間は、秘密主義者だというのがセオリーでして」
「……なるほど」
 事態を本当に楽しんでいるような青年の態度に怒りを覚えながらも、ソルは平静を装った。今の自分は何の力も無い。耐えるしかないのだ。
「……残念ながら、僕は気づかないうちに誰かに躍らされているというのは嫌いでしてね」
 それでも彼は言わずに入られなかった。黙ったままというのは、彼自身のプライドが許さなかったのだ。
「いいでしょう。踊ろうじゃないですか。ただ、僕は躍らされているんじゃない。分かってて踊ってあげているんです」
 射抜くような視線を相手に向ける。たとえはぐらかされても、自分の意思を示す効果はあるはずだ。そして何より、みずからを鼓舞するために、彼は目に力を込めた。
 それは、彼の一種の宣戦布告であった。


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