リレー小説光坂第二回

 一瞬だけ、時が止まる。アレフは一度ソルの顔を見上げてから、すぐにドアの方へと向かった。ソルは、すぐにでもアレフをかばえるように体制を整える。緊迫した空気が、二人がどれほど緊張しているかを伝えていた。
「誰?」
 アレフは表向き平然とした声で問う。しかしドアの向こうから返ってきた声は、二人の危惧を裏切るものであった。
「アレフー? 俺や、俺ー。ちょっと開けてえな」
 その声の主は、アレフと同年代の村人の一人である。アレフとソルはほぼ同時に安堵の溜息をもらした。
「何ー? さっき別れたばっかやん」
 アレフは言いながらドアを開ける。
「バイトや、バイトー。な、うちの新聞とってくれへん?」
「そんな文字ばっかのもん読んでどないすんねん。うちはいらんでー」
「アレフ、冷たいやん。友達が困ってんのに助けてくれへんのか?」
「今はバイトなんやろ? ほな、そっちは新聞屋、俺は勧誘受けてるただの客。そやろ?」
「そやけどさあっ」
「だーめ。これからソルがご飯作ってくれるんやから。ほな、またな」
「あーもう、アレフのブラコンには勝てへんわー。しゃーない、今日はこれで帰るわ。じゃ、またな」
「頑張って商人しーやー」
「……そう言うなら新聞買うてくれてもいーやろーに……。ま、ええわ。ああそうだ、さっき転んで怪我したの、大丈夫やったん?」
「大丈夫や、ソルに手当してもらったから」
「はいはい。お大事にー」
 彼はそう言うとすぐさま別の家へと向かう。アレフは再び溜息をつくと、ドアを閉めてソルの方を向き、ニッと笑った。
「どや? さっき言ったこと、ほんまやったろ?」
 どうやらさきほど聞き流されたことを、多少根に持ってるらしい。ソルは少なからず驚きながら――なにしろアレフの言ったことは嘘だと思っていたのだから――、しかしあっさりと話題を変えた。
「どうでもいいけど、アレフ。言葉がうつってるよ?」
「……あれ?」


「でもさあ、ソル」
 食事を終え、ついでに茶碗洗いも済ませたところで、アレフは椅子に座りながら話を切りだした。
 食後、茶碗洗いはアレフの仕事と決め込み読書に耽っていたソルは、またしても途中で邪魔をされたことに内心諦めの溜息をつき、その本を閉じる。
(一体一日に何度溜息をつけばいいんだか……)
 ソルは漠然と考える。しかし、無視をすれば早いこととの考えはこれっぽっちも浮かばないあたり、ソルもまたブラコンだと言えるであろう。
「なんかさっきみたく客が来る度にドキドキするのって、やだよねえ……」
 本当はもうちょっと堂々としていたいんだけどさー、とアレフが言いながら、自分のフードを手で弄ぶ。
「そうだね。でも、仕方ないだろう?」
 それはすでに何度も話して来たことだった。人目も気にせず、フードを被ることもせずに過ごせた日々は、もうとうに失われてしまったのだ。
「そりゃ、ハンターに見つかって殺されちゃうのはやだけど……」
 アレフはうつむいて呟く。ソルが何か言おうとしたとき、再びアレフが顔を上げて言った。
「いつまで続くのかな、こんなことが」


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