リレー小説亮第十五回

   第四章


「何が起こるのかわからないけど」
 レイネが落ち着くまで待って、アレフは口を開いた。
「とりあえず少し様子を見よう」
 レイネの姉は、良く考えて行動すべきだと言った。そして迷いは禁物だとも言っていた。迷わないためにも、冷静に、落ち着いて考えることが大切だと思ったのだ。
 彼女の口調から、どうやらここで何かが起こっていることは予想がつく。それがソルを危険にさらすようなことであれば、何があっても助けに行かなければならない。こんな所でのんびりしている暇はないのだ。
 だが、レイネの姉は、自分たちが逃げることも、ソルが逃げ出すことも危険過ぎると言っていた。
「と、なれば……」
 まずはソルに会おう。アレフは決心した。よほどの事情があったのだろうが、彼がなぜ姿を消してしまったのかの理由がまだわかっていない。逃げ出す、逃げ出さないは会ってから決めればいい。
「レイネ、俺、ソルに会ってくるよ」
 落ち着きを取り戻したレイネに、アレフはきっばりと言った。
「会ってくるって……ちょっと危険なんじゃない?」
 レイネも、姉が言っていたことが気になっているらしい。
「大丈夫。居場所は分かってるし、こっそり忍び込めば」
「じゃ、じゃあ、あたしも行くわ」
「だめだよ。レイネはここにいて。さっきの自称お兄さんが帰ってきたとき、二人ともいなかったらまずいだろ。トイレに行ってますとか何とか言って、適当にごまかしておいてよ」
 万一、危険なことがあった場合、レイネをできるだけ巻き込みたくない。だが、そんな理由は通じないとわかっていたので、アレフはもっともらしい理由をつけてレイネの同行を断った。
「わ、わかったわよ。でも、短めに切り上げて早く帰ってきてね」
 レイネはしぶしぶとうなずいた。アレフは心配させないように笑顔を向けると、ドアを開けて慎重に廊下に出た。
「気をつけてね……」
 レイネの言葉に軽く手を振り、アレフは歩き出した。
 ソルはいかにも幽閉されそうなところ、つまり、最上階の一番端の部屋にいた。アレフは足音を立てないように、ゆっくりと階段を上っていった。
 ふと、背後に人のけはいを感じた。立ち止まって耳を澄ますと、かすかにだが足音が聞こえてくる。
「まずいな……」
 とりあえず途中の階で上るのを止め、物陰に隠れる。耳を澄ますと、確かにこつこつと音が聞こえてくる。
 間違いない。足音はだんだんとこちらに近づいてきているようだ。
「いざとなったら迷子のふりでもしよう」
 息を殺してじっと待っていると、ますます足音は大きくなっていき、そして、その姿がぼんやりとした光の中に現れた。
「あ、あなたは……!!」
「おや、君は……」
 思わず飛び出してしまったアレフに、その人物は驚いたように声を上げた。
「ど、どうしてここに?」
 現れたのは、海沿いの町にハンターの根城があると教えてくれた、黒髪で肌黒の青年だった。アレフを見て、びっくりした顔をしている。
「恐らく君と同じ目的だと思うが……友達を助けに来たんだ。君がここにいるということは、どうやら噂は本当だったみたいだね」
 青年はほっとしたような顔をした。
「ええ、俺の探している人も、ここにいました」
「確認してきたのかい?」
「ええ、さっき。この上の階です」
「おや、そうか。彼は無事だったんだね。それは良かった」
 彼は自分のことのように、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、そこまで一緒に行こう。一人より二人のほうがいいし、俺の友達もそこにいるかもしれない」
 正直言ってアレフも一人では不安だった。この青年が本当に友人を探しに来ているのなら、さぞ心強い味方になってくれたであろう。
 だが、アレフはもはや確信していた。風の精霊を呼ぶため、神経を集中する。
「……どうしたんだい?」
 階段を上りかけて、青年はアレフが着いてこないのを不審に思って立ち止まった。
「……どうして俺が探している人が男だと?」
 アレフは身構えながら、青年を睨み付けた。風が、かすかに彼の周りの埃を巻き上げ始める。
「え?」
「俺は知り合いがここに捕まってると言っただけで、男だとも女だとも言っていない。なのにあんたは、彼は、と言った」
「……いや、ただの言葉のあやってやつさ」
「ごまかされないぞ。おまえは一体何者なんだ!!」
 声を荒げてアレフが叫ぶと、
「……やれやれ」
 突然、青年の口調ががらりと変わった。
「頭が良いというのも、困ったものですね」
 さきほどまでは若者らしい、さわやかといえるほどの印象を与える声だったのだが、今は妙に冷めた、冷徹な印象を与える声である。アレフは心ならずもその声に恐怖を覚えてしまった。
「おまえが……おまえがソルをさらったんだな!!」
 その恐怖を打ち消すように、アレフは声を張り上げる。それと同時に、彼の周りの風が一段と強くなった。
「人聞きの悪い。彼は自分の意志でここに来たんですよ」
 その風を見てもまったく表情を変えず、青年は苦笑した。
「もっとも、そのきっかけはこちらにあるのでしょうが」
「ソルを返せ!」
「返せと言われて返すぐらいなら、最初からここに連れてきたりしませんよ」
 青年の、あくまで人を食った言葉にアレフは唇をかんだ。あの時飛び出さず、そのまま後をつければ良かったのだ。自分の甘さに心の中で舌打ちする。
「こうなってしまっては仕方ないですね。ともかく、一緒に来てもらいましょうか。感動のご対面と行きましょう」
「ふ……ふざけるなぁ!!」
 アレフの中で、怒りが爆発した。両手を青年に向かって差し出す。風の力を限界まで上げ、それを叩き付けたのだ。他人を攻撃するのに使ったのは初めてだが、威力は相当のものであるに違いない。
 風は真正面から青年を捕らえる。そしてそのまま吹き飛ばされて、壁に叩き付けられる……はずだった。
 だが、風は青年の前で、瞬時にして掻き消えた。
「な……」
「父親譲りの精霊の力も、私には効きませんよ」
 さもつまらなそうに、彼は一つため息を吐いた。
「くっ……」
 もう一度精霊の力を集めるため、意識を集中しようとした。が、そのとき、頬に、固く冷たい感触があった。横目で見ると、いかにも良く切れそうなナイフが、銀色の光を放っていた。
「おとなしくしろ」
「お、おまえは!!」
 青年にばかり集中していたので、いつのまにか後ろに人が近づいていることに気がつかなかった。声を聞いただけでわかる。ソルを連れていったハンターだった。
「久しぶりだな、小僧。おっと動かないでくれよ。このナイフは良く切れるんだ」
 ハンターはかすかに手を動かした。アレフの頬に、一筋の赤い線が走る。
「……くっそぉ……」
 アレフは歯ぎしりして青年を強く睨んだ。
「こんなやり方はあまりスマートではないですが、仕方ありませんね。あんまり乱暴なことをしてはいけませんよ」
「はっ」
 ナイフを当てたまま、ハンターはうなずいた。
「では、一緒に来てもらいましょうか。そろそろ第二幕といきましょう」


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