リレー小説光坂第二十二回

 賑やかな話し声。行き交う人々。そんな中での一番の噂話は、昨晩の不思議な光の正体についてだった。
「……なんかここまで来ると、出て行って本当のことを言いたくなってくるわね……」
「こんなものこんなもの」
 噂話のいい加減さに、レイネが呆れて言うと、それには慣れているフィーユがぱたぱたと手を振って答えた。
「だからこそ、ここで何を話していても平気なのよ」
 食堂も兼ねているこの宿屋は、昼でもそれなりの賑わいを見せていた。昨晩固まったままのソルを、復活しないともーいっかいキスする、の一言で復活させてからフィーユはこの宿屋に一行を引き連れてやってきたのだ。数ある宿屋の中からここを選んだのは、ただ単にフィーユの長年培ってきた勘らしい。
 疲れをたっぷり癒やしてから、一行は朝食兼昼食を取るために食堂へと降りたのだった。
「そう言えばさ、俺たちはこのまま村に……えっと、なんだっけ?」
「凱旋」
「そう、それ。凱旋するけど、レイネ達はどうするの?」
 アレフはふと思い出したかのように問う。凱旋、という言葉はどうやら昨日覚えたらしく、その言葉を言うときだけ多少得意げな声に聞こえたのは……ソルの気のせいではないだろう。
「うーん……どうしようか、姉さん?」
 レイネは思わずセレネを見る。森に帰れば、確かに住む場所はある。今までどおりに森と共に生きることも可能だ。
 だが、しかし。
「ハーフエルフと人間の共存のためにも、あなたたちの村に行こうかしら」
 セレネは迷うことなく答えた。
「それに、可愛い妹を可愛いボーイフレンドと離しておくのは忍びないわ」
 一言加えることも忘れない。
「誰がボーイフレンドよっ」
「子供扱いないでよおっ!」
 セレネの一言に、レイネとアレフが反論する。
「あら、本当。可愛いわ」
「アレフにも春が来て良かったね」
 子供たちの反論はどこ吹く風で、フィーユとソルが賛成をした。
「……大人って……」
 アレフとレイネは揃って溜め息をつく。そんなところがまた、他の三人を喜ばせたのだが。
「あ、そうだ。まだ訊きたいことあったんだ。……訊いても、いいかな?」
 アレフは多少訊きにくそうに言う。
「なあに?」
 レイネはちょこん、と首を傾げる。
「あの……レイネの、お兄さんのことなんだけど……。ずっと、気になっていたんだ。その……亡くなったって、聞いてから……」
「お兄さん?」
 レイネは一瞬だけ訝しそうな顔をしてから、何を訊かれているのかわかり、答えの代わりにセレネに言った。
「ねえ、あたしに兄さんなんかいたかしら?」
「……は?」
「少なくとも私が知っている限りではいないけれども」
「……え?」
「ということよ」
 レイネはあっさり言って、食事を再開する。そのまま、暫しの沈黙。
「レ、レイネ、嘘ついたの!?」
「ちょっとした小細工よ」
「小細工って……!」
「だって、アレフったらハンターがどうのとか言うんだもの。これは一緒に行こうかなあ、と思ってね」
「思ってね、じゃなくてねえ」
「いいじゃないの、過ぎたことは」
「良くない! 良くないと思うぞ俺は!!」
 アレフは力一杯反論してみるが、レイネは無視を決め込んだらしい。どうやって謝らせようか、と考えた瞬間、ぽん、と肩にソルの手が置かれた。
「諦めた方がいいと思うよ、アレフ。いつだって女性にはかなわないんだから」
 溜め息まじりの声に、アレフは言うべき言葉を失った。
「あら、それはどういう意味かしら。ソル?」
「なっ、何でもないですとも、ええ。勿論じゃないですか、嫌だなあフィーユさん」
 ソルは思わず条件反射でそう返事をしてしまう。
「……俺さ、ソルの未来が見えた気がした」
「尻に敷かれてるわよねえ」
「仲が良いのはいいことよ」
「……姉さん、それはちょっと違う気がするわ」
「あら、どうして?」
 アレフとレイネ、そしてセレネの会話に、思わずソルは溜め息をついてしまう。
「どうしたの、ソル?」
 それに気づいて、アレフが声をかけた。
「え……いや、楽しくなりそうだなあ、とね」
 ここで笑みが多少乾いているあたりが、自分もまだまだ修行が足りないな、と思いつつ、ソルはまた溜め息をつこうとして……さすがに踏みとどまった。
(本当に僕、一日に何度溜め息をつくんだろう……)


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