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(一体どうしちゃったんだよ……ソル)
アレフは一人で夜道をとぼとぼと歩きながら考えていた。
何が何だかさっぱりわからなかった。自分をさらった者たち、彼らは一体何者なのか。目的は何なのか。彼らはソルに何を言ったのか。そしてソルは、どうして自分を置いて、一人で行ってしまったのか。
(僕のこと、嫌いになっちゃったのかな?)
一瞬怖い考えが浮かんで、アレフはぶるぶると頭を振った。そんなことがあるはずはない。危険だとわかっていて、単身で助けに来てくれたではないか。
(じゃあなんで、一人で帰れなどと言ったのかな)
結局、その疑問にぶつかる。あれやこれやと考えてみても、どうにもいい答えは見つからない。あんな悪い奴等と一緒にどこに行ってしまったのか。すぐに帰ってきてくれるのだろうか。もしかしたら、もう戻って来ないのでは……?
「あら、アレフ。どうしたの、こんな夜中に一人で」
うつむきながらあれこれ考えにふけっていたので、アレフは、そう声をかけられるまで、自分が街に戻ってきていたことに気が付かなかった。
ぼんやりと顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。足りないものがあったので、買い出しに出ていたフィーユだった。
「ソルが心配してるよ。早く帰らないと」
「姉ちゃん……」
心配そうな顔に、アレフは思わず涙ぐみそうになった。慌てて目を袖でごしごしこすり、それを隠す。
「……あ、いや、何でもないよ。ちょっと遊んでたら遅くなっちゃって」
危うくソルのことを言いそうになって、アレフはなんとかごまかした。自分たちはハーフエルフなのだ、事情を説明するわけにはいかない。誘拐の原因は、あの男たちの言葉からすると、自分たちが危険な種族とされるハーフエルフだからであろう。他人に話すのはまずい。
「だめだよ。日が落ちたら、すぐ家に帰らないと」
「そ、そうだね。じゃあ、急いで帰るから……」
そうは言ったものの、アレフは絶望感に苛まれた。このことを他の人に相談できないとすれば、これから一体どうすればいいのだろうか。すぐにソルが帰ってきてくれればいいが、そうでなかったら、ずっと一人で生きていかなければならないのか。いや、その前に、ソルがいなくなったことをどうやって説明すればいいのか……
「……心配だから、家まで送ってってあげる」
よほどアレフが暗い顔をしていたのか、フィーユはそんなことを言い出した。
「あ、いや、いいよ。一人で帰れるから。家の中、散らかってるし」
「散らかってるって? ソルは家にいると思うけど?」
「あ、うん、もちろんだよ……えっと、その……」
アレフは言葉に窮した。あの部屋の有り様を見られたら、理由を聞かれるのは間違いない。こんなことなら大人しく捕まっておけばよかったと舌を噛む。相当暴れたため、かなり散らかっているはずだ。何しろ家にはソルはいないのだから、なんとかごまかして、一人で家に戻らねば……
「あ、何か隠し事してるでしょ」
フィーユは笑いながらしゃがみこみ、アレフと目線を合わせた。
「ま、まさか。姉ちゃんに隠すことなんて何も……」
「あはは。アレフってソルに似て正直ねえ。すぐに顔に出ちゃうんだから」
思わず目線をそらしてしまったアレフに、フィーユは微笑んだ。そしてアレフの小さな肩にゆっくりと両手を置いた。
「話したくなければしょうがないけど、もし何か悩み事があるんなら言ってごらん。わたしにできることがあれば何でもしてあげるから」
ゆっくりとしたその口調と、優しさをたたえた瞳に、アレフは自然と涙が零れた。でも今度は隠そうとはせず、そのままフィーユに抱きついた。小さな少年には、もう恐怖と不安に耐えるだけの気力は残っていなかった。
しばらく涙が止まらなかった。声はかみ殺しているものの、肩の震えはなかなか止まらない。フィーユは黙ってアレフの背中をさすってやっていた。
(あ、なんかいい匂い……これは……母さんの……)
フィーユの温もりを感じ、アレフの中にあった不安感が、徐々にではあるが薄らいできた。この人になら、話してもいいかもしれない、そんな風に思い、ゆっくりと顔を上げる。
「どう? 落ち着いた?」
「ん……ありがとう」
「じゃあ、何があったか教えてくれる?」
もう迷いは無かった。この人になら、何を話しても大丈夫な気がして、アレフはあらいざらい、さきほどの出来事を話した。まだ鳴咽が止まらず、つっかえながらの話だったが、フィーユは終わるままで黙って聞いていてくれた。
「……そう。それは大変だったわね。どこか怪我しなかった?」
聞き終わると、フィーユは心配そうに尋ねた。
「ね、姉ちゃん。驚かないの?」
「え、何が? そりゃ、誘拐があったなんて驚きだけど」
「そうじゃなくて、僕らのこと……」
「あ、それね。ソルにも言ったけど、前からわかってたことだから」
「じゃ、じゃあなんでハンターに……」
「あはは。ソルと同じこと聞いてる」
フィーユは膝についた埃をはらい、立ち上がった。
「君たち兄弟がどんな種族だろうと関係無いわ。ソルはソル、アレフはアレフだから」
「姉ちゃん……」
「ともかく、送ってくから、一度戻ってみましょ。もしかしたら、ソルが帰ってきてるのかもしれないし」
またもや涙が出そうになって、アレフはごしごしと顔をこすった。ただし、今度の涙は嬉し涙だった。フィーユの心使いが、ただ単純に嬉しかった。
フィーユに手をひかれ、アレフは家に戻っていった。
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