願い
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 「離さないで」と願った手は、こんなにも儚く離れてゆく、
 「壊さないで」と願った思いは、こんなにも簡単に壊れてゆく。
 信じられる永遠なんてあるんだろうか。
 瞳を閉じれば ほら、こんなにも暗い闇の中


うずくまったまま仮眠をとっていたリオンが目覚めたのは、廃工場の小さな部屋の片隅だった。
天上の蛍光灯が、ぼんやりと辺りを照らす。
ここは嫌だ。暗くてじめじめする。
いつの間に眠っていたのだろう? ヒューゴは…
…マリアンは、無事だろうか。
飛行竜でここへ来てから1度も会っていない彼女の身を、リオンは心配していた。
『…坊ちゃん?起きたの?』
気配を察したシャルティエが話しかけた。しかしリオンに返事はない。
「……マリアン、どうしてるかな。」
少し間を置いてリオンがぽつりと言った。
『彼女なら大丈夫、ヒューゴが人質であるマリアンさんをどうにかしたりしないよ。‥それより、
坊ちゃん、疲れてるんじゃない?もう少し眠っても大丈夫だよ…』
シャルティエには、どちらかというとマリアンよりもリオンの方が心配だった。
「ダメだ」
リオンはいやいやをしながら、立てた膝の上に顔を埋めた。
「もし……マリアンに何かあったら…、…僕は……」
弱音を言うリオンの声は、幼い子供のように怯えている。それはいつもの「リオン」ではなかった。
怖い夢でも見ていたのだろうか、とシャルティエは思った。
『坊ちゃん…』
「怖いんだ…。手を離されると、不安でたまらない…!僕は…僕でなくなってしまう…。
 …怖いんだよ…」
『大丈夫…僕が側にいます。どこまででも…』
シャルティエにはそれしか言えなかった。

もし本当になにもかも失ってしまったとき、リオンはどうなるのだろう。
そんな不安に駆られたとき、シャルティエはこれから起こり得るある出来事を想像した。
やがて、膝を抱えて押し黙っていたリオンが、遠くを見つめたまま呟いた。

「シャル…来るだろうか、あいつら。」
『!え…あ……スタン達の、事ですか。』
突然投げかけられた問いに、シャルティエは一瞬言葉を失った。
…シャルティエも今まさにその事を考えていた。

リオンが何故ここまでマリアンを失うことに怯えているのか。
それは…マリアンを“守る”ことは、同時にスタンやルーティ達を“失う”ことになるから。
絶対の絆で結ばれた彼らを、その手で消さなければならないのだから。
もし、マリアンになにかあれば・・・自分は全てを失ってしまう
「…僕はマリアンのために生きて、死ねればいい。邪魔者は殺す。」
『‥坊ちゃん。でも、それじゃあ‥』
シャルティエはそれ以上言えずに、言葉を止めてしまう。
「馬鹿な奴らだ…裏切られるとも知らずに、友達だの仲間だのと…一緒にいられるはず、ないのにな…」
シャルティエには、リオンが自嘲しているように聞こえた。
『……』
「……馬鹿だな……こうなることは分かってたはずなのに…何で今更こんな……」
分かっていた、はずなのに。その言葉が酷く胸に突き刺さる。

『あいつらきっと何とかしてくれるよ。きっと助けてくれるよ。だから、坊ちゃん‥』
リオンは微かに笑ってシャルティエを見下ろした。
「ありがとうシャル。でも終幕は、自分の手で終わらせるつもりだ。」
だから、と静かに瞳を閉じる。
『分かっています。分かっていますけど…僕は…』
「――僕には、この運命は変えられない。」
変えたくはない、と言ってリオンは灰色の天井を仰いだ。
あいつは泣くだろうか?
あいつは怒るだろうか?
もう仲間なんかじゃないと、言ってくれるだろうか。
その方が、どんなに楽か。
廻りだした1つの歯車はあまりに残酷で、僕には止めるすべなどもう見つからないのだから…


 離した手はもうとどかない
 壊れた想いはもうなおらない
 永遠なんていらないから
 サヨナラと言って
 それでいい