土着神〜ミシャグジ神〜石神

諏訪の地には、諏訪神と戦って敗北したとされる神がいる
土着の神、「ミシャグジ神」である
諏訪神・建御名方神が諏訪に入る以前からの、神である
ミシャグジ神は洩矢神を始祖とするといわれ、守矢一族の神と言われる

その守矢一族とは、戦いには負けたとされるが、諏訪大神を体現する「大祝」という生き神と、
諏訪神の祭祀の実権を握っていた守矢一族との関わりが「諏訪信仰」を支えてきた

建御名方神(諏訪神)は、土着勢力を抹殺せず、筆頭神官に据え諏訪の祭祀や政治の実権をゆだねた
殺しあうより融合し、協力して新しい体制を作っていった
洩矢神は、諏訪国を譲る事で逆に、諏訪における確固たる地位を得た

諏訪神は何故、洩矢神を抹殺せず重要したのか、
それは洩矢神が「縄文の自然神」である、ミシャグジ神を束ねていた神だったからと考えられる

この土着神・ミシャグジ神には、多くの名がある
ミシャグチ・ミサグチ・サングージン・シャクジン・オサモジン
漢字では、御作神・御左口神・御社宮神・御社宮司・御射軍神・佐久神・
石神・尺神・赤口・裂口・赤地・等さまざまである

古い村には必ず祭られている、ミシャグジ神
村の小高い所に木々が茂り、小さな森を作っている、其処に一間四方ほどの社殿がある
村人たちによって守られ、美しい景観を保っている
石棒を御神体とするのが多いといわれる
「ミシャグジ」の語源は「シャクジン」すなわち、「石神」であると考えられる
その神は「石神」(シャクジン)として、石に降臨する神であった



諏訪には、「七石・七木」という石や樹木に対する自然信仰がある
「七石」とは、御座石・御沓石・硯石・蛙石・小袋石・児玉石・亀石で、今も聖岩として崇敬されている
「七木」とは、桜タタエ・檀タタエ・峯タタエ・榎タタエ・松ノ木タタエ・栃ノタタエ・柳タタエ・という
七ヶ所の「タタエ」と呼ばれる聖地に生える聖木のことである
(但し、峯タタエだけは樹木ではない)
ミシャグジ神は、樹木にも降臨する神とされる

諏訪の農耕開始の祭りで大祝の分身として神領を巡回した神使(おこう)たちは、まず
祭りに先立ち、自らの御頭郷のミシャグジ社の前に作られた仮屋に30日間の物忌みをした後、
「七木」と言われた「タタエ」を巡り、豊作を祈願したという

諏訪大神の現人神・大祝の分身たる神使は、ミシャグジ神の分身であり、
聖なる樹木に降臨するミシャグジ神を背負っての巡回であったことになる
神使たちは聖樹の茂るタタエに立ち、大祝より授かった「サナギの鈴」という銅鐸を振って
その地方の豊作を祈願したのである

以上「神戸女子大学助教授の鈴鹿千代乃氏」が、
中外日報の「よみがえる諏訪信仰」に記されたものを、ここに掲載させて頂きました

わたしにとって、ミシャグジ神はやはり深く繋がる存在と確信します
何故なら、「石神」であり「七石・七木」というのは、
与えられたメディスンホイールとおおいに繋がっています

最初にメディスンホイールが現れた時、すぐに「自然の石を使え」とメッセージが来ました
前にも書きましたが、メディスンホイールが現れたのが、今住む場所「石神井」一帯であり、
メディスンホイールは、「自然信仰」を基とします

そして、ミシャグジ神の社の前では「よく来たな、待っていたぞ」と言う言葉
不思議です・・・・
私がこの地に住まなくてはならなくなったのは、すべて導かれていたのでしょう
まわりまわりながら、目的地に辿り着いたのでしょう
そして、やっと諏訪の地に入れ、最初にミシャグジ神に導いて頂き、
だんだん解明されて来た今、まだまだ何をすれば良いのか模索の中ですが・・・・
焦らず、ただただお導きに委ねて行こうと思います
(2003年4月15日・御頭祭にて)



御頭祭から半年以上が過ぎたいま、一冊の本を頂いた
それは、「精霊の王」という本
今年最後の「諏訪入り」をする事になった2〜3日前の事
いつもわたしを導いてくれる若い女性が見つけて、届けてくれた

それは〜石神(ミシャグジ神・宿神)について書かれてあった
「宿神」というのは、西のほうで大切にされていた「芸能の神」だった
ミシャグジ神と宿神は同一の「自然の神」だった
西と東ではその呼び方が違った



そのむかし〜「鞠聖」と呼ばれて尊ばれた人物「侍従成通卿」(藤原成通)がいた
蹴鞠の庭に立つこと七千日を超え、その内二千日は一日も欠けることなく
連日、鞠を蹴り続けたという

千日の間、休むことなく蹴鞠を続けた「千日行」満願の日に
盛大に蹴鞠の祭式を催した
その夜、ようやくくつろぎを取りもどした成通が、
灯火を近づけて文机に向かって日記をつけようと、墨を摺っていた矢先の事

棚に置いてあった「鞠」が、ころころと転び落ちて成通の前でふっと止まった
ゾクッとするものを感じた成通は鞠に目を凝らした
するとそこには、いずれも顔は人間であるが、手足と身体は猿という、
三〜四歳ばかりの童子が三人、鞠の括り目のところを抱いて立っているではないか
あまりのことに驚いた成通は、声を荒げてこの童子たちに「お前たちは何者だ」と、問うた

するとその童子たちは、「私たちは鞠の精です」と答えるのであった
鞠の精たちは、成通を見つめながら、こう話しかけてきた
「昔からあなたほど鞠を好んだ人は見たことがありません」
「ましてこのたびは、念願の千日の蹴鞠も果たされ、
わたしたちもさまざまなお供え物がありました
まことに喜ばしく存じます
あなたさまのこと、また鞠のことをいろいろ語りたいと思い、
こうして出て来た次第でございます」

成通は其処で各人の名前を問うた
三人は「これを御覧なさい」と言って、眉にかかった髪をかき上げて見せた
すると一人の額には「春楊花」とあり、もう一人には「夏安林」
さらにもう一人の額には「秋園」という字が、いずれも金色で描かれていた
これを見た卿はますます不思議な事もあったものだと驚きながらも、
落ち着いた風情を装って、彼らにこう尋ねた

「鞠は人が蹴鞠をするときは生きてあると言うこともできるが、
人がそれをやめてしまえば、もうそれは生きてあるとは言えないだろう
お前たちはそうなった時には、何処に住んでおるのかね」

鞠聖の一人が楽しそうに答える
「蹴鞠が行われている時には、もちろん鞠に憑いています
でも人が蹴鞠をやめてしまえば、ぼくたちは柳の木の生い茂る、
気持の良い林中の木に戻って住むことにしているのですよ
人々が蹴鞠を愛好している時代には、国も栄え、良い人が政治を司り、
幸運がもたらされ、寿命も長く、また病気もしないと言われております
また、蹴鞠は後世にもよい影響を与えると申されます」

「蹴鞠が後世によい影響をもたらすとは、そのとおりであろう
しかしどうして死後のことにまで影響を与える事ができるのかね」と、成通卿

すると別の鞠の精がまじめな顔をして応える
「そのようにお考えになるのももっともです
人の心はたえず思い乱れ、一日のうちに心に浮かぶ思いのほとんどが
罪の種子となっています、しかし鞠を好む人は、いったん庭に立ちますと
それから後はただ鞠の事のほかには何も余計なことを思わなくなります
そうなれば自然と心の罪はなくなっていき、
輪廻転生にも良い影響をもたらす縁が生れることとなるのです
蹴鞠をすれば功徳を積む事になるのですから、
ますますこの道にお励みなされまうよう」

「蹴鞠をなされる時には、わたしたちの名前を呼んで下さい
そうすれば、木を伝ってすぐに参上します
必ずご奉仕申し上げましょう
ただしまわりに懸木(かかりぎ)のない場所で行われる庭鞠は、ご遠慮のほどを
木から離れてしまいますと、わたしたちはご奉仕することができません
さて、これから後はご自分にはこうゆうものが見守っているのだと
いつも私たちの事を心に懸けていて下さい
そうすれば私たちはたえずあなたを守護し、
ますます蹴鞠の道に上達する事を約束いたしましょう」

こういい果てるやいなや、鞠の精たちの姿はかき消すようにいなくなった



成通はこの夜の体験に深い衝撃を受け、
特別に場所を定めて「まりの明神」の社を建てて、お祀りするようになった

鞠の精たちは、自分たちはふだん柳の木の繁殖する
気持のよい林を住処としている、と述べている
鞠の精は、ふだんは樹木の精なのだ

そして人が蹴鞠をはじめた気配を感じとるや、
樹木を出てするすると猿のように、鞠の中に入り込むのである
すると、鞠を蹴る人の体内にははずむようなリズム感がそなわって
身ごなしも軽快になり、空中に浮かんだ鞠を自由自在に扱う事が出来るようになる

と、「精霊の王」という本に書かれている
タタエの木の下に石神が祀られ、タタエの木の枝を伝って石神に降臨する

諏訪の神事においても、「七つの木のたたえ・七つの石のたたえ」とあった
樹木も石も、人類の何倍も、いや何倍どころか生き続けている
今・・・・人類はその多くの樹木も石も破壊している
そこに宿る精霊が、もう降りてくる事が難しい状態に私たちがしてしまった
それでも精霊は、あの手この手を使って知らせてくれている

わたしには、「精霊たちの声」がそこ此処から聞こえて来る
どうすればその「声」が人類に届くのだろうか・・・・


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