長野件野沢菜群馬刺町のボンタン飴山の山頂に、日本駄洒落博物館
(正式名称日本駄洒落言語資料博物館)はあります。
構内に入ると、大きな和田勉の銅像があります。
もう帰りたいです。
1Fは、駄洒落を体感できるコーナーになっています。
「ふとんがふっとんだ。」
「おしゃかさまがぶった。」(ぶつぞう。どうぞう、か。)
殴るまで、どこまでも追いかけてきます。
2Fには、日本古来からの書籍などに現れる駄洒落などの資料がたくさんあり(コピー)、日本人はこれだけ駄洒落を生み出してきたのかと、少々げんなりします。さらに、「日本来夢来人協会」というコーナーがあり、日本国中の来夢来人という名前の喫茶店等の写真が飾ってある。さらにげんなりである。
フロアの真ん中には日本最初の駄洒落の達人といわれ、唐の玄宗皇帝にも愛された学問僧、弁正の像が立っています。しかし、別に絵や木像が残っているわけではないので、完全な空想の産物である。
館長の喜多嶋舞造さんにお話をうかがいました。
ロンドンブーツ1号のような人である。
喜多嶋館長「ようこそおいでくださいましたビラメのムニエル。」
うわ。どうしてこのような博物館ができたのですか。
喜多嶋館長「駄洒落というのは、古来日本の和歌、短歌、に掛詞として使われ、日本の文化を支えてきたものです。しかし、最近では不当に低レベルのものとして見られていますたーきーとん。それを何とか改善しようではないか、というのが私達の思いです。重いです。」
壷を持たないでください。しかし、どうして資料がコピーだけなのですか。
喜多嶋館長「駄洒落というのは、本来の言葉をコピーし、変化させる事により、大きな成果をもたらすものだからです。資料がコピーか、オリジナルかというのは些末な問題に過ぎませんまさお。」
そうかなあ。今後の駄洒落についてどう思いますか。
喜多嶋館長「幸いにして、AERAのキャッチコピーなどの広告、コマーシャルの世界では、現在も駄洒落が多く使われていますし、和田勉、田代まさし、木村太郎、日本テレビのアナウンサーといった文化人も駄洒落を広める事に大いに力を貸していますぞえよういち。」
デイブ・スペクターもですね。
喜多嶋館長「デイブ・スペクタアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアーッ!!」
わあっ。
喜多嶋館長「奴は、奴は、アメリカのスパイだ、フリーメーソンだ、日本の美しい伝統を事毎に破壊しようとしているのだ、世界征服をねらう悪魔だ、悪魔だだだだだだ。」
き、喜多嶋さん。おちついて。
喜多嶋館長「お前もか、お前もスパイか、そうか、いつも味噌汁の底から俺を監視してやがるのは、お前かああアアああああああアア!!」
次は、もう少し人間らしい話し合いのできるところに行ってきます。