これは、長野県の会社員の人から聞いた、本当にあった話です。
その人は、ドライが大好きで、ビールはもちろんドライ、ソーセージはドライ、クリーニングはドライ、エアコンはもちろんドライ、男女の関係もドライでした。
「…思えば、そうして乾いた関係にあった誰かに、知らず知らずに恨みを買っていたのかもしれませんね。」
今は会社も辞め、療養生活を送る彼は力なく笑ってそう言いました。
ある、蒸し暑い夜のことでした。
彼は、エアコンのドライをフル回転させ、この不快な夜を乗り切ろうとしていました。
夕食を食べ、ドライソーセージをつまみに大好きなドライビールをのみ、そのまま布団にもぐりこみました。
深夜、彼は激しいのどの渇きを覚えて目覚めました。
ドライが効きすぎたかな、そう思った彼は水を飲もうとベッドから起き上がりました。
ビールが、少し残っていたようです。
足元がふらついた彼は思わず倒れそうになりました。
あわてて倒れないように手元にあるものをつかみました。
ガラガラガシャーン!
「うぐわあああああ!」
突然、彼の体にとても熱いものがおおいかぶさってきました。
必死に払いのけようとしても、へばりついて離れません。
彼は起き上がることもできず、床にはいつくばってその熱い何かともみ合うだけです。
このまま、この熱いものの中でおれは死ぬのか、彼はそう思いました。
…どれくらいの時間が流れたでしょう。
ふと、気づくと、熱いものの温度が少し下がっているような気がしました。
チャンスだ、こいつから逃げ出すチャンスだ。そう思った彼は、思いきってその熱いものにかみつきました!
「うまい!」
新潟産コシヒカリ、そう、それは彼が夕食のときに炊いたごはんだったのです。
彼が倒れるときにつかんだそれは炊飯器だったのです。
明日の晩にはチャーハンを作るつもりだったのです。
なんだ、安心した彼はごはんまみれのまま眠ってしまいました。
ドライのエアコンは思い切りまわっています。
「ぐっ!」
眠りを起こしたのは全身の激しい痛みでした。
目をあけようとしても目が開きません。
思わず両手で顔をおおいました。
カサササッ。乾いた音がしました。
次の瞬間、彼はすべてを理解しました。
全身にへばりついたごはん粒がドライによってかぴかぴになり、全身をおおっているのだ、と!
狼狽した彼は、そのまま表に飛び出しました。
強い日差しの中で、彼の耳にこんな言葉が刺さりました。
「キャーっ!ウロコ人間、ウロコ人間よーっ!」
その言葉を聞いた彼は、ゆっくりと意識を失いました…。
「ドライというのは、人間の生命の根源である水を不自然に遠ざける…神への反逆だったのかもしれませんね。」
今はすっかり怪人緑ウロコ人間と化した彼は、井の頭自然文化園の奥へゆっくりと消えていきました。
いまでも、ごはん粒を放置しておくと、かぴかぴに乾くといいます…。