
3.ミシン
| うちに今ミシンがある。 わけあって預かったものだが、大変に邪魔になる。 まずミシンというのは機械である。しかもこれが古くて大きい。 ちょっと動かすにも一苦労である。 夜中にふと部屋の模様替えをしたくなったときなどは 大変な重労働である。 女工哀史。 そんな言葉が聞こえてくる。 産業革命の折のイギリスの労働者のように機械を打ち壊したくなる のはこんな時だ。 しかし預かったものなのでそう無茶もできない。代わりの機械を 壊そうと思うが、そうしてみると家の中に「機会」などがないことに 気づいた。 テレビもビデオもパソコンも、電子精密機械ではあるが「機械」ではない。 歯車がかみあい、機械油のにおいが飛び散るのが「機械」である。 そういういわゆる「機械」が家庭から消え去って久しい。 昔はどの家庭でもむやみにタービンが回り、巨大な歯車がかみ合っては 火花を飛ばしていたものだ。それが今はない。IT革命というやつか。 仕方がないので壊せる機械を探すべく旋盤マニアの村越くんの家に 行ってみることにした。 何か機械を壊したいという私の希望に村越くんは快く応じてくれた。 とりあえず74年製のマルイ49式A型旋盤を壊すことになった。 手になじんだ大槌の感触を確かめる。真ん中に振り下ろすと ガインと衝撃が手に伝わる。くりかえし槌をふるう。 飛び散る金属片。金属臭。 汗が落ちる。労働の汗。 30分もすると機械は元は何だったかわからなくなった。 村越くんに礼を言って外に出る。 朝日がまぶしい。 労働の充足感、それは機械との格闘によって えられるものだったのではないか。 そう思って駅にむかう。手にした大槌が軽く感じられた。 |