智恵子(小)

はじめに

この物語はある作家(家族の強い要望により匿名)の智恵子(小)との深い愛憎の様子を作家本人が記した日記である。作家自身は発表の場を求めていたが、家族の強い反対により、商業誌での発表は見送られた。この原稿は、作家の匿名、また作家を特定できるような個所の非公開を条件として、当SAKANAFISHが公開するものである。


6月7日

10時ごろ起床。煙草を買いに出かける。帰ってみるとTVが嫁を産んでいた。大きさは10センチメートルくらいか。どことなく、私の他界した妹の智恵子に似ている。そこで智恵子(小)と名づける。

6月8日

智恵子(小)に起こされる。ベッドの足一本を切り落とされた。どうやってのこぎりを使ったのか。考えていると駅前のホームセンターに連れて行かれる。腹が立つ。夕食蚕豆の天婦羅。

6月9日

A社より坂巻氏来訪。智恵子(小)にはカステラを持ってくる。私には生八つ橋だという。追い返す。生八つ橋など、日常生活で食べるものではない。そう考えていると智恵子(小)が八つ橋をベッドにならべる。傾いているので滑り落ちる。無性に腹が立つが、智恵子のことを考えて我慢する。B社40ページ脱稿。

6月10日

智恵子(小)がしゃべる。よりによって「バンコマイシン耐性ブドウ球菌」などと繰り返す。気分が悪い。智恵子(小)にはほとほと困り果てているが、如何ともし難い。早めに就寝。

7月12日

目が覚めるとどうも暑い。カレンダーを見ると7月12日となっている。智恵子(小)の仕業かとも思ったがTVをつけると7月12日だという。どうやら一月も眠ったらしい。いささか釈然としないが、抱月で盛り蕎麦と日本酒。間に締め切りがなかったのは幸い。

7月8日

目が覚めると枕元で智恵子(小)が7月8日の日付のカレンダーを持っている。「マスコミの言うことを盲目的に信じるから悪いのよ。」などという。 「マスコミに踊らされるダンス」を踊りつづける。頭がひどく痛い。橘医師の言うことには「寝過ぎ」だという。藪医者め。

7月9日

ノストラダムスについて、とA社の坂巻氏が来訪。今度は釣鐘饅頭。これは、小豆島の土産物だという。智恵子(小)には紅葉饅頭。両方とも同じ味だ。またかと、嘆息。それに、今からでは掲載されるのは9月になるだろうにノストラダムスとはふざけている。腹が立つので適当なことをしゃべって追い返す。木戸幸一日記、読む。

7月10日

智恵子(小)が「今日は納豆の日」などとうるさい。ただの語呂合わせにいちいち思い入れを持つなど、馬鹿馬鹿しい。無視していると納豆をぶつけてきた。ひどくねばねばする。そのまま抱月。女将にひどく嫌がられる。胡麻豆腐。

7月11日

智恵子(小)の姿が見えない。安心して執筆。「ボーリングの玉をポテトチップで作れば、レーンは粉まみれ。」声だけがする。天が落ちてくるような不安。杞憂に済む。

7月12日

今日こそ12日。抱月の女将に脱臭剤を贈られる。洒落のきつい女だ。智恵子(小)が食べたそうにしているので一つやった。B社書き下ろし、少し予定よりかかりそう。桑原君に電話で了解をもらう。

7月13日から7月20日

(家族の希望により削除)

7月21日

「インターネットと文学」についてインタビューを受ける。どうだろう。久しぶりに自分で料理を作る。上げだし豆腐はうまくいったが素麺が少し茹ですぎたようだ。智恵子(小)がすごい勢いで回る。微笑ましい。

7月22日

智恵子(小)の育てていたバオバブの木かがすっかり大きくなった。「大きくなったな。」と言うと、「この部屋には空がない。」という。しばらく黙る。

7月23日

映画を見る。「ポケットモンスタールギア爆誕」だという。爆誕とは何か。どう「爆」なのか。自分の時は何誕だったのか。智恵子(小)はどうか。考えていたら終わる。帰りに抱月で鰹。

7月24日

智恵子(小)が大きくなった。2メートル5センチにもなる。しかも大きくなったら智恵子には少しも似ていない。騙された。

7月25日

智恵子(小)がまた小さい。訳を聞くと「何様のつもり。」といわれつづける。

 

 


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