続々々々々々・智恵子(小)
はじめに
この物語はある作家(家族の強い要望により匿名)の智恵子(小)との深い愛憎の様子を作家本人が記した日記である。
作家自身は発表の場を求めていたが、家族の強い反対により、商業誌での発表は見送られた。そのため一昨年に作家の匿名、また作家を特定できるような個所の非公開を条件としてその一部をSAKANAFISHにて公表した。
今回は、作家自身の強い要望により、前回の続きの公開をするものである。
なお、前回、前々回、前々々回、前々々々回、前々々々々回掲載分をご覧になりたい方はこちらへ。
12月25日
基督降誕祭。炬燵の具合が悪い。この年になると寒さが身にこたえると言うのに。炬燵を買いに行こうかとも思うが、完全に壊れたわけではないと思い、
電気屋を呼ぶ。最近では物が壊れたらすぐ買うという風潮がある。それが窮極の所行詰って昨今の不況がある。人には人の分と言うものがあるものだ。
電気屋を呼ぶと一週間預かりになると言う。さすがに一週間は待てない。とにかく修理が早いという電気屋を紹介される。智恵子(小)よ、いくらオレンジ色になったところで蜜柑には見えぬものだ。
12月26日
修理が早いという電気屋来訪。修理は早いと言うが、早いだけでなくその腕は確かであるという。確かな仕事をするためには確かな見極めが必要であるという。至極尤もである。尤もであるがそれにしては見すぎであろう。朝から晩まで見ている。いくら言っても帰ろうとしない。放っておいて寝ることにする。終日体を洗う智恵子(小)。
12月27日
冬にしては珍しい、抜けるような快晴。電気屋はまだ見ている。家に居た所で気詰まりで仕方ないので出かけることにする。「島田」蕎麦で一杯。羽生田玄氏に逢う。文壇の近況など話す。帰り際、「望閣堂」の豆大福を頂く。「年を取ると甘いものも食いたくなる」と言われるがまだ実感は無い。帰ってみるとまだ見ている。豆大福をひとつやるとニッパーにからめて食う。これが電気屋の流儀か。夕刻、「抱月」。女将、新作雑煮があるので楽しみにしておけと言う。年寄りに餅など喰わせてどうしようと言うのか。鴨の治部煮が旨い。夜半帰宅。まだ見て居る。
12月28日
年末で忙しいであろうにまだ見ている。年末に読もうとH・シュトレーゼマンの「牙城杯」を買っておいたが見当たらず。智恵子(小)に聞くと電気屋が見ていたと言う。何を見ているのだ。問い詰めると故障の原因を探るには持ち主の性格から洗わねばならないと言う。至極道理。
12月29日
「シュトレーゼマンの「牙城杯」は、ドイツ自然文学におけるシュトレーゼマン自身の位置を確立した作品と言われているが、シュトレーゼマン自身にはむしろそのような意識は無く、浪漫文学への回帰を狙ったものなのではないか、とも推察できる――」。そんなことはいいから早く炬燵を直せ。
12月30日
今年もあと一日で終わりである。年を取ると一年が過ぎる、ということに対しての感慨はひとしお深くなる。また一年生き延びたか。七輪で鮭をあぶる。油がはぜて実に旨そうであるが、年とともに受け付けなくなるのだろう。それまでにこの味を何度味わえるか。智恵子(小)が電気屋のために目薬を作ると言う。居間のテレビをすりつぶす。この時期にテレビまで無くしてどうしようと言うのだ。
12月31日
大晦日。ただ年越しに蕎麦と言うのも芸が無い。楽畑君が鴨を送ってくれたので鴨南蛮鍋にして食う。大量の葱と鴨の肉と蕎麦をひたすら食う。気がつくと年明け。その瞬間真っ暗になる。智恵子(小)がブレーカーとの決闘に勝利したようだ。この上電気まで無くしてどうしようと言うのだ。
1月1日
元日。暗い。すでに朝のはずだが夜のように暗い。電気もつけられないので生活をするにも一苦労だ。餅を焼こうとガスコンロに向かうがなんだかぶよぶよしたものが廊下をふさいでいる。智恵子(小)がガスをすべて吸いとってしまったらしい。ガスまで無くしてしまったのか。終日、日本の先行きを暗示するかのように暗い。
1月2日
今日も暗い。いったい何事が起こったのかと思うが、テレビが無く、さっぱり状況がつかめず。ラジオをつけようと思うがラジオもやたらと混信する。ロシア語ばかり聞こえてくる。固い餅を齧って寝る。
1月3日
いいかげん冷たいものばかりで腹が立ったので家の外に出て何か食いに行くことにする。しかし行っても行っても暗い。あきらめて帰ることにするが家も見えない。仕方が無いのでひたすら歩く。智恵子(小)がしきりに道端の草を勧めるが無視。
1月4日
行っても行っても暗闇。
1月5日
行っても行っても暗闇だが、いつ頃か急にまわりの空気が重くなる。妙に生温かく、息苦しい。やはり老いは忍び寄っているのか。草がたいへん旨い。
1月6日
分け入っても分け入っても暗い闇。
1月7日
ようやく闇のむこうに光が見える。今年初めての光。急に明かりの下に出ると体に悪いので薄明るいところでしばらく過ごす。草のミミズ巻。
1月8日
ようやく闇から脱出。振り返ると巨大な炬燵布団が。なにやら自衛隊が大量に集まっている。この平和日本で何たることか。「抱月」で女将の特製雑煮。馬鹿に柔らかく喉に流れ込む。旨いと言ったのになぜそんなに残念そうな顔をするか。帰るのも億劫なのでホテル泊。
1月9日
ホテルの朝食は馬鹿高くて不味い。布団をかいくぐって帰宅。後ろから自衛隊の投光車がついてくるので明るくてよい。帰宅すると電気屋がまだ見ている。自衛隊の諸君とすき焼。さすがに若者はよく食う。日本の国防を担う若者達として逞しく育って欲しいものだ。智恵子(小)がデザートのバナナを振舞う。皮を集めて投光車の前に置くが、転倒せず。さすがは自衛隊。
1月10日
電気屋が、なにやらばっと動いたかと思うと炬燵を直す。直ったのはいいがひどく暑いので炬燵を使うことも無いだろう。夏炉冬扇とはこのことか。
1月11日
外に出ると馬鹿に赤い。日本の赤化がここまで進行しているとは。ソ連崩壊からもう何年もたったというのに。立ち上がれ!自衛隊!