今回の話も我が寮『K寮』での出来事である。

なお、これらは全て私が実際に体験した事である。
記憶を頼りに書いているので、実際の行動・時間などとは多少のズレが有るかもしれないが内容は事実である。
また、この文章を読んだことにより貴方の身辺に何かが起こっても、当方は一切責任を持たないことをあらかじめ御了承頂きたい。
怪談は、書く側は勿論だが、読む側にも覚悟がいるものなのだ、ということを知っておいて欲しい。



『〜トイレ〜』

この寮のトイレは"何かおかしい""見た"という話があるのを先輩から聞いたことがある。
だが、この話はそれを聞く以前に私が体験した事である。

この寮にきて一年目の頃だったと記憶している。
ある日の夕方、私は小用を足すためにトイレに行った。
ここのトイレは入ってすぐ右側に掃除用具入れがあり、その隣に小便器、その隣…つまり入って正面に個室があるという間取りである。
小便器のスペースと個室の間の壁には明り取り用の小さな窓(中に電球がある)がある。
間取りに関していえば、奇妙な感じのする個所があるのだが、それは後で述べる。
…さて、私が用を足しトイレから出ようとしたときに"ソレ"を見た。
その時は左回り(回れ左の状態)で向きを変えた。
つまり小便器と個室の間の壁の方を向いて向きを変えた。
前述したように壁には明り取り用の小窓があり、そこには電球がある。
そこに『老人』がいた。
正しくいえば、老人の顔、握り拳大の老人の顔があった。
薄ら笑いにも似たような表情でこちらを見下ろしていた。
勿論、その時、個室には誰もいない。
いたとしても、握り拳大の顔の人間が存在するとは考えられない。
ゾッとした。
何よりも、大きさにゾッとした。
通常そうであるはずの大きさでは無い物を見た、という事に恐怖した。
あまりにも大きいとかあまりにも小さいのであったならまず驚きがあるが、中途半端な…それでいて理解不能な大きさには驚きよりも恐怖が優先するらしい。

とにかく、私はすぐにトイレから出た。
…現実的に考えれば、目の錯覚であろう。
電球に自分の顔が映り、ソレを見て驚いたのだろう。
普通に考えればそうである。
だが、"ソレ"を見たとき、私はショックのあまり一瞬硬直した。
そしてハッキリ見た。
目が合った。
あれは錯覚では無い。
その表情、顔の作り、皺の一本まで見て取れた。
電球に映った自分の顔…では無い。
球面に反射しているから自分では無いように見えるだけ…では無い。
それがもし、電球に映った自分の顔であったなら、その顔には"眼鏡"があるはずだから。
…私は眼鏡着用者である。
表情、作り、皺の一本まで見えたのに、その顔には眼鏡の影も形も無かった。

それから何日かはトイレに行くのが恐ろしくてたまらなかった。
"ソレ"に敵意・害意があったとは思えないが嫌だった。


その後、ある先輩から「この寮にまつわる怪談」を聞く機会があった。
色々な話を聞いたが、その中に「この寮のトイレはヤバイ」という話題があった。
霊感の強い人は、ここのトイレを使うのを嫌がるらしい。
用を足すのに、わざわざ学校のトイレまで行く人もいるらしい。(学校と寮は近いので)
霊感の無い人でも、入ってみて「奇妙だな」と思う事があるらしい。

ここでトイレの間取りについて補足を入れておく。
間取りに関しては先に述べたが、奇妙な点というのを説明しておこう。
入って左側は壁である。
なので、左・壁、右・掃除用具入れと小便器、正面・個室という間取りなのだが、何故か入って左前に奇妙な隙間が見える。
つまり、左側の壁と正面の個室との間におかしなスペースがあるのだ。
ちょうど人間一人が入れるほどの隙間が…。

先輩の話では、トイレで見た…と言う人は多いとの事だった。
その隙間や、備え付けの手洗い用の蛇口の前に"老人"が立っているのを…。
その"老人"が、私の見た"顔"と同じかどうかは解らない。
ただ、先輩の話の中に気になるものがあった。
トイレで"老人"を見た話はいくつかあるらしく、その中に、"小さい老人"を見たというものがあったのだ…。


後から聞いた話だが、この寮のトイレ、今でこそトイレだが、かつてはその場所には井戸があったそうだ。
私がかつて聞いた話によれば、家相では井戸をトイレにするのは凶だったと記憶している。
井戸、すなわち水であり、その家に生きる者の命の源である。
その命の源…神聖な場所であるべき場所を、最も不浄な場所に変えるという事は何を意味するものなのか。
また、霊というものは水のある場所に集まるという話を聞いた事がある。
井戸を潰してトイレに変える…このことがどういうことなのか…。
この寮で起こる様々な"事"の一因がここにあるとするならば…。

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