シナリオ分岐、二種、ある親子の日常 ver1.02

               作  御那羽 忍











目が覚めると部屋は血の匂いで充満していた。
部屋の隅には赤黒い肉の塊が転がっていた。
もはやソレは原型をとどめてはいなかったが、ソレは人間であった。

父だ。

昨日の夜

殺した

この手で


鉄サビのような血の匂いさえなければ実にすがすがしい朝だ。
部屋の肉塊には気にもかけず毎朝のように学校に行く支度をする。
買い置きの食パンを焼かずにそのまま牛乳と一緒に流し込む。
8:12分、家を出る。
部屋の『父親だったモノ』は、学校から帰れば無くなっているだろう。
部屋の汚れも、血の匂いも消えているはずだ。

『いつものことである』

そして夜になれば会社から父は帰ってくる。
殺したはずの父親も、いつもと同じように帰ってくる。
夕食時には二人で、微妙にかみ合わない父子の会話を交わすのだ。

『いつものことである』

学校は退屈だ。
だが人生というものを考えると、勉強というものは必要なのだろう。
退屈ながらも半年後に控えた大学受験に向けて、形だけでも必死に勉強。
考えてみれば、「父親の死」しかも「自分が殺した」ということは大変な事だ。
だが『いつものこと』なのだ。
たしかにその時は、父親は死体だ。だが夜になれば帰ってくる。部屋の死体も消えている。
おそらくそれは、受験というプレッシャーが生み出した幻覚なのだ。
精神的な抑圧は恐ろしいまでの妄想を、幻覚を生み出すのだ。
確かに、思いだしてみれば、初めて父を殺したのはいつのことだったろう。

初めて父が死んでいた朝、初めて自分が父を殺した時、確かに驚いた。
自分はなんと言うことをしてしまったのだ、と、恐ろしくて恐ろしくてどうしようもなかった。
ただ焦るばかりで、その『現実』を否定するためにいつものように学校に行った。
学校に行っている間は常にその事が頭の中を駆け巡って、気が狂いそうだった。
そして発狂してしまいそうな恐怖を抱きつつ、恐ろしい『現実』の待つ家に帰った。
だが、そこに恐れていた『現実』は無かった。
わけがわからなかった。
その内に父は会社から帰ってきた。
『現実』は『現実』では無かった。
それはそれで発狂しそうなことであったが、そこにある『現実』が『現実』である。
だとすると、あの『現実』はなんだったのか。
幻覚。
おそらく自分の精神が生み出した幻覚だったのだ。
今ある『現実』は手にとって確かめる事ができるが、過去の『現実』は確かめようが無い。
確かめようの無い事は、言ってしまえば事実ではない。
つまり、あの『現実』は自分が生み出した恐ろしい幻覚だったのだ。

あれから何度か父を殺している。
幻覚、妄想とはいえ父を殺す…自分の心にそんなことを考えている悪魔がいるとは恐怖である。
だが、それも受験という重圧が引き起こした幻覚であり、その重圧から開放されれば心の悪魔も消えるだろう。
そう思うと、いくらかは楽になる。


家に帰ると、いつものように父の死体は無くなっていた。
部屋のいたるところにあった血の汚れも、血の匂いも消えている。
つまりそれは、朝の『現実』が自分のみた幻覚であるという証拠だ。
しばらくすると、いつものように父は会社から帰ってきた。
そしていつものように父子二人で微妙にかみ合わない会話などしながら夕食を取る。
いつもとなんら変わりの無い生活。
明日、目が覚めたら、また父が死んでいる、自分が父を殺しているかもしれない。
だが、夜になれば父は帰ってくる、恐怖の『現実』はきえる。
それが日常なのだ。
もしかしたら、自分は狂っているのかもしれない。
いや、実際に狂っているのだろう。
たとえ幻覚とはいえ、妄想とはいえ、何の不満も無い実の父を殺すなど、狂っていなければできるものではない。
早く受験を終え、いい大学に入り、この狂気から開放されたい。
そして父に対して、たとえ妄想でも父を殺した事に対して償っていこう。
今日も夜はふけた。


子は父を殺した。
バットで何度も何度も殴りつづけた。
―カンガエルナ、カンガエルナ―
父は涙を流し、鼻水を流し、涎を流し…やがてそれは全て濁った血に変わっていった。
子は、その目には何の光も無く、ただ機械的に父を破壊した。
―アラガウナ、アラガウナ―
父から命というものが失われ、父は赤黒い肉の塊になった。
子は、まるで憑き物が落ちたように眠りについた。



目が覚めると部屋は血の匂いで充満していた。
また父を殺したのだ。

『いつものこと』である。

『いつものこと』である。


久しぶりに父と子は休日をともに過ごした。
人生には休息が必要である。
父、子、共に疲れていた。
父は勤めている会社が経営難であり、子は受験という状況のプレッシャーにさらされていた。
父と子、共に疲れていた。
父と子、二人とも幻覚を見るまでに心が疲れていた。
久々の父子の休日。
共に心に何かを隠しつつも、休日を楽しんだ。


目が覚めると部屋は血の匂いで充満していた。
部屋の隅には赤黒い肉の塊が転がっていた。
もはやソレは原型をとどめてはいなかったが、ソレは人間であった。

息子だ。

昨日の夜

殺した

この手で


鉄サビのような血の匂いさえなければ実にすがすがしい朝だ。
部屋の肉塊には気にもかけず毎朝のように会社に行く支度をする。
買い置きの食パンを焼かずにそのまま牛乳と一緒に流し込む。
8:34分、家を出る。
部屋の『息子だったモノ』は、会社から帰れば無くなっているだろう。
部屋の汚れも、血の匂いも消えているはずだ。

『いつものことである』

会社から帰ると家には息子が待っている。
殺したはずの息子も、いつもと同じように家で受験勉強に頑張っている。
夕食時には二人で、微妙にかみ合わない父子の会話を交わすのだ。

『いつものことである』


時は流れた。
子は無事に大学に進学した。




人生とは何だ?
息子の受験は無事に終わった。
受験勉強の間は色々と情緒不安だったようだが、最近はすっかり良くなっている。
だが、結局世の中は不況で会社も経営が悪化している。
いずれそのことで自分にリストラの宣告が下されるかもしれない。
そうなったらどうする?
息子の学費も払えない。
生活すら難しくなるだろう。
今まで精一杯生きてきて…何だったというのだ?
それが運命なのか?
小説の人物のように決められたシナリオの上でしか生きることは出来ないのか?
…そうだ、そうなのだ!
神という名の作者が、私の運命を、シナリオを決定しているのだ!
馬鹿げている!馬鹿げている!
だが…
どうして私は…
………
私は何と言う名の会社に勤めているのだ?
どんな業種の会社だ?
………
…息子。
息子の名前はなんだったか?
誕生日は?
…私は?
私の名前は?

これは…シナリオ…か。
シナリオ構成上、特に必要の無い設定は…この世界において存在していないのだ。
このシナリオに必要なのは、名前も無い…父と子。
父は会社勤め、子は大学受験…という設定だけで十分なのだ。
馬鹿げている!馬鹿げている!馬鹿げている!馬鹿げている!
…私は狂ったか…。
いや、知ってしまっただけだ。
この世界の仕組みを。

気が付くと私は息子にバットで滅多打ちにされていた。
意識は薄れ、確実に私は死ぬのが理解できた。
この世界の仕組みを知ってしまった私は、このシナリオには必要が無いのだ。
私は死ぬのだ。
いや…違う…。
この世界の仕組みを知った私が、この世界の仕組みを知らない私に書き換えられるのだ。
思い出した。
前にも、私は息子に殺されている。
いや、このシナリオの作者が息子を使って私を消しているのだ。
私が殺した息子も…幻覚ではなかったのだ。
私は…私は…
このシナリオは…これからどうなるのだ…?
この先も続いて…殺し…殺され…この父と子の二人しか存在しない世界を続けていくのか?
物語は…果てしなく続いていくのか?
…それとも…



―シナリオ………ブンキハンテイ………―
>ジンブツA…ブンキジョウケン【OK】
>ジンブツB…ブンキジョウケン【NO】
>>シナリオフラグ【OK】
>>シナリオサクセイジョウキョウ…【43%】
>>>シナリオカンセイヨテイ…【ミテイ】
>>>シナリオホセイ…【OK】

>>>>>>>>>ハンテイチュウ<<<<<<<<<
【ケイコクメッセージ】
―ジンブツAシナリオニ、エラーカクニン―
…エラー525
……エラーハ、ライターニヨッテ、シュウフクサレテイマス

>>ランスウハンテイ…【0】

>>>>>>>>>ハンテイケッカ<<<<<<<<<

【シナリオセッテイコウシン】
>>ジンブツAセッテイカキカエチュウ
>>>ジンブツAセッテイノカキカエガ50カイヲコエマシタ
>>>>ジンブツAセッテイヲリセットシマス
>>ジンブツBセッテイ…ホリュウ
>>>>ジンブツAセッテイガリセットサレタノデ、シナリオノシンコウジョウキョウフラグヲリセットシマス
>>ジンブツBノセッテイハホリュウサレテイマス
>>コノママダトジンブツBノシンコウニエラーガデルカノウセイガアリマス
>>ジンブツAノセッテイヲリヨウシテ、セッテイヲホセイシマス
>>>>>>スベテノセッテイヲホセイシテイマス
【ケイコクメッセージ】
>シナリオホセイはシュウリョウシマシタガ、シナリオサクセイジョウキョウガ43%ナノデホセイハカンゼンナモノデハアリマセン
>エラーカイヒノタメ、シナリオシンコウチュウニキョウセイテキニシュウセイヲカケルヒツヨウガアリマス
>>シュウセイヲカケタバアイナンラカノフグアイガデルコトガアリマス
>>ソノバアイハ「シナリオサクセイジョウキョウ」イガイノスベテノジョウタイヲショキカシテクダサイ



―シナリオリピート―




目が覚めると部屋は血の匂いで充満していた。
部屋の隅には赤黒い肉の塊が転がっていた。
もはやソレは原型をとどめてはいなかったが、ソレは人間であった。

父だ。

昨日の夜

殺した

この手で


鉄サビのような血の匂いさえなければ実にすがすがしい朝だ。
部屋の肉塊には気にもかけず毎朝のように学校に行く支度をする。
買い置きの食パンを焼かずにそのまま牛乳と一緒に流し込む。
8:12分、家を出る。
部屋の『父親だったモノ』は、学校から帰れば無くなっているだろう。
部屋の汚れも、血の匂いも消えているはずだ。

『いつものことである』

そして夜になれば会社から父は帰ってくる。
殺したはずの父親も、いつもと同じように帰ってくる。
夕食時には二人で、微妙にかみ合わない父子の会話を交わすのだ。

『いつものことである』


学校は退屈だ。
だが人生というものを考えると、勉強というものは必要なのだろう。
退屈ながらも半年後に控えた大学受験に向けて、形だけでも必死に勉強。
考えてみれば、「父親の死」しかも「自分が殺した」ということは大変な事だ。
だが『いつものこと』なのだ。
……何かが引っかかる。
前に、同じようなことを経験したような気がする。
父を殺した幻覚は…確かに何度も見ているが、それ以前にもっと根本的に…何かが…。
受験?
受験はとっくに終わったような気がする。
何かがおかしい。

……
………
ダメだ!
ダメだ、考えてはいけない。
考えてはいけないのだ。
自分は受験で精神的に疲れているのだ。狂っているのだ。
いまは…ただ、受験勉強をしていればいい。
他の事は考えてはいけないのだ。
受験勉強をして、大学に入るというシナリオの上を、与えれられた役割を演じるだけだ。
それ以外の事を考える余裕など無いはずだ。
それでいいんだ。

―アタエラレタヤクワリヲ、タダエンジツヅケルノミ―

―シナリオガオワルマデ、エンジツヅケル―

ソレデイインダ…。



―シナリオ………………ケイゾクチュウ―


【了】


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