嵯峨御流の「盛花」や「景色いけ」などに,小さくて可憐な「都忘れ」という花をよく使います。
この花を活ける時,なぜ「都忘れ」という名前がついたのかという事を,生徒さん達に話してきました。
その昔,鎌倉幕府討滅を図った
承久
の乱(1221年)に敗れた後鳥羽上皇(隠岐院
)は,隠岐に流され,時の天皇であった順徳天皇(佐渡院―後鳥羽上皇の皇子)は佐渡に流罪となりました。
順徳上皇の歌
いかにして
契りおきけむ白菊の
都忘れと名づくるも
憂し
(訳)
どのようなめぐりあわせなのだろうか……。
父君の好きであった白菊を「都忘れ」と名付けて可愛がっていても,この佐渡でのくらしは何とも,むなしく もの悲しいことだ。
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はなやかな都のことを忘れようと,この花を都忘れと名付けたけれど,なかなか都を忘れ切れない心情が切々とうたわれています。
順徳上皇は21年間も淋しい佐渡でくらし,この地で崩御されたのです。
生徒さん達にこんな話をする度に,私は「佐渡へ行ってみたい !!」と強く思っておりました。
やっと念願かない,5月30日〜6月2日「秘境・花の佐渡島と越後の名湯・瀬波温泉4日間の旅」というツアーに参加しました。

都忘れ
新潟県 弥彦山
パノラマ・タワー乗り場

籠に活けられた都忘れ
瀬波温泉 ホテル「汐美荘」

「汐美荘」前の海辺
右の遠くの方の白いのは日本海の白波
浜昼顔,
右前方は浜なす
左前方は浜えんどう
新潟から佐渡島
まではジェット・フォイルで1時間位,フェリーでは3時間弱かかります。
佐渡島は淡路島の 1.5倍の面積があり,弥彦山頂上からは佐渡島全体を眺めることができます。
この島は,江戸時代から昭和まで佐渡金山により栄えたようですが,平成元年,操業停止となり,現在では,町並もひっそりとして,さびれた感じさえ受けます。
ましてや,さかのぼること 800 年。鎌倉時代に,都からはるか遠くの この島に流された順徳天皇の心境は想像に余りあります。
「佐渡歴史伝説館」では流罪となった順徳上皇,日蓮聖人,世阿弥等の動く人形が飾られていて,子供達でも興味がわくように しつらえてあります。
その人形は一体 3000万〜7000万もの費用がかかっているというのには驚きました。

順徳上皇の人形
「佐渡金山史跡」 「トキの森公園」 「尖閣湾」 「小木海岸のたらい舟」 と,様々の観光地を訪ねました。

トキの森公園
右上,枝にとまっているトキ

尖閣湾

たらい舟
佐渡への旅を選んだ動機は「都忘れ」でしたが,今回の旅で一番よかったのは佐渡の最北端,大野亀のトビシマカンゾウ群生地でした。
カンゾウ祭りは6月12日ということでしたが,私達が訪れた5月31日が最高にきれいな時だったようです。

仕事の上で,様々の問題をかかえたまま旅に出た主人は旅行中にも電話をかけたり,かかってきたりと,とても疲れてしまっていましたが,この遊歩道を散策する時は,いつもの元気な顔にもどっていました。
花の力は素晴らしい !!
日本海の青い海を背景に咲き誇るトビシマカンゾウ群落は,歩く度に景色を変えて,まるで写真集のページを次々にめくっているような ときめき を覚えました。
静かで「美しい日本」を感じることができ次第に心が洗われてきたものです。









手前の紫色のは
うつぼ草(夏枯草)
帰宅してみると,我が家の庭の ノカンゾウ も咲いていました。
トビシマカンゾウに比べると一茎につける花は少なく,色も橙色が混じった濃い色あいをしていました。

我が家の庭の ノカンゾウ
6月3日撮影
このように旅には思いがけない感動があります。
次なる刺激を求めて,旅の計画を練りはじめている私です。
5月末の花


飾盛体 864円
ミリオン・バンブー
ひまわり
モンステラ
スプレーカーネーション

斑入り葉
燕子花

水陸分け
野村楓
「流木などを使って花を活けてみたい」という生徒さんの希望があり,こんな稽古もしてみました。






玄関の花
ハウチワ楓

ケロちゃんは
長男のコレクション
2016年(平成28年)6月10日 記
宮内 庸洲
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