いずみの過去その1

●生い立ち

きしだいずみは禍以前の東京都八王子市で生まれた。禍以前に「山木 学会」という宗教団体が存在していたのだが、その本部が八王子にあ り、信者の一部はそこで共同生活を送っていた。いずみの両親はその 共同施設で生活していたおり、いずみの出産はその施設内で行われた ようだ。

いずみには両親と一人の姉がいた。父は司、母は美帆、10歳違いの姉 は泰代と言う名前であった。いずみが23歳になる今、姉の生死はわか らない。禍が起こった時には姉といずみは別々の場所で暮らしており、 混乱した世の中では消息を知る手段も無い。
ちなみに、きしだは岸田と書く。ガイアに登録する当時、いずみは漢 字を知らなかったので書けなかったのである。今では岸田という字は 書けるのだが、わざわざ登録の変更をするほどではないと思っている ため、変更はしていない。

現在はガイアに登録した時に就いた高田馬場にある印刷工場で無遅刻 無欠勤で働いている。ガイアに来た当時は男性不信になっており、ま たしんやがフォーチュンに入学するまで狭い「長屋」に二人で暮らし ていたという事もあり、しんやを食べさせるので精一杯で恋人を作る 事は無かった。
しかし最近になって、目もとの優しい同僚の男性・舟津剛(たけし) とお互いの事をいろいろ相談しているうちに、付き合うようになった。 この事をこと「姉」に関してだけは独占欲の強かったしんやに話そう かどうか悩んでいたが、その「弟」はフォーチュンの1年先輩を妊娠 させ、唐突に結婚してしまい、嬉しいやら呆れるやらの日々を送って いるのであった。自分を支えてくれたあの笑顔がほかの女のものに なったのが悔しくはあったが、自分もそろそろ違う生活を見つけない とと思ってもいた。

本当の「姉弟」と間違えられるほど、いずみとしんやは似ているし、 女性なだけに、世が世ならアイドルとして活躍できそうな程いずみは かわいい。そんないずみもそろそろ一人の男性と幸せに生きていければ、 と思うようになっている。


●教団施設内で…

東京・八王子にあった「山木学会」の教団施設でいずみは育った。 施設内では、親子一緒に暮らす事はなかった。教団の方針で子供た ちは同世代同士で共同生活を送らされていた。家族と過ごせるのは 毎週木曜日の午後5時から午後8時までの間だけである。いずみにとっ てその時間が施設内での唯一の幸せな時間であった。両親の膝に交 互に乗せられ、姉と遊ぶ時間。幼いいずみには3人が笑顔で相手をし てくれる時間だけが幸せな時であった。

週に一度の幸せな時間は、いずみが7歳の時に終ってしまう。姉・泰 代が妊娠したのだ。教団内で知り合った男性との間にである。教団に 疑問を感じていた両親はこれを機にその男性を含め、一家で故郷に帰 ろうとした。当然、疑問を感じている事は教団には言ってはいない。 いわゆる「カルト教団」であったからである。

教団側は、あっさりといずみの両親と姉それと男性の施設からの脱退 を認めたが、すでに教団施設内の小学校に通っていたいずみに関して は「年度いっぱいは、教団内の施設に通わせた方がいい」という事で 両親を説得し、先に故郷での生活の準備を勧めた。
それに従い、両親と姉、男性は先に故郷に帰ることにした。「じゃ、 春になったら迎えに来るからね。」これがいずみが聞いた両親の最後 の声であった。

それから2週間ほど経った頃であった。いずみの両親と男性が同乗し ていたバスが崖から転落し、3人とも死亡したという知らせを教団の 幹部から知らされた。
しばらくして、姉・泰代からの手紙が届いた。 「いずみちゃん、ごめんね。おねえちゃんもにゅういんすることに なったの。あかちゃんはだいじょうぶだけど、おねえちゃんびょう きになっちゃった。かならずむかえにいくから、それまでまっててね。 やすよより。」

いずみは悲しんだ。あの優しい両親の笑顔を見られない。何日間も ふさぎこんでいた。

そんないずみの元に、この間両親死亡の知らせを伝えた教団幹部が 「いずみちゃん、教祖様がお呼びだよ」と教祖の元に連れて行った。 教祖・山木大吉と二人っきりになったいずみ。 いずみの悪夢の始まりであった。


●いずみの悪夢の日々

教団の小学校に飾られていた写真の顔。それが目の前にあった。椅 子や机もない、ただ観葉植物と時計と教祖自身の写真、床には柔ら かいじゅうたんがひいてあるだけの部屋。教祖は座布団の上にあぐ らをかいて座っていた。
教団で決められた目上の人への挨拶をし、教祖の許しを得たいずみ はじゅうたんの上へ座った。笑顔で話しかける教祖の質問について 素直に答えるいずみ。1時間ほど質問・解答が続いた。

「君のご両親の供養をしよう。私の言うとおりにしてくれるね」相 変らず笑顔で話しつづける教祖に、心を許したいずみはうなづいた。 「私も君も裸になろう」脱ぎ始める教祖。怖かったが従うしかない ような雰囲気。いずみも脱ぐしかなかった。
脂ぎった腹がいずみの目の前に近づいてくる。はじめてみる血管が 浮き出るモノ。それを口に含むように命じられたいずみは嫌ではあっ たが恐怖で拒否することはできない。命じられるままに口を動かし たいずみは、数分後口の中に苦いものを感じた。

怖くて動けないいずみを寝かせ、仰向けに寝かせ脚を広げた教祖は 下半身の付け根にどろどろした液体を塗られ、その後下半身に極度 の痛みを感じた。教祖の脂ぎった腹、無気味に笑う顔、バーコード 頭。今でもいずみの夢にも出てくる。


●監禁生活と禍発生、しんやとの出会い

下半身で熱いものを感じ、教祖が満足気に「教祖室」を去って いった直後から、いずみの悪夢の監禁生活が始まる。「教祖棟」以 外へ出る事が許されない生活が禍発生まで続いた。

1日2度の食事と教祖との「行為」のみが日課の生活。それ以外は一 人部屋で過ごす。それはいずみの生理がはじまる11歳まで続いた。 「ロリコン」の教祖には生理が始まってしまった事と、ふくらみ始 めた胸が許せなかったのだ。そしていずみを捨てた。

しかし、この秘密を信者棟にいる者達にしゃべらせる訳には行かな い。徐々に警察のマークが厳しくなってきたため、以前のように簡 単に殺すわけにも行かない。
いずみは、今度は教祖棟に勤める者達の慰みものにされていた。た だただ、姉の書いた「かならずむかえにいく」からという言葉だけ を頼りにいずみは耐えていた。

そんなある日、いずみが慰みものにされている最中にあの「禍」が 起こったのである。崩れ落ちる天井。その瞬間だけは覚えている。 次にいずみの目に入ってきたものは自分を玩んでいた男たちの死体 であった。
瞬間、逃げられると思ったいずみであった。そばにあった服を身に つけ逃げる途中、教祖の体とちぎれた首を見つけた。それを踏みつ けた。

生まれてはじめて見る教団の外は、以前テレビで見た町並みではな かった。しかしいずみにそんな事は関係なかった。ひたすら教団か ら逃げた。
途中、壊れた「コンビニ」を見つけた。レジにはつぶれた死体が あった。目に入ったのは「ヤマザキ」と袋にかかれたパン。近く にあった袋に残っていた10個ほどの「ヤマザキのバン」を入れて その「コンビニ」を立ち去った。

しばらくその近くをさまよっていた時に、壊れた家の軒下でうず くまっていた小さな男の子を見かけた。一見女の子にしか見えな いかわいらしい男の子。ニコリと笑って「おねーちゃん、おなか すいたー」といずみに語りかけてくる男の子。

「この子を連れて行こう。」

いずみとしんや、「姉と弟」の生活が始まった瞬間であった。



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