しんやの過去

●禍以前

4歳になるかならないかだったきしだは、ほとんど何も覚えていない。 ただ、名前が「しんや」である事、母親らしき人物と「東京・新宿」 の街らしき場所を歩いていた事、「冬の東京」が寒くて仕方なかった 事だけは覚えている。
幼い頃に持っていたかばんに、「5月15日生まれO型」と書かれていた。 今でもそれは持っているが、親の形見といえばそれだけである。


●禍発生

実はきしだは発生した時の事を全く覚えていない。もしくは記憶に無 い。それに加え、過去の事に執着する性格ではないので「覚えていない のだから、まぁ仕方ないか」程度にしか思っていない。
禍が発生して母親とはぐれてしまった「しんや」は、特に母親を探す わけでもなく、ひたすら廃墟だらけになった大都市の郊外を歩きつづ けた。普段の町並みと違う雰囲気が歩いていて楽しくて仕方な かった。
しかしさすがに4歳の子供、どのくらい歩いたのかは忘れたが空腹に は勝てなかった。廃墟の軒先でうずくまっている所に現れたのが、 きしだしんやが現在「おねーちゃん」と呼んでいる人物、12歳のきし だいずみであった。彼女を見た瞬間、どこか懐かしい感じをもった きしだはすぐになつき、いずみのことを「おねーちゃん」と呼ぶよう になった。おねーちゃんは「ヤマザキのアンパン」をしんやにわけて あげた。
それから世間一般的に見れば悲惨な、しんやにとっては楽しい、いず みにとってはしんやが心の支えの生活が始まるのであった。


●モラルが壊れた場所での幼い2人の生活

大きな大きな災害で、人々の心もちりぢりになったのであろう。盗み 性犯罪、殺人が日常茶飯事になってしまった。そのうちコロニーが出 来、ある程度はましになったのだろうが、コロニーの力が及ばない所 に住んでいる者達には、「モラルが壊れた日常」が待っていた。 この話の主人公であるきしだいずみ、しんやの「姉弟」もそんな日々 が待っていた。
「姉弟」が出会って1月ほどたっただろうか、廃墟から食料を盗み出し て生活していた二人であったが、それは皆が考える事。2日に一食あれ ば良い方になってきていた。ふらふらしながら「姉弟」が歩いている と、何かをゆでている良い匂いが二人の鼻に漂ってきた。
たまらず、駆け寄る二人。
そこにはおとなしそうな大人の男性が5人で鍋を囲んでいた。
「あの…」いずみが大人達に声をかけた瞬間だった。男たちはいずみの 衣服を剥ぎ取った。「おねーちゃんが危ない」と思ったしんやであった が4歳の体は男の右腕一つに容易にはじきとばされ、地面にしたたか頭を 打ちつけ、しんやは気を失った。
いずみの口も下の口も「男」で塞がれ、最初の内は抵抗していたいずみ も5人の男にされるがまま、になっていた。
男たちが去って行って1時間ほど経ったのだろうか?いずみはようやく、 気を失っているしんやに気づいた。程なく気がついたしんやが見たも のは強い意志をもったいずみの瞳であった。
いずみで満足したのか、男たちは鍋の中身を放ったままであった。空 腹の「姉弟」は鍋に飛びついた。

こののち、世にそうそうはいない美形の「姉弟」は自らの体を売る事 で食物にありつく事を覚える。
しんやも7歳になり、幼児マニアの男女に体を売るようになった。
「嫌悪感」よりさきに「快感」を覚えたしんやは、この「おねーちゃ ん」と一緒の生活が楽しくてたまらなかった。
一方、いずみのほうは「嫌悪感」は拭えなかったが「禍」以前の自由 のない生活に比べれば、しんやを心の支えに生きて行けるこの生活の 方が何十倍もましだった。
禍以前の話をしたがらない、いずみであったが、この頃にポツリとし んやに「禍が起こって、本当に良かった」ともらした事がある。


●ガイアへ移動

といってもガイアに行きたかったというわけではない。 体を売り、かっぱらいで生計を立てていた二人であったが、そうこう して流れているうちに、「旧練馬」の農作地帯にたどりついた。
「姉弟」はそこで、農作物をつくっているおばあさんに出会い、その 作り方を教えてもらった。いずみ16才、きしだ8歳の時である。それか ら1年半の間、平穏に暮らす「姉弟」であったが、前日まで元気だっ たおばあさんが突然亡くなってしまう。冬の寒い朝であった。身寄り がないからと名前も教えてくれなかったおばあさんの遺体をどうすれ ば良いのかわからず、とりあえずおばあさんの愛した畑に亡骸を横た わらせたまま、考える2人であった。そして日も暮れようとしていた頃、 辺境まで見まわりに来たFOEによって「姉弟」は保護され、おばあさん はFOEによってその畑に手厚く葬られた。
ちなみにきしだがたまにでかける「練馬」の畑とはこの畑のことで、 お墓参りついでに、畑が荒れないように「姉弟」で整備しているので ある。

FOEによりガイアの中心地「旧新宿」に連れてこられた「姉弟」は登録 手続きをした。いずみが当時平仮名しかかけなかった為、現在でもひ らがなで名前を表記している


●シニア入学、そしてフォーチュンへ

17歳になっていたいずみは「旧高田馬場」にある印刷工場で働く事に なり、もうすぐ10歳のしんやはシニア高田馬場に行くことになった。
そこで無二の親友・下下と、農家の娘・木内さゆりと出会う。

見た目に美しくとっても目立つきしだと、全く目立たないが頭はずば 抜けていい下下の組み合わせはおかしくもあったが、シニアに入学し た時に隣の席に座っていたというのも縁である。
それからというもの噂好きの下下に感化されたのか、きしだも噂好き になっていった。

2年目のシニアで同じクラスになったのが木内さゆりである。
まだろくに漢字も読めないきしだに親切に読み方を教えてくれていた のがきっかけに、いつしかふたりは深い関係になっていった。きしだ13 歳、さゆり15歳の時である。
そしてシニアをそろそろ卒業しようという頃になり、二人で「おばあ ちゃん」の畑で農業をしようという事になった。さゆりの父親はこの時 点ではそのことに賛成していた。将来は農業の男手が欲しかったからだ。 そしてさゆりは妊娠していた。

フォーチュンに行く事がほぼ内定していた下下に別れの挨拶を済ませた 時、シニアの事務員がしんやに駆け寄ってきた。
「きしだ君、フォーチュン進学がきまったんだって!」

すでにさゆりとの同居を決めていたきしだは、フォーチュンの件を断わ るつもりであったが、ガイアではそれを断わる事は出来ない。その事を さゆりの父に伝えに行き、さゆりとの同居を4年間待ってもらえないかと 相談したが、追い返されたのであった。
きしだを思うあまり心労で倒れたさゆりは、流産し、その際死にそうに なった。
直後にさゆりの父はガンで倒れ、そのまま帰らぬ人になった。
さゆりは父の希望を受け入れ、他の農家の青年と結婚した。父思いの さゆりの気持ちが痛いほどわかったきしだは、だまってさゆりの元を去 り、フォーチュンへ入学したのだった。



前のページに戻る。
トップページに戻る。