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vol.31

坂東里美の詩 3

坂東里美詩集『約束の半分』
より
(あざみ書房2002年10月15日刊)

帰宅長い長い暗闇の方から



帰 宅

  
玄関ドアを開け
部屋の明かりのスイッチを入れると
昨夜脱ぎ捨てた
パンティ・ストッキングが
だるい脚の形のままに裏返り
椅子の背に引っかかっていて
コシのない空気が澱んでいる
抜け殻を残したわたしの脚は
また新しいストッキングをはいて
朝 出かけ
夜 帰る
の繰り返し
玄関でハイヒールがこけている
  
黒い通勤鞄を机に放り投げる
中身は紙切ればかりなのに
やたらに重い
「企画書」だとか「資料」だとかいう名の
肩こりと眼精疲労の固まり
鞄のかどに摺れ傷
ブランドものなのに
  
週五日分
五枚のストッキングが
五組のだるい脚の形のままに
部屋のあちこちにかかっている
蛇の抜け殻が
五組一〇匹分
と考えると
楽しいか
蛇は脱皮すると
少しは大きくなるんだろうな
  
「あとは金のことだけだな」と
先週の金曜日の電話
慰謝料とか財産分与とか
新しいボキャブラリーが増えて も
帰宅して
ストッキングを脱ぐ
冷蔵庫を開けて
缶ビールを飲む
  
それから
わたしは
わたしという主語に帰宅する
  
明日は五枚のストッキングを
洗濯ネットにいれて洗う日   




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長い長い暗闇の方から

  
  
勤め帰りのバスは
コンビニの灯りの前に止まる
私が降り立つと
自動ドアは開いて
おにぎりはもう梅と昆布しか残っていない
ポテトチップスをカゴに入れ
缶ビールと
カロリーメイトとマルチビタミン
三五〇円のマニキュアも買って帰る
  
部屋のドアを開けて
まず先にテレビをつけて座り込んだら
もう一歩も動きたくない
コンビニの白い袋をごそごそして
食べ物を口に入れる
テレビではトガリネズミがごそごそ
暗闇の中で食べ物を口に入れている
ねずみの鼻をつまんで伸ばしたような
変な顔
クレオパトラの鼻があと三センチ高かったら
本当に世界は変わっていたのかな
鼻をつまんでギュッと伸ばし 
ビールを飲んでみたら
咽せた
  
「トガリネズミは実はねずみではなくモグラの仲間です」
とナレーターが言うので
私は実は女ではなく男の仲間です
というフレーズを思いついた
男になったり女になったりして
生きていると
枝分かれしたその前に行ってみたい
  
「哺乳類の祖先に近い原始的な特徴を持っています」
とナレーターがさらに言うので
食べ方が私と大差ないのは
きっと私が哺乳類の祖先だろう
  
哺乳類の祖先は
二億一五〇〇万年前の恐竜時代に生まれ 
そして気の遠くなるほど
長い長い暗闇の時間の後に
モグラやサルやコウモリに
分かれていったらしい
  
私はどこから来て
どこへ行くのか
というありふれたフレーズがこぼれる
  
テレビだけが灯る暗闇の中で
私はトガリネズミを懐妊する


( 詩集『約束の半分』 あざみ書房 2002年10月15日 刊
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<詩を読む>「モダンガールズ その5」矢川澄子『ことばの国のアリス』 ー少女の反乱ー(坂東里美)へ
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