ポーカーフェイス






 入団してから、もう一年近くが経っただろうか。
 ヒソカの注目は、常にクロロだった。
 周りの他の団員からはなぜか煙たがられると言うか、嫌われているようだったが、そんなことをいちいち気にするヒソカではない。
 ただただ、団長―――クロロを観察し続けた。

 旅団内ではいつもあの黒衣でいるのかと思っていたが、どうもそうではないことがまずわかった。
 クロロ、ようするに団長自らが動く必要のない仕事のときは、Tシャツやコットンシャツにジーパンなど、ラフな格好でいることの方が多かった。
 そんな時は前髪も下ろし、ぱっと見、ティーン・エイジャーにしか見えない。
 しかしヒソカには、そんなことより何より、ラフな格好でいるときに初めて見える白い腕や、艶かしい首筋の方がよほど気になる。
 あの肌。
 あれが本当に、20歳を超えた男の肌だろうか。
 雪のように真っ白で、滑らかで、柔らかそうで。
 それにあのポーカーフェイス。
 団員と話している時、クロロはよく笑い、時には拗ねて見せたりもする。
 だが、これほど、ほとんど凝視するに近いほど観察しているヒソカには、クロロが「笑っている」というより、「笑って見せている」と言う方が近い事に気づいていた。

 あの白い肌に触れてみたい。
 思う存分に。
 そして、あのポーカーフェイスを崩してみたい。
 自分がクロロを抱くことができたら、あの整い過ぎた表情を乱すことができるかもしれないのに。


 クロロと闘いたい一心で旅団に入団したのが、いつの間にかそちらの欲望の方が強くなってきていた。







 いつもは今にも崩れ落ちそうな廃墟をアジトとすることがほとんどなのに、今回は、ターゲットが近いという理由で、ごく最近廃業し無人となった、割かし立派なホテルが仮のアジトとして選ばれた。
 元は宴会場らしい広間で、団員達は思い思いに酒を飲んだり、寝転がったり、女性の団員同士で話し込んだり、仕事前の休息を楽しんでいる。
 クロロはというと、本をゆっくり読みたい、と別室に篭ってしまった為、ヒソカもすることがなく、適当にトランプ・タワーなどを作っては壊し、暇を弄んでいた。
 そんな時、携帯が鳴った。メール着信の音。
 何気なく見ると、クロロからだった。
『1309号室』
 本文はそれだけ。件名もない。
「?」
 周囲を見渡すと、誰も携帯を見ていない。どうやら、団員全員にではなく、自分一人に来たメールのようだ。
 不思議に思いながらも、どうせ暇だし、何か用なのかと腰を上げた。




 つい最近廃業したばかりとあって、廊下もそんなに汚れてはいない。
 少し掃除すれば、すぐにでも営業再開ができそうだ。
 そんな事を思いながら、ヒソカはその『1309号室』の前に立った。
 ノックしようと手を上げた途端、
「開いてる」
 クロロの声が聞こえてきた。
 かちゃりとドアを開ける。
「……できれば、もっと広間に近いとこに居てくれればいいのに」
 ヒソカはクロロの姿を見るなりそう言った。
「電気が通じてないから、エレベーター止まってるし、ここまで上がってくるの大変だったんだよ」
「寝心地のいいベッド探したら、ここが一番良かったんだ」
 クロロはやたらと大きなベッドに横たわり、本を開いていた。
「そりゃそうだろうね。たぶんここ、スウィートルームだよ」
「そうなのか? どうりで、やけに広い個室だと思った」
 用件は何? と、ヒソカはクロロのいるベッドの側に近づいた。
「こんなとこまで呼びつけられたんだからね。しょうもない用事だったら怒るよ」
 言いつつ、寝転がっているクロロを見下ろす。
 怒るついでに、手篭めにしちゃおうかな、などと思っていると、クロロはこれ以上ないくらい意外なことを言った。
「おまえさ、俺と寝たいんだろ」
 は、とヒソカは不覚にも固まった。
「………何の話だい?」
 クロロは意に介さず、本のページを捲る。
「もともとおまえ、俺と闘いたくて入団したんだろ? それを我慢するなら、ヤらせてやってもいいけど、って話」
「………………。ばれちゃってたのかい?」
「ばれるもなにも、おまえ、俺と初めて会ったときからずっとそういう目で俺のこと見てたからな。そういう目的で入団してくるやつが今までにも何人かいたし、すぐわかる」
「………ばれてもいいとは思ってたんだけどね」
 パタン、と本を閉じた。
「で、どうする?」
 大きな黒い瞳に見上げられて、ヒソカは体の芯が熱くなるのを感じた。
「……もし、ボクが」
 努めて冷静に言う。
「あなたと闘う方が良いって言ったら?」
「もう用は無いな。広間に戻っていいぞ。言ったろ、旅団内での闘いは厳禁だって――――――」
 クロロが言い終える前に、ヒソカはクロロの腕をとった。
「じゃあ、あなたを抱く方で我慢するよ。ここまで来させて、用は無いはないだろう?」
 ゆっくりとその端整な貌に自分の顔を近づける。
 唇を重ねた。
 両手は、その華奢でしなやかな身体を抱きしめた。





 濃密な時間が過ぎ、ヒソカは気だるげに横たわっているクロロの肌を、ゆっくりと撫でた。
「そういえば、さっき言ってたよね」
「………なにが」
 クロロはかったるそうに瞳を開け、ヒソカを見る。
「ボク以外にも、あなたと闘いたくて入団してくるやつがいたって」
 ああ、とクロロは前髪をかきあげた。
「厳密に言うと、俺と闘いたいっていうよりは、A級首の幻影旅団の団長を殺して名を上げたいってヤツだな」
「結構いるのかい? そういう輩が」
「おまえが倒した、前のNo.4。あいつもそうだった」
 へえ、と言いながら、ヒソカは自分がつけたクロロの首筋の跡に今度は触れた。
「そういう場合、入団はさせちゃってるわけだろう? ボクが言うのもなんだけど、どう対処するんだい? 考えを改めるよう説得するとか?」
 そんなわけないだろ、と返しつつ、寝返りをうとうとして身体の奥に鈍い痛みを感じ、顔をしかめた。
「おまえと同じパターンだよ。おまえ、俺が『初めて』だと思ったか?」
「え。………それって」
 思わず手が止まった。
「つまり、それって」
 自分ではよく分からないけど、とクロロは言った。
「俺を殺したいってヤツは当然、俺のことを観察するわけだろ。スキがないか、とかさ。
 ………どうも、俺のことを観察するヤツは十中八九、俺の身体を味見してみたくなるらしいな。で、味見させてやって、とりあえず俺と闘いたいって気持ちを薄くさせるわけだな。それをたまに繰り返していれば、そういうヤツに限って、必ずそのうち他の入団希望者に倒されるんだ。不思議なもんだな」
「―――――――――。そんな事しなくても、闘ってやって、殺してしまえばいいんじゃないのかい? 何も………」
「言ったろ。旅団内の私闘は厳禁だって。一回掟を破ったら、結局歯止めが無くなって際限なく破ることになるんだ」
「そんな、掟って……。自分の身体より大事なのかい?」
「掟を守らなくなったら、それは蜘蛛の崩壊を意味する。それに比べたら、俺の身体なんて、減るもんじゃなし。どうってことない」
 そしてあの、ポーカーフェイスになる。
「どうってことないなんて………。今まで、そんな奴らが一人や二人じゃなかったんだろ? 嫌じゃないのかい?」
「そりゃ、嫌に決まってるだろ。蜘蛛の崩壊に比べたらマシって事だ」
 そう言ってから、嫌な事思い出したな、とクロロは舌打ちした。
「嫌な事って?」
「………ガキの頃からそうだった。念もロクに使えない頃、流星街で大人に拉致されたことがあるんだ。売り飛ばすつもりだったみたいだけど、そいつが『味見だ』とか言って、俺のこと犯して…。売り飛ばすのが勿体無くなったって、俺、ずっと監禁されてたんだ。それこそ、昼夜関係なく、それこそ一日中その男に犯され続けて―――。その内に転がってた瓶で殴り殺して逃げたけど、それからも念を使えるようになるまでは、そんな事が時々あった。そのたびに、自分から誘って寝て。売り飛ばすのが勿体無い、殺すのが勿体無いって思わせるようにして………。そうやって今まで生きてきたんだ。―――ああ、俺の身体ってこういう使い方があったんだって………………」
 言いながら瞳を閉じる。
 クロロは少しウトウトしてきたらしい。ヒソカは、クロロの細い肩を抱き寄せた。
「俺の身体なんて減るもんじゃないし………、ほんの数時間、我慢してれば………済む話――――――。
 どうってことないんだ………………………」
 すうっ、と眠りについたらしかった。やがて小さな寝息が聞こえてくる。
 ヒソカはさらに肩を抱き寄せ、隅に退けてあった毛布を手繰り寄せ、クロロにふわりと掛けてやった。

 目蓋にかかった髪をかきあげてやろうと手をのばし、それに気がついた。

 閉じられた瞳から、透明な涙が一筋、つうっと零れ落ちていた。




 ―――――― どうってことない。




「そう言いながら、あなたは何故泣くんだい?」
 囁くような小さな声で、ヒソカは語りかける。




 だが答えは返ってこなかった。








 ヒソカは、きっとクロロ本人も気づいていない涙を、そっと拭ってやる。

 ………一応、あのポーカーフェイスを崩したことになるのかな。

 そんなことを思いつつ、ヒソカはクロロの身体を優しく抱きしめた。








  END




 
 ・小説TOPへ








 後記:

 クロロの流星街時代の話は、当然、勝手な想像なわけですが、絶対ロクな目にはあってないだろう、
 というのが、私の中ではすでに私的な公式設定となって確立されております(笑)
 あと、クラピカに拉致された時の「コーヒーブレイク」云々のセリフから、
 確実に拉致監禁された事は過去にいくらでもあるんだろう、慣れてるんだろうというのも、
 私の中では私的な公式設定となって確立されております(笑)