自由への扉






 岩畳みで出来た廊下を歩き、クロロはある扉の前で立ち止まった。
 コンコンとノックし、返事も待たずにドアを開ける。
「イルミ、今日ヒマ?」
「なに、急に」
 イルミはパソコンに向かいながら、振り返りもせずに言う。
「外に出たいんだよね。ここにこもってるのもさすがに飽きちゃって。書庫の本もあらかた読んじゃったし」
「………それで?」
 キーボードを叩きながら訊く。
「ちらっとシルバにさ、外に出ようかなあ、なんて言ったら、」
 クロロはシルバの真似なのか、わざと低い声で言った。
「『むやみに独りで試しの門を出るな。おまえのことはゾルディック家が守っている。おまえに何かあったらゾルディック家の沽券に係わる』、だってさ」
「ふうん。それで?」
「で、イルミが一緒だったらいいかな、と思って。つきあって」
 イルミは微かに顔をしかめ、手を止めてクロロに向き直った。
「なんで俺が、あんたのお守りをしなきゃなんないんだよ?」
「いいじゃないか、たまには。ヒマなんだろ?」
 ヒマだって? とイルミはあきれたように言う。
「………俺が今何してたか見てなかったわけ? これも仕事の一環なんだけど?」
 いいじゃないか、ともう一度クロロはけろっとした顔で言った。
「帰ってからすればいいだろ。ほら、早く。イルミ」
 早く早くと急かされ、うんざりした様子でイルミは諦めてパソコンの電源をオフにした。




 本屋。
 古書店。
 図書館。
 一銭のお金もカードも使わず、クロロはイルミの車を本で山積みにした。
「もう満足しただろ? 帰るよ?」
「えー、まだだよ。まだ行ってない本屋が、あと2…3軒。ちょっと遠いけど」
 道端で、パソコンから引き出したタウンマップを睨みつけながら言う。
 いい加減にしてよ、とイルミは溜め息をついた。
「そんな郊外にある小さな本屋、どうせ今まで行った所と同じようなものしか置いてないよ」
「そんなの、行ってみないとわからないだろ。意外とそーいうとこが穴場だったりするんだよ」
「………とにかく、俺はもう嫌だよ。帰ってから仕事があるんだから」
 帰るよ、ともう一度言う。
 まだ嫌だ、とクロロももう一度言った。
「もう充分じゃない。コレだけ本があったら、当分暇潰しできるよ」
 まだ足りない、とクロロは口をとがらせた。
「充分だって。全部読んだら、また付き合ってあげるからさ」
「ほんとだな?」
 ほんとほんと、とイルミは頷く。とりあえず適当に言って、今はとにかくもう帰りたい。
「――――じゃあ、帰る前に、俺のど渇いた」
「…………――――――――――――」
 あきれかえった顔でクロロを見る。
「………帰るまで待てないわけ?」
「待てない。コーヒー飲みたい」
 まるで駄々っ子だ。
 頭が痛くなってきたイルミは、仕方ないな、ととりあえずクロロを助手席に押し込んだ。
「さっき通ったとこに喫茶店あったから。そこでいいだろ」
「喫茶店? そんなのあった?」
「………クロロは本屋しか目に入らないわけ? そんなでっかい瞳しててさ」
 イルミはあきれてうんざりしたように言い、運転席に座ってアクセルを踏んだ。



 喫茶店に入り、席に案内されて水がまず運ばれてくると、すかさずクロロはそれをコクコクと飲んだ。
 本当にのどが渇いていたらしい。
 イルミはウェイトレスにコーヒーと紅茶を頼み、自分も一口水を含んだ。
「………そういえば、イルミ、パソコンで何か設計図みたいなの見てたな」
 ああ、あれ? とグラスを置きながら応える。
「今度のターゲットがね。結構セキュリティのしっかりしたとこに居るって話だったから。暗殺を警戒してるらしい」
「で、どうなんだ?」
「ざっと見ただけだけど、………まあ、話に聞いてたほどたいしたセキュリティじゃないみたいだな。暗殺を警戒してる割には別に念能力者も警備にいないし、簡単な仕事になりそうだよ」
 へえ、とクロロはもう一度水を飲んだ。
「おまえのとこって、例えば『シルバ』とか『イルミ』とか、指名で仕事がくるの?」
「そういうこともあるね。十老頭の時はそうだったよ。『ゼノとシルバに』ってね。あんたも、俺に、って言ってきただろ? でも、『ゾルディック家に頼みたい』って仕事の方がやっぱり多いな。そういう時は、ターゲット―――仕事内容のレベルによって、親父が『自分が行く』とか、俺に『おまえがやれ』とか。割り振るんだ」
「それは当主の仕事ってわけか」
 まあそうだね、と頷いたところで、コーヒーと紅茶が運ばれてきた。
「あれ? イルミって紅茶党だった?」
「別に。コーヒーも飲むよ。その時の気分だな」
 そんな事を言いながら、それぞれにコーヒーと紅茶をゆっくりと飲んだ。

 しばらくして、じっと見つめている瞳に気づき、なに? とイルミが口を開いた。
「いや、別に。……イルミって、そんな普通の格好してると、女の子みたいだなと思って。髪が長いせいかな」
「………そんなこと言われたの初めてだよ」
 常に無表情な顔を、少しむっとした顔に変えて応えた。
「けど、俺は誰かみたいに男にナンパされた事はないからね」
「? 誰かって?」
 くるりとした瞳をしながら、コーヒーを飲む。
「あんただよ。さっき、本屋と図書館で。都合3回もナンパされてたじゃない」
「え? ……確かに、何か話しかけられたけど」
 聞いてなかったわけ? とイルミはあきれたように言った。
「俺近くで聞いてたけど、あのセリフは立派なナンパだよ」
「――――どういうのがナンパなの」
「一般的なベタなところでは、一緒にお茶飲みませんか、とかさ」
 途端に、クロロは憮然とした表情になった。
「なに? もしかして、よく言われる?」
「………………………」
 図星みたいだね、とイルミは珍しく笑った。
 けど俺、とむすっとした表情でクロロは言う。
「女の子みたいなんて言われた事ないぞ」
「そりゃ、俺だって、あんたが女みたいとは言わないよ。………でも、なんていうのかな」
 イルミはカップを持ち上げた。
「こう、『これだけ上玉なら男でもいいや』って思わせるものがあるんだよね、クロロって」
「………そんなにホモが多いわけ? 今の世の中」
 そんなわけないじゃない、とイルミは紅茶を口に運んだ。
「性別を超えて、そんなのはどうでもいいや、とにかくモノにしたい、って思わせるものがさ。あるんだよ、クロロは」
「………………………………。迷惑だ」
「だろうねえ。気の毒に。けど、しょうがないんじゃない? 誰が悪いわけでもないと思うな」
 クロロは到底納得がいかないような表情で、ジーンズのポケットから少しくたびれた煙草の箱を取り出した。
 テーブルの上の灰皿に乗っていたマッチで火をつける。
「世の中間違ってる」
 煙を吐きながら、不機嫌極まりない表情で言う。
「さあ。どうだろうね」
 心なしか楽しそうに、クロロの煙草の箱を取る。
 一本取り出し、同じように火をつけた。
「おまえも吸うのか」
「まあ、たまにね。自分でわざわざ買ったりする事は滅多に無いけど。弟が吸うから、ちょっともらう程度かな」
 ああ、弟か、とクロロは煙草を口に咥えた。
「なんだっけ、名前。何度聞いても覚えらんないんだよな」
 少しあきれた顔でクロロを見、俺、何度も教えたよ、と言った。
「いいんじゃない? もう。覚えなくても」
「仕事の腕前は?」
「そこそこかな。俺と同じで、生まれた時からそういう教育を受けて育ってるわけだからね。………ただ、頭は良いと思うんだけど、バカなんだよね」
「??」
 ふうっとクロロは紫煙を吐く。
 イルミも同じように煙を吐いた。
 しばらく、そうやって煙草をお互い無言で吸った。

 クロロが、灰皿にぎゅっと煙草を押し付けた時、そうだ、とイルミが気づいたように言った。
「今夜、親父居ないんだよね。確か、仕事の打ち合わせとかで」
「………ああ、そういえばそんな事言ってた」
「俺、今夜あんたの部屋に行っていい? いや、あんたに俺の部屋に来てもらった方がいいかな」
 途端にクロロは眉をひそめる。
「いいじゃない。今日、これだけ付き合ってあげたんだから。仕事があるのに。外見てよ、もうほとんど夜だよ」
「………。そうだけど。おまえ、気が削がれたからもういいって言ってたじゃないか」
「ヤらせてくれたら、これから、いつでも外出につきあってあげるよ。もちろん、仕事のない時に限りだけど」
 それを聞いて、ホント?! とクロロは瞳を輝かせた。
「ほんと。仕事が無ければね」
「この街から車で何時間か行ったところに、書店街があるんだ。古書店とか、新刊の本屋がたくさん有るって話で。一度行ってみたいと思ってたんだけど、そこ、行っていい?」
「いいよ。時間のある時なら」
 クロロはますます瞳を輝かせた。
「それなら、いい。ヤっても」
「………………。そう? ありがたいけど、………クロロ釣るには外出、というより本が有効なんだね。ちょっと……どうかと思うけど」
 あそこ行ってみたかったんだ、イルミ明日時間あるの? 仕事は? と、うきうきと、まるでイルミの話を聞いていない。
「言っとくけど、明日は無理だよ。その、書店街は。俺、ちょっとした仕事がある」
 じゃあ明後日は? その次でもいいけど、とクロロの心は、もうすでにその書店街に飛んでいる。
 まるで、遊園地に連れてってあげる、と言われた子供のように。




 イルミはあきれて、しみじみとクロロを見やった。

 ―――― これで、あの悪名高い幻影旅団の団長なんだからな。

 それこそ世の中間違ってる、と思わずつぶやいた。








  END




 
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 後記:

 ようやくちゃんとしたイルクロです。………よね?
 なんだか、書き終わってみると、やたらイルミがあきれてますね…。
 たいして長い小説でもないのに、ざっと数えてみたところ、6回はあきれてます。
 なんでだろう。
 ちなみに、関係ないですが書店街のイメージは当然ながら、神保町ですね。
 あと、ゾル家の仕事の話ですが。シルバが仕事を割り振るとか、なんとか、当然想像です。
 どうなってるのか、知りません、私(笑)