赤い月






 もう、最初のきっかけも覚えていない。
 なぜ、いつからこういう関係になったのかも。


 それは、クロロにとって耐えるしかない数時間だった。
 まるで肉食獣が草食動物を食らい尽くすかのように、シルバはクロロの身体を貪り続ける。

 最初の頃は、クロロもそれなりに主張していた気がする。
 服を破くな、とか、準備も無く突っ込むな、とか。
 今ではそんな事を求めるのも諦めた。
 ただ、シルバがクロロの身体を堪能し気が済むのを待つ。それだけだ。




 それはいつも、一通のメールで始まる。
 それもやはりシルバの気まぐれだ。
 場所だけを指定したメールが届くと、クロロは独りでいるときはそのまま、団員が側にいるときはその目を盗んで抜け出す。
 そしてその場所に着くと、あの銀髪の男が訪れるのを待つ。
 シルバが姿を見せると、言葉も交わさず、行為が始まる。
 終わると、やはり言葉も無くシルバは帰って行く。

 一言の会話も無い。

 ただ、最後に、一度だけ、ゆっくりと、優しくクロロに接吻する。
 クロロは疲れきった身体に鞭打つように何とか腕をのばし、シルバの背に回す。
 それは、長い一瞬。
 クロロの腕が力なく落ちてくると、それを合図にシルバはクロロの身体を支え、ベッドに横たわらせる。
 そして去って行く。

 クロロはシルバに壊された身体がなんとか動くようになるのを待ち、その身体を庇いながら帰路に着く。


 その繰り返しだった。






 その日も、クロロの携帯はメールを受信した。
 ここから程近いホテル。
「………いっつも、こっちの都合はお構いなしなんだからな。明日は大仕事だっていうのに」
 クロロは頭の中で目まぐるしく計算した。
 今から行って、シルバと逢って。
 何とか仕事の時間までに帰って来たとしても、きっといつものことだから、身体が言うことを聞かない。

 シルバを取るか、仕事を取るか。

 クロロは溜息をついた。
「シャル。ちょっと来てくれ」
「何? 団長」
 近づいてきたシャルの目を見ないようにしながら、クロロは言う。
「俺、たぶん明日の仕事抜けるから。大事な用があってさ。シャルが何とか仕切ってくれるか?」
「えぇ? 大丈夫かなあ。皆、団長だから言うこと聞くんだよ。俺の指図なんて」
「そこを、俺の言うことは団長の言葉だ、とか何とか言ってさ。頼む」
 いいけど、とシャルは訝しそうにクロロを見た。
「けど、なんで? 今回の仕事は、団長が絶対やるんだって珍しく号令かけたんじゃないか」
「そうなんだけど。………ちょっとな」
 頼むよ、と笑ってみせる。
 シャルは合点がいかない顔つきをしながらも、オーケイ、と頷いた。

 仕事の準備でごたごたしているのをいいことに、クロロは黒衣から普段着に着替え、こっそりとアジトを抜け出した。

 適当な車のドアをこじ開け、器用にキーも無しにエンジンをかける。
 そうしながら、クロロは改めて溜息をついた。
「………俺、何してるんだろ」
 自分のつぶやきに、なんだか泣きたくなってくる。
 身体を壊されるためだけに、大事な仕事を棒に振ってまで出かけていく。
 しかも、仲間を偽ってまで。

 それでも、出かけて行かずにはいられない自分がいるのがわかる。

 なぜ。

 どうして。


 アクセルを思い切り踏み込む。

 今日こそ、あの疑問をシルバにぶつけられるだろうか。




 指定されたホテルの部屋に着くと、珍しく銀髪の男が先に着いていた。
「………珍しいな。あんたが先に居るなんて」
 クロロはわざと言葉に出してみせた。
 今までも、シルバの方が先に着いていたことが無かったわけではない。
 だが、言葉を交わすいいチャンスとクロロは考えた。
 シルバはクロロの胸の内を知ってか知らずか、黙ってクロロの腕を掴む。
「ち、ちょっと待って。………俺」
 クロロが拒むことはまず無いといっていいくらいだったから、さすがにシルバも掌の力を抜いた。
「――――――なんだ」

 声を、久しぶりに聞いた。
 こんなによく逢っているのに。
「………………………………」
「どうした。言ってみろ」
「あの、………俺」
 その大きな瞳で、シルバの無表情な顔を見上げる。
「俺――――――――――――」
 次の言葉がどうしても出てこない。
 これを言ったら、もしかしたら、すべてが終わるのではないか。そんな恐ろしい予感がする。
「訊きたい、事が………。あったんだけど」
「なんだ」
 訊いてはいけない気がする。
 言ってはいけない気がする。

 しばらく、沈黙が流れた。

「ごめん。やっぱ………いい」
 軽く自分の腕を掴んだままのシルバの掌をやんわりと払い、かわりにクロロの方からシルバの腕をとった。
「あんた、無駄に時間使うの嫌いだろ。さっさとヤろ」
 訊く度胸のない自分を心の中で嘲笑しながら、シルバをベッドへ誘う。
 自分からベッドに上がり、横になった。
 やがてシルバが覆い被さってくる。
 クロロは瞳を閉じた。

「…?」
 思わず瞳を開く。

 接吻。

 いつもは、最初にキスなんてしない。
 最後の最後、別れる間際に一度きりだ。

 ただ重ね合わせるだけのキスがしばらく続き、やがてシルバは唇を離した。
 クロロの顔のすぐ近くで、低く重い声が発せられた。
「俺もおまえに訊きたいことがある」
「え。…なに」
「なぜ俺の呼び出しに応じる? いつも、必ず」
 クロロ自身、いくら自問自答しても出てこなかった答え。訊かれても困る。
「それ、は」
「明日は旅団の仕事があると情報が入ってるが。今日、なぜ来た」
 クロロの瞳が揺らいだ。
「それは………。それは、あんたが………。  あんた、ゾルディック家の当主だろ。仕事上、ゾルディック家とコネクションを持ってて、俺に得はあっても損は無いからな」
 思ってもいない事がぺらぺらと口をついて出てくる。
「旅団のためか」
「………そうだよ」
 決まってるだろ、と言いかけ、ガッと髪を掴まれた。
 今度は先ほどの優しいキスではなく、噛み付かれるように唇を奪われた。
 顎を掴まれ、口を開けさせられる。
 シルバの舌がクロロの口腔内を激しく蹂躙した。
「ん………う」
 溢れる唾液を飲み下す。
 息苦しくなり、堪らずクロロはシルバの唇をギリッと噛んだ。
 突き飛ばされるように唇が開放される。
「……………あんた――――――――」
 シルバは唇を押さえてはいるが、血は出ていない。
「―――あんただって、もっと俺のこと丁寧に扱った方がいいんじゃないの? 俺、あんたの家にとっていいお得意様だろ」

 違う。

「いつもあんたに好き勝手されて、身体壊されて。後が大変なんだよ」

 こんなことが言いたかったわけじゃない。


 今度は、のどをグッと掴まれた。
「そうだな。そうかも知れんな」
 ベッドにそのまま押さえつけられる。シルバの鋭い眼がクロロの苦しげな黒い瞳を見下ろしている。
「じゃあ、今日は丁寧に扱わせてもらうとしようか」
 シルバの手がクロロのシャツにかかった。








 郊外にある別荘の風通しのいい部屋で、ぼんやりとクロロは本を眺めていた。
 あれから一ヶ月。
 あの後、一週間動けなかった。
 きっと、もうシルバからの呼び出しは無いだろう。
「いいさ、別に。身体壊される心配もしなくて済むわけだし」
 せいせいする。

 ぱらり、となんとなく読んでもいない本のページを捲った時、携帯の着信音が鳴った。
 この音はメールだ。
 動くのが面倒でしばらく放っておいたが、やはり気になって携帯を取り出した。
「シャルかな?」
 ピッとボタンを押すと、――――――送信者はシルバ。
 本文は、都会のホテルの住所と部屋番号。
「!」
 クロロは、何度もその送信者の名前と本文を繰り返し見つめた。




 暗闇の中、電気もつけず、窓からの月明かりのみでクロロは待ち人を待っていた。
 ――――――来た。
 足音はしない。気配も無い。でも、わかる。
 予想通り、ガチャッとドアが開いた。
 長い銀髪の男が部屋へ入ってくる。
 後ろ手でドアを閉めた。

「……なぜ来た」
「あんたこそ、なんで呼び出したの?」
「………………………」
「俺さ」
 クロロは窓辺から立ち上がった。
「あんたに、訊きたい事あるって言っただろ。それを訊きに来たんだ」
 言ってみろ、とシルバは相変わらず低い声で言った。
「俺ってさ、ずっと――――あんたの何だったの?」

 ずっと訊きたかった、でも訊けなかった言葉。
「………――――――」
「何で俺だったんだよ?」
 怖くて訊けなかった。

 別に。誰でも良かった。たまたま おまえだった――――――そう言われるのが怖かった。

 窓を背にしたクロロの真上に、赤い月が浮かんでいる。
 逆光で、クロロの表情は見えない。
 しかしこの仄か過ぎる月明かりで、相手の表情が見えないのはクロロも同様だった。

「………さあな」
「さあって」
「俺にも判らん」
 言って、シルバはゆっくり一歩ずつクロロに近づいた。
「おまえは。なぜいつも呼び出しに応じていた?」
「………………………。さあね」
 クロロが肩をすくめるのが見えた。
「わかんないよ。俺だって」
「………そうか」
「うん」
 クロロのすぐ前でシルバは立ち止まり、自然と抱き合う形になった。

 窓の外には、赤い月が、いつまでも二人を照らしていた。












「だから! なんであんたは、そういっつも自分の都合ばっかりなんだよ。俺、明日仕事だったんだぞ!」
 逢った途端のクロロの抗議に、シルバはちらりと相手の顔を見やった。
「あんた知ってて呼び出したな?」
「そんなわけないだろう。旅団の行動をそうそう正確に把握できるわけがない」
 それが疑わしいんだよ、とクロロはまだぶつぶつ言っている。
「皆に言い訳して抜け出してくるの大変だったんだからな」
「それはご苦労だったな」
 シルバのその言葉に、クロロはさらにまくし立てかけたが、言っても無駄とばかりに諦めて溜息をついた。
「………あんた、無駄に時間使うの嫌いだろ。さっさとヤろ」
 クロロの言葉に、シルバはその肩書きに似合わない華奢な身体を抱きしめ、ゆっくりと唇を重ねた。


 クロロは心の中で、やっぱり明日の仕事は無理だろうなあ、なんてことを考えていた。








  END




 
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 後記:

 原作コミック11巻のP134でのシルバとクロロの見つめ合い(としか思えん)は、私のバイブルです(笑)
 絶対二人は「そういう」関係なんだろう、と確信しております。
 その確信から生まれたのがこの小説です(笑)  だって、2対1の戦いの中で、ゼノがクロロの動きを封じて、シルバが大爆発起こした時点で、
 普通、二人とも(ゼノとクロロ)死んでませんか? 仮にもシルバは伝説の暗殺一家の当主ですよ?
 シルバが本心はクロロを殺したくなかったから手加減したとしか思えません、私には(笑)
 けど、シルバが(クロロも)素直に相手を好きだとか惹かれてるとか愛してるとか、自覚はないのか、
 口に出せない性格なのか。
 その辺がイマイチ決めかねてる(決めかねてるって…)というか、判断できないので、
 「俺にも判らん」発言にしてみました。クロロも、「わかんないよ」で止めときました。
 まあでも、多分、自覚はあったとしても、口には出さないでしょうね、二人とも。
 と、分析してます。