契約の媚薬






 廃墟の中の階段を、銀色の髪の男はゆっくりと足音を立てずに降りて行った。
 目の前に現れた大きな扉を、やはり音も無く開く。
 地下のはずなのに屋根は崩れていて、その隙間から青白い月が顔を覗かせていた。
「珍しいな。おまえから呼び出しなど」
 月下に立っている青年に声をかけた。
「うん。ちょっと頼みがあってね」
 前髪を下ろし、ラフなシャツにジーパンという格好のクロロは笑顔で応えた。
「頼み? 殺したい奴でもいるのか」
 クロロの側に歩み寄りながら尋ねる。
 まさか、とクロロは笑った。
 クロロの方からもシルバに歩み寄り、自分より頭一つ以上背の高い相手の首に腕を回す。
 背伸びをして顔を近づけ、その唇に軽く自分の唇を重ねた。
「あんた、最近仕事が忙しいみたいだね。あんたからの呼び出しがちょっと少なくなった」
 身体が楽だからいいけどさ、とクロロは再び笑う。
「それも今だけだ」
 短く応える。
「それで? 頼みとはなんだ」
「うん」
 クロロは腕を戻し、少しシルバから離れた。
「近々、ヨークシンでオークションが開かれるのはもちろん知ってるよね?
 そこで一仕事する予定なんだ」
 クロロは話し始めた。
「それで、たぶん――――――いや、ほぼ確実に、ゾルディック家、というより、あんたに仕事の依頼が来る。依頼主は、マフィアン・コミュニティの十老頭」
 クロロはシルバから離れて廃墟の壁際に近づき、背を壁に預け、腕を組む。
「依頼内容は、幻影旅団団長である俺の抹殺。もしくは、俺を含めた旅団員の抹殺」
「………言っておくが」
 シルバは重く低い声で言った。
「依頼を受けるな、という頼みは聞けんぞ」
 わかってるよ、とクロロは応える。
「その代わり、依頼を受けたら、すぐに俺に知らせて欲しい」
「………………………」
「こっちもそれに対抗する手段を講じなけりゃならないからね。
 どう? 頼める?」
「――――――――――――」
 難しいところだな、とシルバは顔をしかめた。
「いいじゃないか。滅多に仕事を回してこない十老頭より、あんただって、俺に死なれたら困るだろ? 俺、ゾルディック家のお得意様だし」
 そして意味有り気に笑う。
「別の意味でもね?」
 組んでいた腕を離し、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだ。
「それとも、俺の身体には飽きちゃった? あんたにとって俺ってもう用無し?」
 その笑顔は、まるで小悪魔のようだ。
 シルバはゆっくりとクロロの側により、クロロの顔の両側の壁に手をついた。
 顔を近づけ、接吻づける。
 クロロは少し口を開いてシルバの舌を招きいれ、お互いの舌と舌を絡ませ合った。
 シルバの武骨な手が、クロロの白いシャツをたくし上げ、肌に触れる。
 やがて、唇を離した。
「立場上、約束は出来ない。……が、私的なメールなら送ってやろう」
 クロロはにっこりと笑顔を作った。
「ありがと。そう言ってくれると思ってたよ」
 ポケットから手を出し、シルバの肩に手を乗せる。
 背伸びをして、シルバの頬に唇を寄せた。
「私的な物ではあるけど、契約成立ってことでいいよね」
 それには返事をせず、シルバはジーンズの上からクロロの細い太ももを撫でた。
「………っ。ちょっと。立ったままするつもり? それはちょっときついな」
 言われてシルバはクロロから体を離し、街中でも違和感が無いように着ていた薄手のコートを埃だらけの床に敷いた。
 クロロは素直にそこに横たわる。
 シルバはクロロの身体に重なりながら、シャツのボタンやジーンズを脱がせていく。
 あらわになった背筋を指でなぞりながら、ゆっくり下へ降りていく。そしてその形の良い二つの膨らみの間に指を滑らせていく。
 秘所を探られて、クロロは小さく喘ぎながらも、なんとかその手を制した。
「今日は、俺の身体壊さないでよ? 明日、どうしてもやらなきゃならない仕事があるんだ」
 わかった、と短く返事をして、シルバの指は再び動き始めた。


 苦しげな声を小さくあげながら、シルバをその身に受け入れる。
 身体を揺すられながら、自分の顔にかかるシルバの長い銀髪に手を触れた。
「あんたの……髪、好きだ、な。光を、浴びて――――とても、綺麗」
 それは実際に月光を浴びて、揺れるたびきらきらと光を放っているように見える。
 手に取り、唇に触れた。
「ほんと、に、綺麗」

 シルバは、クロロの首筋に唇を這わせた。
 この青年の、独特の体臭。この香りは、何かに似ていると常に思っていた。
 行為を続けながら、初めてこの香りの記憶を辿る。それはすぐに思い当たった。
 ――――――媚薬の香り。
 男を狂わせる、媚薬の香りが、このクロロには生まれつき備わっているのだ。
 何事にも動じないはずの自分さえ溺れさせる、媚薬の香りが。

 そういえば以前、ちらっとだが、流星街にいた頃から男に抱かれる事で生き延びてきたという話を聞いたことがある。それはとても嫌な記憶だとも。
 それはやはり、この香りのせいでもあるのだろう。ただでさえ、人を魅了せずにおかない容貌に、この香りがあれば、致し方ないのかも知れない――――――。


「ち、ちょっと………シルバ。きついよ。壊すなって………!」
 エスカレートしていくシルバの行為に、抗議の声をあげる。
「もう………、無理。無理だってば、シル――――」
 最後まで言う事が出来ず、悲鳴をあげる。

 途中で止める事など出来ない。出来るわけが無い。
 この香りが、この黒い瞳が、狂わせる。
 その身体を壊してしまうまで、貪り続けてしまう。

「おまえが悪い」
 理不尽な事を言い、クロロの必死の制止の腕を床に押さえつけ、シルバは体を進めた。






「………どうして、くれるんだよ」
 終わってから、息も絶え絶えになりながらも、クロロはシルバを非難した。
「壊すな、って、言っただろ。明日の仕事――――――」
 そこまで言って、クロロは苦しげに呼吸をした。
 有明の月が、シルバの髪に光を孕ませている。
「むかつく、くらい、綺麗だな。あんたの、髪は」
 愚痴のようにクロロは溜め息をついた。









 結局、翌日、ベッドに横たわっているクロロの指示を受けながら、シルバが代わりに仕事をする羽目になったのは言うまでもない。








  END




 
 ・小説TOPへ








 後記:

 クロロ、「赤い月」に比べて、だいぶ態度がでかくなってますね(笑)
 シルバに対する自信が多少ついたって事でしょうか。
 それにしても、いくらクロロの「身体を壊すな」って要求を無視したからといって、
 あのシルバがクロロの代わりに仕事なんてするかなあ。
 自分で書いといてなんですが、絶対有り得ないと思いますね(笑)