忠節と背徳と






 夜中訪れた訪問者に、クロロは珍しくしばらく経ってからゆっくりと瞳を開けた。
「どうした」
 重く低い声に、クロロはようやく身を起こす。
「………なんか、身体が重くて。やけに眠いし」
 シルバは無言でクロロに近づく。
 手をのばして前髪をかきあげ、額に掌を置いた。
「? なに?」
 問われても何も言わず、掌を離してクロロに背を向ける。
 備え付けられた電話の受話器を取った。
「俺だ。解熱薬を持ってすぐ来い。……そうだ」
 それだけ言って、電話を切る。
「何? 解熱薬って」
「おまえは横になっていろ」
「?」
 よく判らなかったが、言われたとおりベッドに横たわった。

 やがて、ゴトーが慌しく入ってきた。
「失礼致します。お持ちしました」
 手に持っていた瓶をシルバにうやうやしく手渡す。
 シルバは無言でその瓶の中から小さな紙包みをとりだした。

 中から出てきたのは、赤黒いごく小さな玉。
 ゴトーは何も言われずに、ベッドサイドの小さな丸テーブルに乗った水差しからグラスに水を注ぎ、それもシルバに手渡した。
「飲め」
 それらを、クロロに差し出した。
「なに、それ」
 身を起こしながら受け取る。
 手に乗せられた小さな丸薬のようなものを見下ろす。
「解熱薬だ。それで熱が下がる」
「………俺、熱あるの」
 不思議そうな顔をしつつも、その小さな球体を口に入れ、水で飲み下した。
「昼はどんな様子だった」
「はい。今日も執事室においでになられましたが、特に変わったご様子は………。ただ、今日はやけに眠いとおっしゃっておいででしたが」
 そうか、とシルバは頷いてクロロに横になるよう命じた。
「シルバ様。今夜は私がおつきしておりますから、………どうぞ」
 ゴトーのその言葉に、シルバは特に頷きもせず、クロロにも無言でそのまま部屋を去って行った。

 失礼致します、とゴトーはわざわざ断って部屋の椅子をベッドサイドに寄せ、腰を下ろす。
「どうぞ、ご安心してお休みください。ただ、途中、お体のご様子によってはもう一度お薬をお飲みいただくことになるかもしれませんが」
「………ゴトーさん」
「前にも申し上げましたが、どうぞ「ゴトー」とお呼び捨てください。あなたはこの屋敷の正式なお客様で、私は使用人ですから」
「じゃあ、ゴトー。俺、一人で大丈夫だよ。たいしたことないし、いちいちついててくれなくても」
「お目障りなようでしたら、部屋の外で待機しておりましょうか」
 そういう意味じゃないんだけど、とクロロは言った。
「あんた、明日も当然、昼間仕事あるんだろ。なにも、この程度で夜っぴいて居てくれなくても平気だから」
 そういうわけには参りません、とゴトーは返した。
「昼間、お会いしておきながらお体のご変調に気づかなかったのは私の迂闊でした。
 どうぞ、そういう点でしたらお気遣い無く。これも言うなれば私の仕事の一つですからね」
 ふうん、執事って大変なんだな、などと相槌をうっている間に、クロロの瞳はとろとろと閉じられていった。




「………さま、クロロ様」
 うとうとと眠っていたところを、ゴトーの声に起こされた。
「お休みのところ、申し訳ありません。やはりもう一度、お薬を」
 クロロは瞳を開け、ぼんやりと覗き込んでいるゴトーの顔を見上げる。
「……俺、あんまり薬なんて飲まないんだけど。どうせ飲んでもほとんど効かないんだ」
「これはゾルディック家に古くから伝わる特別なお薬です。世の中にあるどんな薬より、よく効きますよ」
 言われて身体を起こしかけたクロロの背を、ゴトーの腕が支える。
 かなり熱い。
 薬を飲み、クロロは、ふう、と一息ついた。
「少し震えてらっしゃるようですね。お寒いですか」
「うん。………少し」
 クロロの身体を横たえながら、ゴトーは優しく言った。
「では、もっと毛布をお持ちしましょう――――――」
 そう言うゴトーの腕を、クロロの手がふと掴んだ。
「どうされました」
 あのさ、とクロロの瞳がゴトーを見上げる。
「それより、あんた、俺と寝てくれないかな」
「は。………はあ?」
 執事という職業にありがちな鉄面皮を思わず崩し、ゴトーは狼狽した。
「いや、それは………その、お申し出の意味が」
「ヘンな意味じゃないよ。こういう時って、たくさんの毛布より、ヒトにくっついてた方がずっと暖かいから」
 そう言われ、ああなるほど、とゴトーは安堵したように言った。
「それは確かに、そうかもしれませんが」
「だろ。………だめかな? なんかマズイ?」
 熱で縁が薄紅色に染まったクロロの瞳に見つめられ、ゴトーは苦笑した。
「――――わかりました。仰せとあれば」
 クロロの手を離し、黒いスーツの上着を脱ぎ、今まで自分が座っていた椅子の背にかけた。
 眼鏡も外し、椅子の上に置く。
「………へえ。あんた、メガネでもカッコイイと思ってたけど、外すともっと男前なんだ」
 苦しげな息をしながらもクロロはそんな軽口を叩く。
 ゴトーは生真面目に恐れ入ります、と応え、さらに失礼致しますと挨拶をしてクロロのベッドに入った。
 クロロの側にゴトーが横になると、クロロはすぐにゴトーにしがみついて来た。
「どうです。少しは暖かいですか」
「うん。あったかい………」
 微かにまだ震えながらそう応え、やがてクロロは小さな寝息をたて始めた。
 少し逡巡してから、ゴトーはクロロの肩に手をまわし、さらに暖めるように優しく抱きしめた。


 じかに触ってみて、改めてその華奢な身体に驚いた。
 ここに居るとあまり動かないから、太りたくない、などと言って、クロロはかなり食が細い。
 初めてここに来たときよりも少し痩せた気はしていた。
 それにしても、とゴトーは思った。
 ほとんど毎日その姿は見ているが、思っていた以上の、この細い身体。

 この身体で、とゴトーは思った。
 あの、百獣の王のようなシルバの行為を、この身体に受けているのか。
 一体どうやって応えているのだろう。
 この、か細いこの身体で――――――。

 そんな事をふと考えてしまい、ゴトーは落ち着かない気分になった。

 それに、この匂い。
 薬を調合する際、少し手伝った時に嗅いだ覚えのある、そう、これは媚薬の匂い。
 熱のせいで、その匂いがさらに沸き立つようにゴトーの鼻腔をくすぐる。
 こんな匂いがするのか。この美しい貌をした少年のような青年は。

 本当に、落ち着かない。


 ゴトーは、その腕にクロロを暖めながら、もしかして自分はとても恐ろしい事を安易に引き受けてしまったのかもしれないと、後悔し始めていた。




 明け方。
 ふと瞳を開ける。
「ゴトーさ……ゴトー。そういえば俺、あんたに一緒に寝てくれって頼んだんだっけ」
「ご気分はいかがですか。熱はどうやら下がったようですね」
 うん、とクロロは半分寝ぼけながら、ゴトーの白いワイシャツの胸に顔を埋めた。
「すごく楽。もう治ってる。ほんとに効くんだな、あの薬」
 そうでしょう、とゴトーはクロロをさり気なく引き離すように体を起こしかけた。
「――――――ゴトー」
「はい?」
「ヤりたかったら、ヤってもいいんだよ?」
 その言葉に、ゴトーは動きを止めた。
「………どういう意味でしょう」
「俺、わかるんだ。そういう事は。俺に対して、どう思ってるか」
「………………………………」
 おっしゃる意味がよく判りません、とゴトーは何とか平静に言って、ベッドからさっさと降りた。
 椅子にかけておいたスーツの上着を着、眼鏡をかける。
「もしかして『シルバ様』に遠慮があるわけ? そんな必要ないと思うけどな。それに、一晩中あっためてもらった恩もあるわけだし」
「………私に恩を感じていただく必要はありませんよ」
「執事の仕事の一つってこと?」
 はい、とゴトーは頷いた。
 それより、と話をかえる。
「それより、少しお水を飲まれた方が良いですね。昨晩、あれだけ発熱されたのですから」
 貼り付けたような笑顔でそういい、水差しからグラスに水を注ぐ。手が震えないようにするのに苦労した。
 さあどうぞ、と起き上がったクロロに手渡す。
 クロロはなみなみ注がれた水を一気に飲み干した。
「あー、おいしい。のど渇いてたんだな、俺」
 ごちそうさま、とクロロはベッドの上から空のグラスをゴトーに差し出す。
「それはそうでしょう。でも、本当にお元気になられたようで、良かったですね。私も安心しました………」
 グラスを受け取ろうと身を屈めたネクタイを、クロロにぐいっと掴まれ引き寄せられる。
 ゴトーの唇に、柔らかい唇が押し当てられた。
「!!――――――」

 これは………この事態は。
 離さなければならない。この方は、我が主の………――――――。

 そう思っても、体が動かない。

 しばらくそうして、やがてクロロから唇をそっと離した。
 掴んでいたネクタイも離す。

「あんたのワイシャツ、しわくちゃにしちゃったお詫び」

 言って、笑った。

 その笑顔は、小悪魔というより、悪魔そのもののようにゴトーには見えた。

「俺、まだ寝てたいんだけど。もうこの通り元気だから、あんたも帰って休んだら?」
「………そうですね」
 グラスはここに置いておきます。まだのどがお渇きのようでしたら、たくさんお飲みになった方がよろしいでしょう。
 そうゴトーは機械的に言い、
「では失礼致します。どうぞお大事に」
 出入り口で一礼し、部屋を後にした。


 とりあえず、執事室に戻って、このシワだらけのスーツを着替えて。

 その後、我が主、シルバ様にクロロ様のご体調回復のお知らせをしなければ。




 努めて冷静にそう考えを巡らしながら、足早に廊下を通り過ぎた。

 自分の額にびっしょりと汗をかいているのを、ゴトーは気づいていなかった。








  END




 
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 後記:

 えー、一応ゴトー×クロロです。
 ゾル家にいるなら、ありえるかな、と。
 けど、ゴトーが相手だとこれが限界ですかね。
 忠義一徹、って感じしますから、ゴトーは。
 よっぽどブチキレない限り、クロロに手を出すことは無さそうです。
 ……ブチキレる相手は、クロロではなくシルバでしょうな。
 ありえなさそーだなあ(笑)