1999.3.12(金)    
 
公演をほぼ二ヶ月後に控え、新たに稽古が開始された。初日である。
配役は、先日(3月5日)行われたオーディションを基に、前稽古時に発表があった。今日は言わば“役”に取り組む初日でもあるのだ。
前回の「ムーンライト」と同じ役についた者。違う役についた者。初めて大役についた者・・・。
当時ノートを記録していた佐々木綾は、こう記してある。

「私はインタビュアーの役だ。今はまだこの役について、さっぱりわからないけど、半分あたってくだけろで、とにかくやってみよう!!と思っている。とにかく明るくエネルギーの高い役をやりたい。ドキドキする・・・。」

それぞれの思いを胸に内田さんから話があった・・・。


 
第一章・不穏な流れ

「ムーンライトの公演を打つ時、なにか不穏な空気が流れる。昨日の新人の稽古でオレはキレた。」

この頃はまだ、本公演の稽古と、養成科(入団後一年以内の新人)の基礎稽古を平行して行っている時期である。集中稽古は公演の約三週間前頃から。

「昨日の新人の稽古を観てまたオレは‘バカな奴ら’って思ったよ。すごい自惚れ。自分は出来たつもりでいる。(演技に)なんの痛みも感じていないんだ。(毎年)ぱーっと入ってくる新人を見て、なーんて死んだような目をしてるんだろうと思うよ。何でそうなっちゃうのかは知らない。でもパッと見て分るんだよ。」

毎年入団する新人には手を焼く。思えば、毎回こんなような激が飛んでいるのだ。彼らに限らず、演劇はなめられている。新人はその気持ちのまま演技を学ぼうとするのだ。
仮にも、演劇を“生涯を賭けるに値する仕事(生き方)”として考えている人がいて、その想いを侮辱された時・・・どれほどの屈辱を受けるのだろう?その痛みはどんなものだろう?
良きに付け悪きに付け、新人達は公演を一度過ごしてプレイヤーズ・ハウスに馴染んでいく。公演を通じて演劇の凄さに触れていくのだ。

「オレは今日ここで言ってる事を忘れないでくれと言っておく。オレがサジェスト(演技のアドバイス的なコメント)をしている時、(受けている側の)態度、悪いんだぜ? で“じゃあ証拠は?”って聞いてくる奴もいる。それで“今こうだったんだぜ”って証拠を提示すると“自分が間違ってました”と謝るだけ・・・それで済まそうとしてしまう。“うわー、汚ねえ!!”って思うよ。」

人が無意識に他人を傷つけるいい例だと思う。「疑いと言う暴力」を、人は自分に向けられた時だけ感じる。

「演出家の言っている事は、客の代表と同じだよ。証拠の提示なんて求めてない。ちょっと具合が悪くなったら、“具合悪いんですぅー”と言い訳する奴と、足が無くなってもやってる人と、すごいギャップがある。今から
フェアプレーでやっていく約束をしてくれ。でもフェアプレーだけでいっても、最終的な判断はお客がしてくれないとな・・・なかなか3800円を安い!と言わせるのは難しいからな・・・。」

プロ然とした芝居を観せるには?この問いに答えるべく、我々は稽古を一回一回無駄にせず、丁寧に作り上げていかなければならないのだ。



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