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1999.3.22(月) <1>
本公演の稽古が始まってから10日目。オーディションの配役決定から2週間が経とうとしている。この頃、自分の役に自信が持てないでいる役者に焦りが生まれはじめる。どう集中しても結果に結びつかない自分に苛立ちを憶える。何か全く別の方向性を求め、今いる次元から抜け出そうと模索し始める。そこで何かが生まれれば、役者は全てを稽古に託すのだ。あるいは、それが、危険な賭けであったとしても・・・・だ。
前回稽古記録を受けて、佐々木綾がこんな感想を書き残した。
「演技がどうにもならない事で考えた。稽古記録の安田の感想に、“エネルギーの上げて行く方向が違うのでは? 何か悲愴感さえ感じてしまう。”とあった。ガッツーンと来た。私も自分でそう感じていたからだ。今の自分の状態を考えた。なにか、心に大きなものを、大きなものを!!と、そればかりになっていて、それがエネルギーだと思っていた。何か、プレイヤーズ・ハウスや、演技の事を美化しすぎなのではないのか?」
第七章:決意
「キツイ中で明るいフリをしてやっているから、悲愴感が出てしまうのか? 心の状態も、演技にのぞむ姿勢も違うのでは? 演技をやたら真面目に、キツイものとして捉えているのでは? “誠実”だとか、“感情”だとか、“心のきれいさ”とかプレイヤーズ・ハウスという事にしばられ過ぎて、全然一役者としてのあり方でないし、楽しんでいない。自分の演技を自由にやっていない。楽しんで何が悪いのか!? 楽しくもないし、明るさもないからパワーも出て来ない。なにか苦行に耐えているみたいだ。自由にやろう。自分の役ぐらい自分の好きにやろう!!」
我々は、形こそ“劇団”という枠に収まってはいるが、“一役者”というスタンスは貫きたいと思っている。なぜなら、ザ・プレイヤーズ・ハウスは、演じる事を捨てた“演技者集団”だからである。
しかし我々も今いる新人と同じく、演技をなめた状態で入団し、初めてここで、“本当の演技”というものに触れたのだ。それは、“教え”なくしては辿り着けなかった道だ。そう、導かれ、歩んで来た道なのである。 役者は個の存在である。“教え”を胸に刻み、自分で歩き出して初めて、役者は“一役者”としての存在になるのである。
PM 1:45
海音(内田)さん、到着。みんなを集め、話をする。
「最近思ったのだが、身体に外側と内側があるように、心にもそれがあるなと思った。みんなに言える事だが、やはりまだ本当の集中というものに至ってない。まだ心の表面的なトライしかしていない。明日香は時々、ちょっと表面的なところより深く入る時もあるが、まだまだ狂気には近付いてはいない。役者の集中なんて狂気みたいなもんだよ。トシやみんなは、頭的な理解と、判断(価値観)で、心の表面的にしか演技に入っていない。」
日常で、何かに熱中する事に抵抗を持った経験はないだろうか?
「何アイツ熱くなってんだよ・・・」と揶揄(やゆ)された経験はないだろうか?
よくアメリカの俳優の噂を耳にする時(大抵はからかった様なニュアンスが多いが)、“狂気の集中”のエピソードを聞かされることがある(ロバート・デ・ニーロなど)。役者にとってその“狂気”は賞賛に値する。日本の現状は、今だ(狂ったように)熱くなる事に抵抗を持つ社会なのかもしれない。役者業界も同様なのか? もっとも、ストーリーを説明するだけの役者に、“狂気の集中”なんて必要無いのかもしれないが・・・。
「役者はシチュエーション(劇的境遇)に入って初めて、心の流れを発見して行くもんなんだよ。やる前から分かっているような演技は、演技じゃない。本当に入り込めれば、最初は自分の行動や、感情を、コントロール出来ないかも知れない。演出に従えないかも知れない。本当に衝動を強く持てたら、自分が何をやっていたのか憶えてないかもしれない。」
「上手くて衝動的でない演技よりも、下手でもいいから衝動的な演技を目指せ。その違いを分かっていく。」
PM 2:20~
海音さんが、トシと明日香に後チューニングをサポート。二人に具体的な戦場のイメージを言って、そこから深い集中に入って行く方法を取る。 他の役者は自主的に稽古を進めて行く。
稽古を見ていた安田の感想
明日香(マリア)…
海音さんのサジェストにより、かなりハッキリとしたビジョンが見 えている様子。感じる事によって、表現しようとせずとも表現にな っている。まさにこれが、演技の原形か? すごくいい!!
トシ(マルス)…
ビジョンを持っていないとは言わないが、恐怖だけにフォーカスし ていて、その先に踏み込む勇気にまで至っていない。マルスは、そ の恐怖を克服して受け止めていく人。それを目指す。
その後、海音さんのサジェストなしに、集中に入っていく。
個人調整に入っている役者達は、相変わらず自分の範囲から抜け切れず、稽古場のエネルギーがだんだんと落ち始めてきている。耐えかねた中島が、声も出していない役者達に「声も出していないで何をやっているんだ!!」と激を飛ばしている。
その内、トシや明日香にも、集中が弱くなっていくのが見え始める。再び自分達でビジョンを見つめていこうとトライするが、先ほどの状態まで持っていけない。
再び海音さんのサジェスト
「現実でさえ、自分に都合のいい事以外は(意識的・無意識的に関わらず)見ないようにしている。二人が自分達でイメージを作っていけないのは、自分に対して甘えがあるから。イメージやビジョンはすぐに逃げて行ってしまうもの。役者は一度イメージを掴んだら、睨み付けるように放してはいけない!!」
役者が自分でイメージを追い、明確なビジョンが見えたとしても、それを維持していくのは容易ではない。しかもそれが維持出来たとして、只それだけではシーンにはならない。もう一つ、さらにその奥に役者は足を踏み入らねばならない。役者はイメージを、ビジョンを、体験する事によって初めて、シーンに真実味が持てるのだ。
PM4:45
稽古前半部終了。食事休憩となる。
PM6:00~
稽古再開。新人達もこの時間から稽古に見学という形で参加する。
海音さんが、役についての解釈や取り組み方を一人ずつアドバイスして、そこから集中に入っていけるようにサジェストする。役についての過去の出来事や、人物像、物の考え方など、時に提案、時に質問と、ディスカッション形式で煮詰めていく。
再び安田舞監のダメ出し。
山田(ライト)…
助手役の永野(圭・舞台美術/兼ブランチ役)と組んで稽古。まだ 緊張が強く、余裕がない人物に見える。ライトはどっしりとして、 人に当り散らす時にも余裕というか、自分の中に正当性があって威 張っている人物(でもちょっとサド)。今の山田は怒る事に必死 で、相手役も無視して一人でやってしまっている。
小野(ジム)…
設定こそ決まってないが、とりあえず前回台本の設定を借りて稽古 をしている。大まかな人物像は、海音さんから少し話があったの で、それを基に役作りに挑戦している。小野なりのトライが見てい て面白い。彼の演技は、彼なりの正当化があって、演技に変なぜい 肉がない。
綾(インタビュアー・キャロル斉藤)…
(海音さんのサジェストを受け)エネルギーが上がって来た。まだ 荒削りだが、役を作る為の変化が出て来た。少し、インタビュアー の人間性も見えて来た。目が生き生きしている。何か、一気にスイ ッチが変わってしまった様な変貌ぶりだ。
トシ(マルス)…
イメージの方向が、泣きや、パニックの方向になっている。台本の 設定のマルス、“マリアを守って生き抜いていく”感じには遠い。
記録ノートに新人への感想が書いてあった。前出の安田のものだ。
“新人達はこの本稽古を見て、何を思うのだろう? 何を感じるのだろう? そしてそこから何を考えるのだろう?”
本稽古に参加した新人達の思いに、初めて何らかの変化があったのもこの頃ではないのかと思われる。自分達の稽古にはない、厳しい現場がそこにある。いずれ自分が迎えるであろう状況が、そこにある。改めて、自分と演技を考え始めるのも、その頃ではないかと思う。
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