1999.3.26(金) <1>

1:00~


 いつものように稽古が始まる。

 今日は、この公演のチラシが刷り上がるという事で、少し稽古場の雰囲気に何か期待感のようなものが混ざっていた。特に今回のように、稽古が思うように進まない時は、何か一つでも先に進んでいる、といった事実が欲しいのかも知れない。

 全くの余談ではあるが、今回のこの公演チラシには、実は二つのバージョンがある。情報内容等は同じなのだが、若干、色が違うのだ。これは、意識して別バージョンを作ったのではなく、依頼した印刷所とのちょっとした行き違いから発生した、軽いトラブルの産物なのである。最初に仕上がったチラシの色が、こちらのイメージと若干違っていた為に、再度刷り直してもらったのだ。
 二つのバージョンは、見比べるとさほど違いが無いかもしれない。あるいは若干の色の違いならば、それでも問題無いのかも知れない。このチラシを受け取る側、つまりお客さんはオリジナルを知らないのだから。
 しかし、こちらには伝えたい“イメージ”というものがある。実際のところこの“イメージ”と言うのは、どれだけ相手に伝わっているのだろうか。取り方も人それぞれであろうし、全く検討違いに受け取る人もいるだろう。だからと言って、伝える側がそれを理由に妥協は許されない。

 芝居作りも同じである。

 一つのシーンの稽古にこれだけ時間をかけるのは、“これでは伝え切れない”と言う思いが、どうしても拭い切れないからだ。諦める事や、妥協する事で解決するのは、あるいはそれも一つの手段なのかも知れない。物事を円滑に進める手段としては・・・。しかし、物作り現場にはそれは許されないのだろう。特に今回のようなテーマを扱う芝居では。“一つは戦争、一つは演劇、一つは狂気”。どれも手が抜けない、重要な事柄だ。

 舞台と客席が一つのイメージを共有する・・・それが自然に・・・あたかもリアルに・・・。それが、舞台と言うものの醍醐味の一つではないのだろうか? それを伝える為のこだわりなのであれば、我々はそれを惜しむ事は無いだろう。
 

 とにかく稽古の進みが先決だ。まずはダメ出しから。

 トシ…
  
「“信じる”と言う事を分かっていない。今やっている事は、自分   に説明しているような事。それは普段も一緒で、トシは自分に説明   しながら日常でも過ごしている。何もなく演技をするのが不安なん   だろう。ただ想像だけで演技をしてはいけない。ただただ素直にや   って欲しい。自分を操作しない事だ。」

 明日香…
  
「明日香はあと一歩のふんぎりがついていない。体は踏み込んでい   る感はあるが、頭がまだシーンを疑っている。『もう信じ込んだ』   という事を信じていない。自分を信じる。演技はそこから始まる。」

 前田…
  
「姿勢に注意。ジェーン・パウエルというプロデューサーの生理を   掴む。演技に出てしまう姿勢と言うのは、心の表れ。何故そう出て   しまうのか、普段から生理の研究が必要。それと表情にも注意を!」

 第九章:客観性


 この稽古記録を改めて読み返していると、まだこの時期は、各役者達が毎回同じようなサジェストを受け、それを解決出来ないまま
ただ稽古を進めている、という状況にあるようだ。元々サジェストと言うのは、演出家が独断で押し付ける方向性ではなく、そのサジェストを元に自分で検証していく材料、すなわちヒントとして受け取るものなのだ。

 しかし検証を行うにも、“今自分の演技のどこがいけなかったのか”をきちんと自分で理解していなければ、そもそもサジェストとの比較も出来ない。ここで、役者には、自分の演技を検証できる目、“客観性”が必要とされるのである。程度の差は在るものの、今稽古が留まっているこの状態は、やはり各役者達の客観性の無さが原因に思われる。

 自分の演技が良く無いのは頭では分かっているが、実際にどう解決を着けていけばいいのか? こればっかりは、自分自身でそれを発見していかない限り、人にどう指摘されようが問題の(根本的な)解決にはならないのだ。

 とりあえずこのままでは本当に稽古が進んでいかない。これから数回の稽古は、台本のト書きを基に演出で流れを決め、その流れからシーンをつかんでいく方法を取る。


 まずは冒頭のシーン。


 
『マルスとマリア、テーブルを前に向かい合って座っている。何かの異変に気付く二人。爆撃機が迫って来ているのだ。座ったまま、窓の外を伺うマルス。遠くの方で爆撃音が聴こえ、街が破壊されているのが分る。不安に駆られ目と目を合わせる二人。怯えているマリアを気遣い、優しく手を握るマルス。決してマルスも、爆撃の不安に慣れたと言う訳ではないのだが、それよりも目の前のマリアの不安を気遣う。マリアを握る手に“大丈夫だよ”という思いを込め、全神経を集中させ状況を伺っている。』

 本番では、『遠くから近付いて来る爆音』の効果音中に舞台が徐々に明転(舞台上が明るくなる事)して二人のシーンが始まっていくのだが、この稽古中はその前の状況、何気ない日常を過ごしている二人からシーンが始まり、そこへ徐々に近付く爆音・・・と、シチュエーションに入りやすい状況から作っていく。

 
『爆発音は次第に激しくなり、こちらに近付いて来る気配。爆発の度に体は無意識に反応し、徐々に緊張が高まる。二人のアパートの側で小規模の爆撃戦。突然の機関銃の音に怯え、しゃがみ込んでしまうマリア。マルスも体を緊張させ防御の体勢を取っていたが、窓の近くまですり寄りながら怯えるマリアに気付き、素早くマリアの側に駆け寄り、自分の身を呈して彼女をかばう。』 『半狂乱状態のマリア。マルスはマリアをかばいながらも、状況を把握しようと窓から上空を伺う。窓際では危険だと察知し、マリアを自分に寄せ、この場から少しでも離れようとしたその時、マリアは耐え切れず壁際へ逃げ行ってしまう。駆け寄るマルス。少しでも身を屈めようとマリアを誘導するが、極度の精神錯乱状態の為、抵抗が激しい。このままでは危険だと、強引にマリアの頭を抱え込み、床にうつ伏す。やがて爆撃機は遠ざかり、マルスは恐る恐る窓にすり寄り上空を伺う。爆撃機が去っていったのを確認して緊張が解ける。しかしマリアは怯えたまま錯乱状態が続いていた。安否を気遣い、側に寄るマルス。』

 と、以上のような演出の流れからシーンを進めていく訳だが、あくまでも最初に付けた演出プランなので、この先変更になる事もある。

3:30~

 まずはトシ、明日香達二人で稽古を進めて行くが、演出の流れにまだ慣れていないせいか、体がどうしても浮いて見えてしまう。頭で演出の流れを考えながら、タイミングや、次の動きなどを追ってしまい、シーンの中に余計集中出来ないようだ。

 それでもまだギリギリの気迫で押し通せば、何とか荒削りながらも二人の身に緊迫感が出て来るはずだが、それも見られない。トシにいたっては、緊迫感どころか普通の日常のように顔がぼやけて無表情になっている。手を抜いている訳では無いのだが、とまどいと、何度も同じシーンを繰り返している内に訳が分らなくなってしまっているのだろう。

 
「もう少しタフにやってくれ。今、パニックになりながらやっているみたいだが、それではシーンは完成しない。かと言って、こっちの言う通りにやっていれば出来るって問題でもないんだ。自分で分かっていかなきゃいけないんだぞ、きつくったって!!」

 「体は臨戦体勢に入っているのに、頭でストップをかけている。本当はもう集中に入っていけるはずなんだから、不安がらないで思いきって行く。でなきゃいつまでたっても入れない。自分で自分に言って聞かせる、“信じ込んだ”事を信じ切れ!!と。」

 自分が今このシーンに生きているのか?
 それを一番良く知っているのは、それを演じている役者本人でなければいけない。
 マリア(明日香)はこのサジェストを受け、こんな感想を残している。

 
「“まさにそう!!”って思った。体は震えたり、指が変な形に緊張しちゃって、自分で自分が恐い状態にはなっている。だけど、“これで本当に信じ込んでいるの?私”みたいな疑いがあって先に進めない。今日の残りの稽古はこんな物は捨てていこう!!」



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【後半部】

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