雨宿り

 


「…やられた」
  両肩の雫を払いのけ、眞崎はため息をつく。久しぶりに渋谷まで買出しに来た
ものの、いきなり降られるは思っていなかった。学生服の防水加工も、こんな雨
では役にたつまい。10%の降水確率に賭けたのが敗因か。…その割に、渋谷まで
足をのばしたあたり、自分でも何を考えているのだろうと思う。
 とりあえず、近場の百貨店に入り、様子をうかがう。雲の様子からみて、そう
長くは降らないとおもうのだが…。
「あれ、めずらしいな、こンなとこで会うなンて」
 見間違えるはずのない派手な髪形。若者の多いこの街でも一際目立つ。
「雨紋か」
「どうしたンすか? 渋谷まで出てくるなンて、皐哉サンにしては遠出じゃ…」
「買い物だよ。後は気晴らし」
 ギターケースの水滴を拭きながら、雨紋はつぶやく。ハードケースで助かった
というべきだろう。
「買い物なら新宿でも事足りるンじゃないすか」
「…だから言ったろ。“気晴らし”だって」
「気晴らしね…何かヤなコトでもあったンすか?」
 ケースを立て、雨紋は眞崎の横に並ぶ。
「進路指導のバーコードに説教されてな。うざったいからフケてきた」
 しけった前髪をかきあげ、眞崎は数十分前の風景を回想する。
 二階の進路指導室の窓から飛び降りてやったのは、彼へのあてつけだ。
 彼が目を丸くしているのを見て、少しは気が晴れたというものだが。
「そっか…三年だもんな。進路もうるさくなるわけだ」
「そういうお前だって、来年は我が身だろうが」
「オレ様のトコはそんなにカリカリしてねぇから。ま、なンとかなるさ」
 雨はまだ止まない。あわてて目の前を走りぬけていく、傘を持たぬ人。誰かと
待ち合わせでもしているのだろうか。
「皐哉サンは…卒業したらどうするンだ?」
「特に何も考えてないな。適当な大学でも入ってるんじゃないか」
「あんまりピンとこねぇな…大学生の皐哉サン」
 軽く、雨紋の頭を殴る。――無論、かなり手加減はした。
「いてっ!」
「生意気言ってるとシメるぞ、二年生」
「暴力反対! オレ様じゃ皐哉サンに勝てるわけねぇし」
「ほう…」
「だいたい、武器の間合いからして違うンだぜ? 近距離戦で皐哉サンに勝ると
思うわけないだろ」
 得物が長い以上、どうしても懐に飛び込まれると弱くなる。それは明らかだ。
「さすがに、これだけ長いと持ち運びが不便なンだよなぁ…」
「…だったら、置いてくればいいだろうが」
 京一といい、こいつといい。どうして自分の得物を持ちたがるのだろう。どう
見ても不審人物にしかならないというのに。
「そういうわけにはいかねぇよ。こいつはオレ様の相棒だ」
 それはわからないでもないのだが。
「…っていっても、さすがにライブの日とかはさすがに邪魔くさくなるけどさ。
メンバーに蹴られたときもあったし。そんなときは皐哉サンみたいなのがうらや
ましくなるな」
「確かに、持ち運びには便利だが」
 手甲は槍ほどは場所を取らない。が、金は食う。旧校舎に潜るはいいが、戦闘
するたびに消耗していくから、どうしても細かいメンテナンスが必要になる。今
の手甲は確か七代目だ。
「その気になったらスポーツ推薦とかも取れそうだよな、皐哉サンって」
「冗談。志望は文系だ」
「え!?」
 本気で驚いている。少々腹がたった。
「得意科目は社会系全般。あと化学」
「うわー…なんか意外…」
「なんなら家庭教師でもやってやろうか?」
「それこそ冗談だろ、皐哉サン」
「そうだな、今なら一科目3千円くらいで…」
「皐哉サン!」
 かなり焦っているようだ。
「そんなに俺に教わるのが嫌か、雨紋」
「あ、なンか怒ってる?」
「さあてな」
 いちいち反応が素直なところが、彼の人の良さを物語っている。
 雨は小振りになってきた。もうじき止むだろうか。
「この前のライブ、来てくれたンだろ」
「――暇だったからな」
「今度またやるからさ。来てくれよな。皐哉サンなら顔パスでいけるようにして
おくから」
「そりゃあ、どうも」
 口調はかなりそっけないが。実際どうかは仲間なら皆知っている。
「…そろそろ行くか」
「雨、まだ止んでないぜ」
「このくらいなら大丈夫だ」
 もともと、雨に濡れるのは嫌いではない。それに濡れて困るような荷物もない。
「そういや皐哉サン、荷物どうしたンだ?」
「言ったろ。進路指導抜け出してきたって」
 つまり、学校に置きっぱなしというわけだ。
「財布はあるし、別に困ることもないからな。このまま帰る」 
「相変わらずだよなぁ、皐哉サン」
「それだけが取り柄だよ」
 雲の切れ間から、わずかに日がさし始めた。もう雨も通り過ぎるか。
「次のライブも、前と同じとこなんだろ?」
「ああ。来てくれるよな」
「…暇にしておく」
 そう言って、軽く手を振る。

 ガラスの扉を開け、眞崎は雑踏の中へと歩き出す。
 最後の雨がアスファルトをたたく。再び人通りが多くなった道を、ゆっくりと
眞崎は歩いていった。


 


 

無敵の黄龍も、進路指導には弱いらしいです(笑)。つーか面倒くさいんだな。
彼の進路も決まってますが、今はまだ秘密。本人の志望通り、文系です。
彼にとって雨紋は「かわいい後輩」なのかもしれません。
ここが雨のシーンになったのは、四號が渋谷で雨に降られたから。
さて、二人が雨宿りした百貨店はどこでしょう。当たった方には小説プレゼンツ。
問題は、作者がそれを覚えているかということですね。

 

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