やたらと冷えこみがきつい日である。 新宿駅から電車を乗り継ぎ、眞崎はカバンと紙袋を手に、自宅からかけ離れた 駅で降りた。 当然ながら、自分の家があるわけではない。親戚がいるというわけでもない。 いるのは年上の知人である。 駅からしばし歩いたところにある、レンガ色の中層マンションの前で、眞崎は カバンを背負いなおした。 すでにあたりは暗くなっている。時計は8時すぎをさしている。どう考えても、 一般的に訪問が許されるような時間ではない。 ロビーの照明はやや暗めになっている。すでに覚えたオートロックのナンバー を押し、エレベータへ向かう。彼女の部屋は八階だった。 完全オートロックだけあって、完璧に空気が密封されているぶん、外の冷気が 入ってこないのがいい。 紙袋を持ちなおし、かじかんだ指を息で暖める。階数を示す数字が入れ替わり、 8の字が点灯した。 電子音ともにドアが開く。その瞬間に入ってきたのは、冷たい風。 廊下を行く足音がやけに響く。きれいに掃除してあるのはよいのだが、ここの 足音の方もなんとかならないものかと、来るたびに思う。 金の取っ手の黒い扉。表札には苗字だけ。 ――天野と。 ノックの返事は早かった。あわただしい足音の後、鍵が開く音がする。 「皐哉!」 「遅くなった」 「寒かったでしょう。とりあえず上がって」 彼女も、部屋着というほどくつろいだ格好ではなかったが、普段のスーツ姿よ りはまだくだけている。 「悪かったな、連絡いれたのに遅くなって」 「大丈夫。こっちも仕事の打ち合わせが遅れたから…」 「そうか」 眞崎はコートを脱ぎ、ソファーの背にかける。この部屋は、暖房がかなり強め になっているようだった。『打ち合わせが遅れた』というわりには、結構前から 空調をいじっていたらしい。 「その袋、どうしたの?」 「久々に学校行ったら、バレンタインだった」 どうもこの一年が非日常的すぎたのか、眞崎にはこういった世間的な習慣が、 なじめないものになっている。『久しぶりに真面目に学生した』というのが眞崎 の本音だ。 「さすがに人気者ね。他の子たちからももらったの?」 「美里たちか? 上の方に乗っかってるだろ」 体を沈めるようにして、眞崎はソファーの上で横になる。 「結構あるわね…数えたの?」 どうやら、天野は眞崎の袋をのぞきこんでいるらしい。 「さぁ。昼に何個か食べたしな」 「あきれた。ひょっとしてそれが昼食?」 「仕方ないだろ。購買が休みだったんだ」 「栄養状態悪くなるから、きちんと食べなささいって言ったのに」 「反省してるよ」 「…うそつき」 食生活については、周りからさんざん言われて、耳にたこができている。一応 自炊はしていることだし、普段は、もう少しましだと思っているのだが。 「わかったわ。とりあえず何か作るから。どうせ夕食もまだなんでしょう?」 「そういえば、まだだったな」 「…残したら承知しないから」 「はいはい」 からかうようにおざなりに答えて、眞崎は目を閉じた。 さすがに、一人暮しに慣れた女性の手料理は食べごたえがある。 「ごちそうさま」 「満足した?」 「かなり」 「よかった」 自分で作るときとは皿数からして違う。他人につくってもらうというのも大き いが、誰かと一緒に食事をするということが、眞崎が安心できる要因なのだろう。 「ちょっと待ってて。何かいれるから」 天野が皿をまとめてキッチンへいく。 「時間かかるかもしれないけど、かまわない?」 「ああ」 そういって、眞崎はいきなりまた横になる。 キッチンからただよってくる、甘い香り。 「食後のお茶というわけじゃないけれど」 ゆっくりと眞崎が体を起こす。手渡されたカップの中身はココアだった。 「チョコレートばかりじゃ飽きるでしょう?」 「danke」 つまり、これがバレンタインのチョコの代わりというわけだ。こちらの方が、 さっぱりしていて気がきいている。 「コート、かけとくから」 「ああ」 横になったときにしいたらしい。裾のあたりがしわになっていた。 「…制服着てると高校生なのにね」 「老け顔で悪うございました」 すねたようにつぶやくが。たぶん彼女はそれを見ぬいているだろう。 学校の帰りにここまで来たから、眞崎の格好は真神の制服のままである。 「そういうわけじゃないの。ただね、そうしてると…」 かすかに、香水の匂いがした。グリーン系の、爽やかな軽い香りが彼女らしい。 近づいてくる、柔らかな肢体。 「そうしてると?」 肩に、しがみついてくる細い腕。 「やっぱり高校生なんだって思ってね」 天野と眞崎が会うときは、たいてい何かの事件が起こったときだ。“高校生ら しからぬ”印象が強くても仕方ない。 「年下は嫌いか?」 「さあ」 「そんなに恋愛したことないもの」 「俺もないなぁ…」 「人生の長さが違うでしょ」 「まだ十八なもので」 この場合、年齢差というのはどのくらい関わってくるのだろうかなどと、馬鹿 なことを考えてみたりする。そういうのも――おもしろい。 「皐哉」 「ん?」 からみついた腕は、まだ離れない。 「年上の――女は嫌い?」 さても魅惑的な一言。 「実は年上好きだって言ったら、どうする?」 長くのびた前髪をかきあげられ、視線が重なる。 先に笑ったのは彼女の方だった。 「ありがとう。御世辞でも嬉しいから、とっておくことにしておくわ」 「本音だったんだがなぁ…」 「四割くらいでしょ」 「おや、ばれたか」 軽口とともに、舌を出す。彼女が離れ、体が軽くなる。 「そういうところ、直した方がいいかもね。女の子に嫌われるかも」 「参考にするよ」 天野は眞崎の横に座り、自分のカップを手にくつろいでいる。眞崎とは違って、 彼女のカップに入っていたのは薄めのコーヒーだったが。 「仲間の女の子からも、色々言われない?」 「特にこれというのは何もなかったな…まあ、実際はそれどころじゃなかったと いうのもあるだろうけれど」 「あのロングの子は?」 「美里? あいつはおとなしいもんだ。なんたってうちの自慢の生徒会長様だし」 「苦手でしょう。ああいうタイプ」 「よくわかったな…」 「オバサンの目を甘く見ない」 「ルポライターの目、だろ」 女の側にしてみれば、やはり年齢差というのは重要なものなのだろうか。彼女 は時々、こうして自分の年齢を茶化すようなことを言う。 「気になった相手がいなかったわけじゃないけどな」 「マリアのこと?」 「……」 彼女がどこに行ったのか。真神の仲間たちも誰も知らない。唯一行方を知って いそうなのは犬神だが、何故か、彼にそれを問うのは気がひけた。 マリアには、マリアの道があるはずだ。それを――無理に歪めることはない。 「好きだったんでしょう? 本当は」 「…たぶん、な」 苦い口調。声も少し低くなっている。 「俺がこんな“宿星”なんか持ってなかったらよかったのかもしれない」 光の――“陽”の象徴たるこの宿星。それはきっと、マリアにはまぶしすぎた。 誇り高き、闇の眷属には――。 「…そんなこと言わないの」 慰めるように、天野が寄りそってくる。 「きっと、その“宿星”がなかったら、こうして私が貴方に会うこともなかった」 ふと思う。 すべては、その“宿星”に決められた道を進んでいるだけなのだろうか。 あらゆる人も、あらゆる命も。 だとしたら――不愉快だ。 「それだけが、救いだな」 「だから、そんなことを言わない」 香りがただよっている。爽やかなはずのその香りが、どこか情感を煽る。 「貴方は幸せよ、きっと。自分の信じるもののために戦えたのだから」 「そんな大層なものじゃなかったけどな」 「それでも、戦ったんでしょう?」 近づいてくる声が、ひどく甘い。 「戦えることが、私にはうらやましかったもの」 “力”のある者と“力”を持たぬ者。二者がどこで分かれたのか。 それらのすべてが、“宿星”とやらに決められていたのだろうか。 「貴方たちの手助けをするぐらいしか、私にはできなかったから…」 「助かったよ。絵莉のおかげで」 ゆっくりと腕をのばして、彼女を抱き寄せた。その腕に抱かれ、天野は眞崎の 胸にしなだれかかる。 「俺がこうしていられるのも、そのおかげだし」 「そうなの?」 「精神的に、かなり助かった」 少しぎこちなく、彼女の髪をすく。 「ダメなんだよな…本気になると相手すら見えなくなるから」 「本気の相手?」 見上げる額に、眞崎は軽くくちづける。 「手強い奴。美人なんだけどな」 「そんな人いたんだ」 「……」 「マリア以外に?」 「――ああ」 「そう」 彼女の唇が近づいてくる。拒む理由は――どこにもなかった。 かすかに、コーヒーの苦味がする。 互いの唇が離れ、一呼吸ついてから、天野は『仕方ない』とでも言いたげに、 軽く首を振った。 「とりあえず、女といるときに他の相手の話はしない方がいいわね」 「――妬くからか?」 これは、いつものように茶化したのではなく――真剣に尋ねたのだが。 「貴方は――まだ若いし」 つまりは、そういうことらしい。なんとなく嬉しいのは、自分の捻れてひねく れた性格のせいにしておくことにする。 「ホワイトデーなんだけど」 「ん?」 唐突に天野は話題を変えた。こう言うときは、何かあるときだ。 「取材が入りそうなの」 「それは…困ったな」 礼くらいはしておくつもりだったのだが。 「だから、お返しなんて考えなくてもいいから」 「今返すってのはありか?」 「…今?」 呆れた顔が眞崎を見上げている。怒るのも馬鹿馬鹿しい――そんな顔だ。 「どうしてそんなこと考えるの?」 「――若いですから」 「もう」 動いたのは天野の方。 「そういうことなら、仕方ないからもらっておくわ」 彼女の整った指が、一つ一つ、上着のボタンを外していく。堅い学生服の生地 が、無粋に思えて仕方ないが。 「仕方ない、な…」 首筋に触れる指。それをつかんで舌を這わせる。 「ちょっ…まだ…」 「服なんていつでも脱げるだろ」 彼女の腰に腕をまわし、耳元で低くささやく。 「それとも、このままベッドに行った方がいいか?」 ためらいがちに、天野がうなずいた。 「了解」 その証拠とばかりに、耳にキスをして。 「え…っ?」 驚いている彼女を横抱きに抱きかかえて、立ちあがる。そうやって抱きかかえ られている方としては、かなり動揺する行為なのだが、当然ながら、眞崎が気に するはずもない。 「皐哉、そこまでしなくたって…」 「あんまり暴れると落ちるぞ」 「そ、そんなこと言われたって」 このあたりに性格の差が出てくるのだろう。 照明の糸を引き、寝室のドアを開ける。それを閉めもせずに、そのままベッド に彼女を降ろす。 「明かり、つけるか?」 「どちらでもいいけど」 天野の手が眞崎のシャツにのびている。 「…そんなに俺を脱がしたいのか?」 「だって、普段脱がないでしょう?」 肌を合わせる、という表現があるが、自分の場合にはあまりそぐわないような 気がする。誰かと一緒にいたとしても、肌をさらすということがないのだ。 「そっちの方が燃えるっていうらしいけど」 「そうなのか?」 シャツのボタンがすべて外れた。天野は眞崎の肩にかかっているだけの上着を、 そのままひじまで下ろす。 「知らなかったの?」 「面倒だからな、服脱ぐの。それに…」 「それに?」 これを言っていいものだろうか、と一瞬考えた。 「間が崩れるのが嫌だ」 首筋を這う舌。上着の袖から腕を抜き、天野の胸を揉みしだく。こらえること すら忘れられた、甘い声が耳に届いた。 「それだけ?」 「そういうことにしておこう」 「――うそつき」 彼女の背へと手をのばして、ブラウスのボタンを外し、肩の紐ごと腕へと引き 下ろす。白い肌は柔らかく、張りがある。女性特有の、包み込むような感触。 愛撫する手に応えるように、彼女の呼吸が変わっていく。それが愉しくはある。 その反面、それをどこか冷めた目で見ている自分がいるのもまた事実だが。 形のよい乳房に触れ、先端に触れるか触れないかと言うほど軽く舌で転がすと、 彼女の腰が淫らに動きだす。その腰を上から抑え、わざと身動きが出来ないよう にしていく。 すでに、彼女の体は熱を持ち始めている。自分から、彼女が服を脱いだ。熱く なった体には邪魔なだけになった服を剥いで、眞崎の体にすりよってくる。 「ね…え…」 「ん?」 気まぐれに動いていた眞崎の手が止まった。 彼女の指に導かれて、指だけがゆっくりとその中へと入っていく。熱く、した たり落ちるまでになった体の中で、指だけが淫猥な音をたてて動いている。 「…はっ…あぁ…」 眞崎の指にあわせて、女の体がよじれ、もだえる。艶のある、声とも吐息とも つかぬ音が耳に入ってきた。 彼女の腕が、素肌に触れた。胸をまさぐっていた指がある箇所で止まる。 「これ…傷跡…?」 「ああ。まだ跡が残ってるか」 触れるだけでわかるのだから、かなり目立つ傷だ。柳生に斬られたときの傷が、 胸を斜めに横切る跡となって残っている。 「女じゃないからな。傷が一つ二つついたところで…」 天野はシャツをまくしあげ、その傷を指でなぞっている。半ば陶酔に近い瞳は、 充分すぎるほど快楽の色に染まっていた。 「絵莉?」 彼女の舌が傷跡に触れた。その顔を上げさせ、彼女の中でうごめいていた指を 抜く。その瞬間だけ、わずかに天野の表情が変わった。それもごくわずかのこと で、彼女はまた眞崎の胸に舌を這わせる。それが徐々に下方へと降りていく。 胸が熱い。彼女の行為のせいか、それとも――。 ベルトを外す、金具の音。覆うものがなくなった昂ぶりに、彼女はためらいも せずに舌を這わせる。 ここまで執拗に求められることなど、そうそうない。彼女の雫で濡れたままの 指でその頬を撫で、強引に顔を上げさせた。 さっきまで自分のものをくわえていた口へと、指をすべりこませて。長い指に からみついてくる舌の感触が、ざらついた刺激となる。 唾液でからんだ指で彼女の体をなぞり。腰をつかみ、自分のものにあてがう。 何度か先だけを触れさせてじらしてみると、その腰がねだるように跡を追うよう に動く。 「――皐、哉?」 意地の悪い笑みをひらめかせ。彼女の腰を抱き、そのまま一息に奥まで貫く。 「…あぁっ…」 その刹那、彼女の呼吸が止まった。戻った呼吸が悦楽の色に染まりきり、体が 慣れるまではわずかな間。 やがて、彼女がゆっくりと腰を動かし始める。それに合わせ、眞崎の手が背を 撫でていく。桜色に上気した頬も、その体も。すべてに触れるよう。 律動が加速していく。しがみついてくる腕に力がこもる。吐息の間が短くなり、 汗が肌をつたい落下する。 抱きしめられ、彼女を抱きしめながら。 天野と同様に、眞崎は弾ける絶頂に身を任せた。 目をあける。見覚えのある天井が目に入った。天野の部屋だと認識するまでに かかった時間は、約数秒。 「…起きたの?」 「寝てたのか…俺」 「私がシャワー浴びてるあいだだから…だいたい二十分くらいかしら」 「そうか」 頭をかきむしりながら、体を起こす。 「めずらしいわね、した後で眠るなんて」 「そうか?」 「いつも起きてるくせに」 「記憶にないな」 まだ意識が半分飛んでいる。疲れているのだろうか。 「…シャワー借りていいか?」 「どうぞ」 とりあえずシャツだけを羽織り、ベットから起きあがる。 「ねぇ、皐哉」 「ん?」 「高校卒業したら、どうするつもり?」 部屋を出ようとした足が止まる。 「もしよかったら、私のところに来ない?」 「俺にヒモでもさせる気なのか?」 言ってから、少々単語の選択を間違えたことに気づく。 「貴方なら大歓迎よ。それに…仕事の方でもいいパートナーになれそうだし」 「悪くない誘いだな」 拒絶を苦笑いで包み込む。そんなもので隠しきれるようなものではないのだが。 「俺に余裕があったら、それもいいかもしれない」 「――そうね、ごめんなさい」 さすがに、彼女は理解した。しかも切り替えが早い。頭のいい人間が相手だと こういったところが楽でいい。 「悪かったわ。貴方をつなぎとめられることなんて、できるはずないのにね」 「絵莉が悪いんじゃないさ」 彼女は悪くない。及第点をつけてあまりあるほどのいい女性だ。悪いのは――。 口元が、わずかに歪む。笑みをつくろうとして失敗したそれ。 部屋を出る寸前、苦笑とも、自嘲ともとれるような表情で、眞崎がつぶやく。 「悪いのは、ロクデナシの俺」
バレンタインに、間に合いませんでした(爆)。
前から書きたくて仕方なかったカップリングです。眞崎×天野。
でも何が問題って、眞崎の本命はあくまで如月なあたりでしょうかね。
しかも女キャラ本命はマリア先生という…。
ちなみに今回、初めて眞崎が本番中に服を脱いだような気が。←しかも長い。
いや、食い散らかし魔人の名に恥じぬ腐れっぷりがうかがえますね。
あ、腐ってるのは俺か。