ORIENTAL LOVE STORY

 

 遠くで、桜の花びらが散っている。綺麗だなと思う余裕があるのが嬉しかった。
   

「なんや、アニキ。もう来とったんかいな」
 学生服の少年がかけよってくる。見なれた表情と、聞きなれた独特の関西弁。
「――遅いぞ、劉」
「わいは時間通りやで。…アニキが早いんや」
 息を切らし、肩を上下させながら、なんとか反論している様子を見て、なんか
どうでもよくなってしまった。
 時間に遅れまいと、必死で走ってきたのだろう。彼らしい様子ではある。
「ま、お前がいなくても俺は飛行機乗れるけどな」
「そりゃひどいわアニキ。わいだけおいていくんかいな」
 飛行機のチケットをとったのは緋勇だった。劉にまかせておくと、いつ日本を
発てるか、わかったものではない。
「上海行き、五時十六分発。…覚えとけよ」
「わい、そんなに物忘れひどくないで…。アニキの方が忘れるくせに」
「…何か忘れてたっけ?」
「初めて会ったとき、わいの顔覚えてなかったやんか」
「一才にもなってないときのことなんか覚えてるか!!」
 思わず大声で言ってしまい、はっとあたりを見渡した。周囲の視線が集中して 
いる。――ここが空港の中だということを忘れていた。
「…とりあえず、店でものぞくか?」
 そう言ったのは、半ばごまかしに近かった。


「色々あるんやな…なんやこれ?」
 土産物をのぞきながら、劉はぶつぶつとつぶやいている。まるで、手のかかる
弟の面倒をみているような気分になるのはどういうことだろう。
「ひよこ饅頭?」
「形がひよこ。それだけ」
「かわいいやっちゃな…」
「…ひよこならなんでもいいのか、お前は」
「ひよこを馬鹿にしたらあかんで、アニキ」
「…はいはい」
 劉を見ていると退屈しない。そこらの高校生みたいに、かったるそうな表情を
することもない。これが、大陸育ちの気性なのだろうか。
「時間、大丈夫かいな、アニキ」
「ああ。ちゃんと見てるって。俺を信用しなさい、弟よ」
「あ、今わいのこと馬鹿にしたやろ」
「――わかったか?」
 軽く舌を出し、笑う。劉もつられて笑った。
「ひどいな、アニキは」


 
 卒業式の後。
 京一には「男と約束してるなんて寂しいヤツだな」などと笑われたが。
 (しかし、「大陸に修行に行くなどと言ってる奴もどうよ?」と思うけれども)
 劉に呼び出されていては、緋勇が断れるはずがなかった。

 桜の舞う新宿中央公園。ここで真神の皆と花見をしていたのが、もうずいぶん
昔のことに思えた。

「中国に帰る?」
 劉の台詞を鸚鵡返しにつぶやく自分がいる。
「日本で、こっちで、わいのやらなあかんことも終わったし…。一度村に帰って、
みんなに『終わったで』って、言おう思うてな」
「そうか…」
 考えもしていなかったが、高校を卒業すれば、自分も仲間たちもそれぞれ別の
道を歩んでいくのだ。まだ学校に通う仲間は別として。
 だから、劉が故郷に帰るということも、充分考えられたはずだった。
(そんなこと…考えもしなかった)
 またいつものように、皆で馬鹿騒ぎができるものだと思いこんでいた。
 自分にとって、いい思い出ばかりではなかったけれど、十八年の人生の中でも
かってないほど充実していた一年間だったから。
(なんか…まずったな…)
 単純に、このまま皆とやっていけたらと考えていた自分が、子供のように思え
てきた。皆には皆の事情があるはずで。少し考えたなら、わかるはずだった。

「だから…アニキさえ迷惑じゃなかったら…わいと一緒に中国に行かへんか?」
  
「は?」
 我ながら――間抜けな返答だったと思う。
 半ば以上、緋勇は自省して聞き逃していた。
 はっきりと聞いていたのは、本当に最後の部分だけで。
「いや、アニキが嫌ならはっきり言うてくれていいんや。別に…それでもしゃあ
ないと思うとるし…」
「お前と一緒に…中国へ?」
「…ほんまに、嫌やったらいいんや。アニキにはアニキの事情もあるんやろし、
無理言うたかてあかんことやろし…」
 人の目を見て、まっすぐに話しかけてくる劉が、必死で目をそらしている。
「……」
「…アニキ?」
「……」
「…すまん。やっぱわいが無理言うたな…アニキにずっと甘えてばっかや…」
「……よ」
「え?」
「勝手に決めんなよって言ってんだよ!」
 自分でも驚くような声だった。大きいというよりも鋭いというような。
「――アニキ?」
「どいつもこいつも、さっさと自分の道決めやがって…俺だけ残ったじゃないか」
「アニキ、いったいどないしたんや」
「お前も、みんな、勝手なんだよ」
「すまんと思うとるけど…言う機会がなかったんや。やっぱな…」
 明らかに気落ちしている劉の腕をつかみ、自分の方に引き寄せる。
「まさか、一人で帰る気じゃないだろうな?」 
「って、アニキ…?」
「俺おいて、一人で行く気じゃないだろうなって言ってんだよ!」
 自分で言っておいてなんだが――照れくさくて目が合わせられない。
「そんじゃ…」
「俺も一緒に行くって言ってるんだ。お前みたいに危なっかしい奴、一人にして
ほったらかせるわけがないだろうが」
「なんや、そんなんやったら…」
 一気に劉の表情が崩れた。
「そんなんやったら、もっと早う言うてくれたらよかったのに」
「…お前が言わせてくれなかったんだよ…って、泣く奴があるか」
 ぼろぼろと、劉の目から涙が流れ出している。
「アニキが泣かせたんやで、アニキはわいを泣かせる天才や…」
「そんなこといわれてもな…。ああもう、泣くなって」
「わかっとる。わかっとるけど…」
 ぽんぽんと、弟にでもするように肩を叩く。確かに彼は「弟」ではあるのだ。
「なんや知らんけど、涙が止まらへんのや」
「仕方ない奴だな…」
 苦笑いしながら、肩を叩く。
「アニキ…わいをだましてるんちゃうやろな」
「お前みたいに単純な奴、だましてどうするんだよ。それに…」
「それに?」
 ごほん、と、一つ大きな咳払いをする。
「野郎と一緒に出かけようとしている時点で、本気じゃないとできないと思え」
 完璧に、自分の負けだ。惚れたら最後とは良く言ったもの。
 劉が笑った。「泣き笑い」という言葉そのままに。
「――ならわいは、もっと強うなる。わいのせいでアニキがつらいめにあわんで
ええように、もっともっと強うなるで」
「ああなれなれ。そしたら俺も強くなるから」
 ――強くなって、お前を悲しませることのないように。
「競争するか? どっちがより強くなるか、向こうで」
 海を越えて――自分たちの生まれた場所で。
「もっとも、お前が俺に勝てたらの話だけどな」
「アニキ、そりゃ言うこときついで…」
 ころころと、めまぐるしく変わる表情。彼と一緒にいれば「退屈」という言葉
とは縁遠くなりそうだ。

「一緒に帰ろうな、わいたちの生まれたところへ――」
 



「弦月! 時間ないって言ってるだろうが!」
「なんや、土産くらい買ったってええやんか」
「飛行機は待ってくれないんだぞ。必死で稼いだチケット代、パーにする気か!」
「そんな怒らんでもいいやないか…」
「…怒ってない」
「いいや、怒っとる」
「怒ってないって言ってるだろ! さっさとゲート行くぞ!」
「やっぱ怒っとるやないか…」
 自分で食べるつもりらしい、大量の土産袋をかかえて、劉が緋勇の後を走る。
時間ギリギリでゲートをくぐって、飛行機の中でシートを探し出したころには、
二人とも息が切れていた。
「あっぶねぇ…出発ギリギリ…」
「アニキ、わい飛行機初めてなんやけど…」
「あー、大丈夫。たぶん落ちやしねぇ」
「たぶんって…」
「落ちても俺たちぐらいは生き残るんじゃねぇの?」
 能天気な発言は、さらに根拠のない、能天気な発言で返された。
「そうやな。アニキがおるんやし」
「なんで俺がいると大丈夫なんだ」
「え? なんとなくそんな気がしたんや」
「お前な…」
 これからの前途を考えて、少し心配になったのは…仕方のないことにしておく。
なんせ、連れが連れだ。それを選んだ自分もたいがいということで。
「そういや、アニキ」
「なんだ?」
「さっき、わいのこと“弦月”って呼んだやろ」
 意外と――耳ざとい奴だ。これが本音。
「お前の名前なんだから、お前の国の言葉で呼んだ方がいいかって思っただけだ」
 シェンユエ――妙に柔らかい響きのその名前で。
「やっぱわい、そっちの方がええわ」
「じゃあ、これからはそっちにする」
「ほんまか!?」
「…あー。わかったから、とりあえずシートベルトして座れ」
「締めなあかんのか、これ。窮屈なんやけどな」
「あそこのライト消えるまでな」
 にぎやかというか、落ち着きがないというか。
 ゆっくりと機体が動き出す。かすかに重力が体にかかってきた。
「なんかあるまで寝てるから」
 そう言って、目を閉じる。
「アニキが寝るんやったら、わいも寝る」
「…別に真似しなくたっていいんだぞ…」
「一人で起きとってもつまらんやんか。おやすみや」
 隣りで劉が動く気配がした。体にかかるGが強くなる。まだ不安定なままの、
エンジンの回転が、振動となって伝わってきた。


「なんや…幸せやな…わいは…」
 寝言のような一言には、あえてこたえないようにした。
 自分もそうだと告げるのは、やっぱり少々照れくさかったので。

 
 

 


 

はい。月伽サン御指名の主劉でした。かーなーり、俺には難しい題材でしたが。いかがでしたでしょうか。
まだ主人公に可愛げが足りないような気がするのは四號だけでしょうか。
まあ、普段書いている主人公が主人公なので、これが限界ということでご容赦下さい。
とりあえず、この話は劉ごとすべて月伽サンに捧げます。当然の如く返却不可。
飛行機のボディーチェックで毎回必ず金属探知機を引っかけるという四號は、
彼らが無事に日本を脱出できたことが不思議でなりませんが。 ま、それはそれということで…。

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