パラダイス

 

 いつもの、ありふれた風景。 雑踏と、雑音。ノイズにまみれた街が、なんとなく愛しく思える。  夕暮れの街。好き勝手な方向へ歩いていく人々。  そのすべてが、皆自分のために生きているのだろうか。 「どうした、狂哉」  隣の京一が声をかけてくる。 「いや、別に。ちょっとぼうっとしてただけだ」 「へぇ…めずらしいな、お前にしては」  初詣の帰り、結局いつものようにラーメン屋に寄って。そんなありふれたはず の一日が、ずいぶん久しぶりに思えるのは、らしくもなく病院のベッドにいたせ いなのだろう。 「ケガ…大丈夫なのか?」 「ああ。動いても平気だし…気にするなよ」  一時は生死の境をうろついていた人間の台詞ではないかもしれない。本人は、 それが不服で仕方ないのだが。 「それにしても…マリア先生からの呼び出し、本当に心あたりないのかよ」 「…さっきも言っただろ。ないものはないって」 「そうか…」  妙なカンの良さが、京一の良いところでもあるのだが。こういうときは、さす がに少々うざったい。 「で、これからどうするんだ? 約束の時間までまだあるんだろ」 「ゲーセン行くって手もあるがな…今日そんな金持ってきてないし。家帰って、 昼寝でもするか」 「昼寝って時間かよ」 「病み上がりらしいだろ?」 「バーカ」  気の良い男だ。確かにそう思う。――だからこそ、巻き込んではならないのだ。 「じゃあ、駅前で別れるか」 「そうだな」  無理すんなよ、と自然と声をかけられるのも、彼ならではのことだろう。  自分が今からしようと思っていることを聞いたなら、きっと彼は怒って止める。 それがわかるから黙っている。 「じゃあな」  さわやかに帰っていく同級生を見送り、眞崎は歩き出す。  ――家とは、正反対の方向へ。  東京に、新宿に越してからかなりたつ。どこがどういう場所で、どんなときに 役立つか――それくらいの知識は頭に入っている。  バブルの残滓が消えぬまま残っている、今ではすっかりさびれたような場所。 怪しげな外国人がたむろしている、半ば日本でなくなったような場所。それらの すべてを含めた、この東京。  そういう東京という都市が――眞崎は気に入っている。  すでに、守るとかそういう問題ではない。  自分が気に入っている玩具を壊されるのが癪なだけだ。  だから、戦う。それだけ。  裏通りを抜け、裏手へと向かう。眞崎の記憶が確かなら、その先には持ち主の いなくなった廃ビルがあったはずだった。  なんとかというグループがそこでたむろっていたらしいが、この前の一斉摘発 以来、このあたりには姿を見せない。おかげで、シャッターや扉も開いたまま、 このビルは無様な姿をさらしている。  自分がいつからここに来るようになったのか、もう覚えてすらいない。他人の 邪魔が入らないという点で、ここほどいい場所は自宅以外ではそうそうなかった。  むきだしのコンクリートを踏み、荒れたフロアに入る。前の「住人」が残した 卑猥な落書きが目につく。  コンクリ片の塊が落ちてきた。見た目よりもかなり安普請らしい。建築業者が 談合でもしていたか。 「――いいかげん、姿を見せてもいいんじゃないのか?」  視界に映る人影はない。後ろを振り返っても同じ。 「…場所変えるぞ」  問答無用とばかりに、早足で歩き出す。階段を昇る足音が、やけに響く。  二階。三階。四階。五階。六階。  ――七階。  振りかえり、その体勢からそのまま、発剄を繰り出す。  音をたてて崩れ落ちる内壁。振動が足元から伝わってきた。やはり――工事が 手抜きだったらしい。 「――思ってたよりマメなタチらしいな、柳生」  柱の陰に感じる気配に向かって、語りかける。 「――まるで、誘うような素振りだな、眞崎」 「それくらいわからないのか?」  血のように赤い髪。着ている服も同じ色をしている。真神のそれとは、まるで 対照的なその色。  たぶん――自分は笑っている。どうして――こんなに楽しいのだろう。 「誘ってたぜ、俺は。さっきからずっとな」  だから京一を先に帰した。こういうことは、自分一人の方が楽でいい。 「借りは返しておく主義なんだよ、俺は」 「ほう」  手にしているのは――日本刀か。遠目にもそれとわかる代物だ。それで斬られ たらどうなるかは、自分がよく知っている。 「本戦の前に、言っておきたいこともあったしな」  薄いカバンから取り出したのは、使い慣れた手甲。 「遺言でも残しておくつもりか?」 「――遺言?」  口元が、嘲りの微笑を浮かべる。かすかな金属音とともに、両手に手甲をはめ。 「俺が、そんな殊勝な真似するとでも思ってたなら――それはお前の勘違いって もんだぜ、柳生」  その気になれば、まくこともできた。人の多いところでは手を出してくること はないと悟っていたから、人通りの多い道を通れば、無事に家までたどりつけた はずだった。それなのに。  それなのに、自分はわざと人気のない場所へと進んでやってきた。 「ここしばらく、ずっとつけまわしてたよな。うざったかったぜ、結構」 「よく目が利くらしいな――」  そういう表現で、柳生は眞崎の問いを肯定した。 「だが、ここで貴様が死ねばそれで終わりだ。そうは思わんのか、眞崎」 「思わないね」  軽く、つまさきが動いた。 「俺が死ぬなんてありえないからさ」  先に――動いたのは眞崎。  柳生の横に回り、片手で掌底を放つ。間合いに飛び込むことに躊躇はない。 「…くッ!」 「退院後のリハビリくらいはつきあってくれよ」  当たりはしたが、ダメージとまで言えるほどではない。寸前で避けられたか。 「――それくらいでないと、こっちもやりがいがないけどな」  柳生が刀を抜く。次の瞬間にくる、強烈な剣技。  闇の力が放つ、《鬼剄》――。  跳躍し、間合いをはかる。  さっきまで自分がいたところには、大きな穴が出来ていた。その破壊力には、 さすがに真崎も舌を巻く。 「逃げが上達したか?」 「かもな」  それでも自分は笑っている。笑えるだけの余裕がある。 「貴様は何故、俺と戦うことを選んだ? 勝ち目などそうはあるまい」  後方へ。どれほどの手練れでも、後方へ反応し、動くときは一瞬の遅れがある。 「やってみなければわからないだろうが」 「無意味だな」  鬼剄の軌跡をかわしながら、位置を探る。柳生から受けた傷の痛みも感じない。  自分の動きにも支障はなかった。 「この世界を守る価値があるというのか? この腐った人間どもの世界が」 「そんなこと、考えたこともないな」  ――いけるか。  右、やや前方からの巫炎。  広がっていく炎に焦がされる、灰色の床。 「ほう」  ――完全に、避けられたか。 「おもしろいことを言う。ならば貴様は何の為に戦う。己を傷つけてまで」  刀の位置が下がった。次が――くる。 「仲間を集め――己を鍛えてまで――」  一際強い発剄がきた。くると考えるまでもなく、体が自然に動いている。  反動もつけずに床を蹴り、自分の間合いまで後退する。 「俺は俺のやりたいことをやるだけだ。それが――貴様の邪魔になるだけさ」  まだいける。動きに問題はない。この調子なら。 「龍脈、外法、怨念――そんなわけのわからない理屈で、俺は生まれたときから 妙な星を背負ったんだ。ここらで帳尻――」  もう一度、気を高める。漏れた気が火花となって散った。 「――合わせてもらいたいんでな」  秘拳・鳳凰。武器持ちの相手だろうが、この技には関係ない。かわす余裕など 与えなかった。 「…がッ――!」  柳生が膝をつく。その間隙を狙い、距離をつめる。  左側、移動しながらの雪蓮掌。 「貴様――」 「…いい声になったじゃないか」  どうしてこれほどに余裕があるのか。自分でも不思議なほどだった。  ひょっとしたら、これが快楽というものなのかもしれない。  立ち上がりざまにくる鬼剄。一発――避け損ねた。  左肩から血が流れる。胸の古傷でなければ大丈夫だろう。 「貴様、ここまで…」 「忘れていたのか? 俺も《黄龍》を背負ってることに」  東京の地下に眠る龍脈は、徐々に活性化している。その影響をまず受けるのは、 《器》たる者。 ――《器》たる、二人の人間。 「自分の駒を自慢するのもいいが――敵のことも知っておくべきだな」  肩の傷を押さえてみる。出血のわりに痛みはそうしない。  血のついた指を舐める。  ――錆びた、鉄の味がした。  「眞崎――」 「…第二陣、行くぜ」  傷をかばいもせず、眞崎が突っ込んだ。  上段からの打ち下ろしを右の手甲が受け流し、巫炎の熱を帯びた左手が、柳生 の胸に入る。こんな真似は――黄龍甲でなければできない芸当だろう。 「くっ…」 「まだ、終わんなよ」  至近距離からの龍星脚。意図的に、中段を狙った。  衝撃で吹き飛んだ柳生の体が、壁に当たる。 「スピードなら俺の勝ちってとこか」  髪をかきあげ、呼吸を整える。すべてにおいて呼吸は基本なのだと――そう、 師から教わったが。 「立てるな? どうせたいして効いてないんだろう」 「ふん…」  最初に受けた傷が回復し始めている。厄介な相手だ。  ――なのにこの昂揚感は何だ。 「俺を殺すつもりだったなら、あのときにやっておくべきだったな」  赤い霧。仲間から離れたあの一瞬。   「確実に俺に止めをさすか、でなければ――」  刀が動いた。横に動き、一発目をやりすごす。   「――でなければ、俺の後ろの奴らの誰かを殺すべきだった」  自分の後ろにいた誰か。誰でもいい。自分が初めて手にした、信頼というもの を教えてくれた仲間。自分の感情のまま動ける場所。 「そうしたらきっと、俺は貴様好みに壊れてた」  今何かを失ったら。たぶん自分は平静ではいられない。  それがわかっているから、戦わずにいられない。  血が、床に落ちた。  ――そして、戦うもう一つの理由。 「壊れて、真神に来る前の俺に戻って――貴様を殺しに行ってた」  結局、同じなのか。言ってから気づく。  命のやりとり。その瞬間の昂揚感と快楽。それが、今の自分を動かしている。 「俺の名の――“狂哉”の意味を教えてやるよ」  目を閉じる。視覚を遮断し、瞬時に気を練り上げる。  柳生の刀が動くより早く。凶々しい剄が届くより早く。  風が動いた。狂喜するような激しさに変わり。  全身が、動きを覚えていた。最終奥義、秘拳・黄龍。  練り上げた気が増幅し、周囲に解き放たれる。 「き、さま――!!」  刀を盾にするが防ぎきれるものではない。それほどの気を――眞崎は放った。  柳生の体が宙に浮かび、柱にぶつかる。  口もとから血がしたたっていた。ぶつかった柱は凹型にくぼみ、ひびが入って いる。――手加減など、するつもりはなかったが。 「まだ、くたばるつもりはないんだろ?」  ゆっくりと歩き、彼の前に膝をつく。 「お前の“切り札”も見てないことだしな」  やはり。自分は笑っている。  最後の敵を前にしてなお。 「…過ぎた自信は、身を滅ぼすぞ」 「それもいいかもな」  威圧するように、顔を近づける。 「一つ、教えてやるよ」  完全に――狂っているかもしれないな。そう自嘲する。 「――俺は、戦いだしたら止められないんだ。誰にもな」  いい目だ。そう思った。自分の目的を持つ、強固な意志を持った目。  たとえそれが、限りなく歪んだものだとしても。 「龍脈を手にいれたいなら――先に俺を止めてみろ」  楽しんでいる自分。こういうときの自分を仲間が見たら――どう思うだろう。 「言われる、までもない」 「そうか」 「――!」  不意に、悪戯めいた動きで。  そのまま唇を重ねた。  ついでに、右手で肩を抱いてやる。 「――貴様ッ!」 「女みたいな反応だな」  離した直後の言葉は、色気も何もなかったが。 「やっぱ、あいつほどじゃないか」 「眞崎、貴様…」  吼えるような声だ。これはこれで――おもしろくないわけでもない。 「続きがあるなら、次にまわしておくが?」  とりあえず、距離を離した。不快分を補うだけは楽しんだはずだ。 「殺す…」 「やれるなら、やってみな」  きびすを返し、歩き出す。  反撃がないことを、半ば確信していたから。  無防備ともいえるような体勢で、そのまま階段を降りた。  ビルを出た瞬間、足元が揺れた。地震か。東京では珍しくもない。  珍しくないはずのその地震が特別なものであることに、眞崎は気づいた。 「もう一人の《黄龍》か…」  龍脈が揺れている。二人の《黄龍》の狭間で。  だがそれも、もう少しの間だけだ。  それまで、この身を焦がすような焦燥をもてあますのも、悪くはない。

 


 

しかし何故いつもこんなに長い。俺のバカ…。
シナリオ「魔人学園」の時の話…らしい。でもあんまり自信ないけど。
同名の曲を聴いた瞬間出来た、とんでもないカップリング。
いけいけ最強黄龍。もう君に敵はない。
格闘系の話って、真神庵の図書室でも見かけないんで、なんか新鮮だと思うのですが。
ああ、でもこれほどアニメーション省略してプレイしたのを呪ったことはなかったです。
格闘に詳しい方、お願いですから突っ込みは勘弁してください。本人感覚で書いてます。
タイトルの並びでわかる人はわかると思いますが、全部元ネタの曲があったり。
まあ、これが俺の趣味なんで。タイトル考える手間省けるし。
だから何でこのタイトルでこの内容なのかは、つっこまないでください。
…元ネタの歌、カッコ良すぎで悦。

 

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