体が熱い。 気が――狂いそうだった。 「――如月」 背筋が総毛だつほど、体が応える。たった一言だけで。 後ろ手に縛られた腕。荒い息が耳元にかかる。 「――」 何を言われたのか。頭で考えることすらできなくなっている。 もう、駄目なのかもしれない。そう思った。 「…つらいか?」 言葉を返す余裕すらない。頬をつたう汗を、己で拭うことすらできない。 如月の部屋に上がり、照明すらつけず、彼は自分を求めてきた。まるで、すがって くるかのようなその眼差しに、心を動かさなかったといえば、嘘になる。 その結果くるものが何なのか、自分は知っていたというのに。 時折、発作のように彼は執拗になる。 そういうとき、自分は抵抗すら許されない。 ――相手を、奴隷としか思っていないのかもしれない。 彼が欲しがるのは、完全な服従だけだった。 「…何回イったか、覚えてるか?」 黙って首を横に振る。 「――だろうな」 楽しそうに――心底楽しそうに、彼は笑う。 その笑みは、他の人間には決して見せない顔だ。 他者をまとめる《黄龍》の彼ではない。一人の、個人としての《眞崎皐哉》の顔。 「いいかげん、声を出せるようになれよ」 声をこらえる癖――それは如月の習性に近い。 他人の前で――それがたとえ眞崎であろうとも――醜態を曝すということですら、 如月にとっては苦痛だというのに。 それをわかっているからこそ、眞崎は声をあげさせたがる。 「…嫌、だ…」 「そうそう、その声」 はだけた胸元を眞崎の舌が這う。表情はわからないが、きっと――笑っている。 手首が痛んだ。 無造作に着物の紐で縛られただけだったが、抵抗しようとしたせいで、さらに食い 込んだらしい。いつもなら、このくらい簡単に抜けられるのに。 「あんまり暴れると、手首、跡が残るぞ」 腰まで下りた舌。何も――考えられなくなる。 早く――全てを忘れなければ。 この現実を離れて、幻想へ――。 「――だろう?」 眞崎の声がする。また、現実に引き戻すために。 絶対に彼は――自分を解放してくれない。 鼓動。呼吸。すべてがわずらわしくなる。 それでも、自分は彼に逆らえない。 「腕、ほどいてほしいか?」 笑っている。楽しんでいる。こういう彼の顔が――一番怖い。 自分がどうなるか、わからないから。 自分が壊れていくのがわかるから。 「――どうすればいいか、わかるよな?」 うなずきも、考えもしない。 黙って、彼の無言の命令に従った。 腰を上げ、彼の肩に寄り添う。その肩に、慣れない動きで舌を這わす。戒められ、 不自由な両腕のせいで、よけいに動きはぎこちなくなる。 如月の髪をすく指だけが、奇妙なほど優しい。 耳に。首に。肩に。胸に。何も考えず舌を這わせる。 まるで――操られている人形のように。 腰に。両の脚に。昂ぶり、自分を犯すものに。 ゆっくりと、何度も舌を這わす。 初めは抵抗した行為だった。それがわかってから、彼はなおいっそう強制するよう になった。――如月の自尊心を壊し尽くす。ただそれだけのために。 「もう慣れたか?」 髪をつかみ、強引に顔を上げさせられる。 痛みを訴えることすら消えていた。 「…いい顔になったじゃないか」 唾液と体液で汚れた唇。虚ろな表情。 その頬を、彼の指がゆっくりとつたう。 「…眞、崎…」 頬を何かがつたっている。眞崎の指ではない。己の汗でもない。 「どうしたいんだ」 声にならない。喉の奥でその言葉がせき止められる。 「――」 体が熱い。 気が――狂いそうだ。 狂っているのは誰だ――。 自分か、彼か。 「言ってみろよ。俺が欲しいって」 鋭い眼光。獲物を見るようなそれ。 その眼差しに射止められ、恐怖する自分。 そして――自分の信じた世界が崩壊する。 「欲しいんだろ? 俺が」 汚い囁きが、すべてを侵食していく。 自分の意志が、壊れていく。崩れていく。消えていく。 「…眞、崎…」 かすれた己の声。乱暴な呼吸で疲弊した喉には、それが精一杯だった。 「僕は…」 僕を見るな。僕に触れるな。僕を壊すな――。 そう叫ぶ声は、彼には届かないから。 「――抱いて、くれ…」 だから、彼に服従する。 抵抗を忘れた奴隷のように。 現実から逃げるために。 自分の呼吸。彼の呼吸。重なる音。 奪われた唇と侵入する舌。からめとられるような動きに合わせ、眞崎の手が如月の 肩を抱いた。 暗い部屋で、互いの舌がたてる音が卑猥に響く。 離れた唇が耳朶を噛む。 「如月」 体を倒した眞崎が声をかける。返事はしない。 「欲しいなら――お前でやれよ」 腕を縛ったままだというのに――彼は無理を言う。それが如月にもたらす焦燥が、 どれほどのものか、誰よりも熟知しているがゆえに――如月を弄ぶ、それだけのため、 彼は、わざと声をかける。 この体勢だと、如月の表情がよくわかる。普段なら、絶対に無理だと断る体勢だ。 ――壊れているのは、二人。 無言で彼に従った。腰を浮かし、位置を探る。 「…こっちは、まだ慣れないか」 愉楽の顔。慣れない動きですら快楽であるらしい。 「――仕方ないな」 腰をつかまれ、さらわれる。 一瞬、息がつまった。体内に侵入してくる異物感。そしてやってくる、快楽と――。 ――快楽と、嫌悪。 「動くのは、自分でやれよ。俺も――優しくはないからな」 声をこらえるのが精一杯だった。後ろ手に縛られた手首がきりきりと痛む。 自分の中にある他人。自分が求めていたもの。求めながら――必死で否定したもの。 奉仕するように、ゆっくりと腰を動かす。 眞崎の手が自分の両脚の間へとのびてくる。愛撫する指に、呼吸が乱れた。 「声出せって言ってるだろ」 低い声。壊れていく意志。動くたびに増していく快感。 「…っ…」 「――相変わらず、強情だ」 指の動きが早くなる。自分の中で堅さを増していく屹立に、体が応えた。 白く、白濁する視界。 意識が霧散する。 自分の中に注ぎこまれたものを感じながら、如月は現実を手放した。