新宿の雑踏の中、学生服の青年が二人歩いている。 背丈や後ろ姿、その立ち振る舞いが、どこか似通った双子を思わせた。 「まさか、ここでお前と会うなんてな」 「僕だって思っていなかったよ」 詰め襟の学生服なのは同じだが、デザインの違いで学校が違うことがわかる。 「壬生はこれから仕事か?」 「いや…終わったところだ。これから帰って夕食をとって…だね」 「いつも世話になってるし。うちにでもくるか? 夕食ぐらいなんとかするぞ」 「いいのかい?」 「…兄弟弟子のよしみってことでな」 「なるほど」 彼にしてはめずらしく、楽しそうに笑った。 家族がいないというのも、考えようによっては気楽なものである。 高校生の一人暮しとしては、眞崎の部屋はかなり広い。その分にかかる金を、 どこから入手しているかは企業秘密と冗談めかしたりしている。 「…思っていたより、広い家だね」 一通り部屋をながめてから、壬生はソファーに座った。カバンを放りだして、 眞崎が冷蔵庫をのぞきこむ。 「先に館長が取っておいてくれたんだよ。おかげで家賃がかさむ」 「館長が?」 「俺に東京に来いって言ったのは、鳴瀧館長だからな」 とりあえず、二人分の食事をつくるぐらいはありそうだ。ここのところ外食で すませることが多かったが。 「それは…いつのころだ」 「去年の、ちょうど今ごろだな」 「どうりで館長がいなかったはずだ…」 「なんだ。何かめんどうでもあったのか?」 「そういうわけでは、ないんだが――これ、借りるよ」 眼鏡をかけ、テーブルの上の新聞をとる。 「お前、目悪かったか?」 「伊達だよ。文字を読むときだけかけている」 「意味ないんじゃないのか」 「顔をごまかすくらいにはなるからね。――君の前髪と一緒だ」 「…ばれてたか」 眼鏡をかけると、たしかに印象ががらりと変わる。少なくともスポーツの名門 というよりは、進学校にでもいそうな顔だ。 「あんまりたいしたものはできないかもしれないが、文句言うなよ」 「別にかまわない」 「…それはそれでそっけないんだけどな」 和風にでもしてやろうか。最近は、別の一人暮し仲間のところにたかっていた おかげで、すっかり和食のレパートリーが増えた。 ――魚煮て、後は汁物と野菜。それでよし。 考えるのも面倒になってきたので、結局眞崎はそれでいくことにした。 「暇なら、ゲームも一応あるが。…お前はやりそうにないよなぁ」 「……」 軽く、リビングを見やっただけだった。また壬生は新聞の方に目を戻す。 とりあえず、眞崎はさっさと作業を終えることにした。 「…ごちそうさまでした」 予想通りの礼儀正しさで、壬生が手を合わせる。 「どういたしまして」 「和食なのは、ちょっと意外だったよ」 「あ、これ如月の影響。たまには手伝えって働かされた」 「やっぱりそうか」 眞崎は皿をキッチンへと戻し、代わりに食後のお茶の支度をする。 「日本茶だけどいいよな」 「ああ」 手慣れているのが気になるのか、壬生の目は、ずっと眞崎の動きを追っている。 「慣れたものだ」 「おかげさんでな。茶道部にたたきこまれちゃあ」 「よく行ってるのかい、あそこには」 「週に二三度、か。今は。一時は通いつめたからな、…食費払えって怒られた」 「如月さんらしい」 「あいつの辞書に独占禁止法なんて絶対ないぜ。食費もなにも、俺たちの金は、 全部あいつのところに流れてるのにな」 「そう…だったかな」 「そうなんだよ」 思い出すと何か理不尽なものを感じるので、普段は考えないようにしているが。 「壬生も一人暮しだろ。食事とかはどうしてるんだ」 「適当にすませてるよ」 「適当?」 「なんだかんだいって、結局は自炊が一番節約できるけどね。ただ…仕事が仕事 だから、どうしても不規則になるのは仕方ないな」 「それでそんな痩せてるのか」 「僕よりも痩せてる人はいるだろう」 壬生がつっかかってくるのはめずらしい。 「まあ、そうだけどな…」 「それに、平均値はクリアしていると…」 「はいはい」 「……」 一度つっかかったあたりの反応が、どうも壬生と如月は似ている気がする。 「でも、めずらしいな。昼から仕事か?」 「めずらしいが、ないわけじゃない。夜だと動きづらい相手もいるってことさ」 「なるほどな…」 如月のところで仕入れた玉露の入った椀を手にしながら、眞崎は考えこむ。 政治家などなら壬生たちが動くのは夜だ。昼に動くような相手となると――。 夜働くような人間、か。 「俺が言うような問題じゃないと思うがな」 苦笑の寸前で、眞崎は表情を消す。 「これからずっと、お前は今の仕事を続けていくつもりか?」 「…前にも聞かれたような気がするな、それは」 「――すまない。気を悪くしたなら――」 「謝ることはないよ。ただ、僕にそんなことを言ったのは、君が…二人目だから」 壬生の表情は変わらない。無表情に近い顔のまま、玉露を口にする。 「一人目は、館長か」 「…ああ」 彼らしいことだ。たぶん、幼かった壬生に手を差し伸べるには、それしか方法 がなかったのだろう。自分の持つ《陰》の技を伝えることでしか。 師も弟子も、不器用なものだ。 「君と会ってから――いろいろと考えるようになったのは事実だ。たぶん、悪く はないことなんだと思うよ、これは」 「だといいんだが」 かすかなため息。見ていている方がはらはらするというのがあるが、彼はその 代表みたいな生き方をする。こっちの方が――息をのむ。 「それじゃあ、問題だ。自分の前に二つの未来がある」 「皐哉?」 「まあ、聞けよ。自分が選べる未来は二つ。光が闇を駆逐する《陽》の未来か、 光と闇が混在する《陰》の未来か。――お前なら、どちらを選ぶ?」 しばらく、彼はひじをついて考えこむ。 彼がどちらを望むのかは、だいたい予想がついていたが。 「織部の双子は、お前も知っているだろう?」 「ああ、たしか薙刀と弓を使う…」 「前に、そう尋ねられた。俺ならどちらを選ぶかって」 光と闇。相反する二つの事象。 「僕なら…《陰》の未来を選ぶだろうな。僕はずっとこの街の闇の中にいたから、 闇が残っている方が心地よいのかもしれない。それに…」 「それに?」 「光が強ければ強いほど、その闇も強くなる。どちらかを完全に駆逐するという のは不可能な気がするよ」 「――そうか」 「君はどう答えたんだ?」 予想通りの答え。予想通りの質問。 眞崎は唇だけで笑う。 「俺も――選んだのは《陰》だ」 壬生の動きが止まる。彼にとっては――予想外だったらしい。 「陽の器としては、道に外れたことかもしれないがな。俺自身がどちらかを選べ と言われたら――俺は確実にそっちを選ぶ」 少しだけ、たちの悪い表情をしてみせる。 「…意外か?」 「――少しね」 相変わらず平静な顔をしながら、壬生がつぶやく。 「でも、不思議だな。なんとなく納得がいくよ」 「そうか?」 「君も…僕と同じ人種なのかもしれないな。――光のもとを歩むより、闇の中の やすらぎを選ぶ」 「間違いなくそっちだぞ。俺は」 苦笑しながら、眞崎は湯呑みを空にする。 「俺がどうしてこんなことやってるのか、俺自身が聞きたいくらいだ」 龍脈を制御できる《陽の器》。はっきりいって、自分の柄ではない。 時折思うことがある。――もし、自分が柳生たちに与したなら。 他の仲間たちはどんな顔をするだろうか。 ――あくまで、想像だけのことだったが。 「怖くなるな、時々。俺をとりまく世界が急に変わって…今の仲間たちが、俺の まわりからいなくなって…」 「君にも…怖いものがあるのか?」 「あるさ。だから戦ってる」 初めて得た、『仲間』というもの。 それを失うのを、たぶん自分は怖れている。 正確には、『仲間を失い、前に戻ってしまった』自分を。 「光なんて…ない方がいい。その方が心がやすらぐ」 他の仲間の前では絶対に言えない台詞だ。自分と同じ部分を持っている、壬生 相手だからこそ口にできる言葉。 「君は…ここに来る前にどんな生活をしていたんだ」 「めずらしいな。お前がそんなこと聞いてくるなんて」 「めずらしいのはそっちだろう。柄にもなく愚痴を言ってくるから、僕もそれに つられたんだ」 「そんなこと気になるか?」 「少なくとも、普通の学生生活をしていたようには思えない」 「普通の学生だったぜ。暗殺者なわけでもないし」 「――眞崎」 壬生が少々乱暴に茶碗を置く。 「…普通、だろうな。学校行って、家に帰って適当に生活して。そうしてるうち に、館長から『陽の技』を習って真神に来た」 「……」 「信用してない顔だな」 「信用はする。だが、全部というわけじゃないだろう?」 壬生相手だと、どうも自分は表情をうまく隠せないらしい。壬生が敏いという のもあるのだろうが、「似た者同士」といのもあるだろう。 「今更言ったところで…どうなるというわけでもない。今の戦いとも関係ないし」 「いつもそうやってはぐらかすのか」 「聞かれたときはな」 「呆れたよ。どうやら君は――僕が思っていたよりずっと」 「ずっと?」 「性格が悪い」 「――違いない」 ふと、視線が合う。 「皐哉」 「なんだ?」 「もし僕が死んだら…そのときは死に水をとってくれないか」 いつもの口調で、あまりにさりげなく投げかけられた言葉。 自分もまた、いつものように投げ返す。 「断る。自分の始末は自分でつけろ」 「そう言うと思ったよ」 さらりと眞崎の言葉を肯定し、壬生がうなずく。 「君は簡単には人を認めないから」 「――お互い様だろ」 空になった湯呑みを手に、立ちあがる。 「お前のも空か?」 「いや」 「そうか」 急須と自分の湯呑みを持ち、眞崎はキッチンへと向かう。そのまま流しに食器 を置いて、テーブルに戻る。 座ったのは、壬生の隣り。 「…どうした」 「君は、この戦いでどうしたいのか、考えていた」 「で。想像はついたのか?」 「さぁ、どうだろう」 はぐらかすような微笑。 「少なくとも、他の皆みたいに、はっきりした目的がある風には見せてないね。 そういうことは君も好きじゃないだろう?」 「――まあな」 何かを勝ち取るために戦っているわけではない。 ある意味では――消極的ともいえるだろう。 「それほど…自分をさらけだすのが嫌なのかい?」 他の誰も問うことのない問い。彼でなければ、自分は答えることはないだろう。 あまりに似すぎた、もう一つの星。 「――嫌だね。考えるだけで寒気がする」 腕を伸ばした先には、壬生の肩。 「そんなこと、思いもしなかったな」 「……」 抵抗がないのはわかっていた。 静かに身を任せている彼の耳もとで、小さくつぶやく。 「それで、お前はどうなんだ?」 彼は答えない。その視線だけが眞崎を射る。 「そういうのも、悪くはないと思えるようになってきた」 肩にかかる重み。壬生の首に両腕がまわる。 「――相手によりけり、だけど」 「あたりまえだ」 唇を重ねても抵抗らしい抵抗はない。その従順さが一つの事実を物語っている。 「初めてじゃない、か…」 「君だってそうだろう」 少し――気分を害したらしい。目をそらしてふくれている。 「相手は誰だ?」 「御想像におまかせする」 「……」 館長あたりかとも思ったが、いまいちピンとこない。まあ、そんなことはどう でもいいことだ。 襟のきっちりしまった喉もとに手をやり、ファスナーを下げる。 肩をつかんだまま、その首筋に軽く口づけた。 「…皐哉」 「――なんだ」 不慣れに動く、眞崎の髪をすく指が止まる。 「僕が死んだら…僕は、君の闇になろう」 「俺の闇に?」 「君に光が届かないよう。君が闇の中で安らげるように」 「……」 「――それぐらいには、僕を認めてくれていると自負しているんだが」 誰の中にも心の奥底に闇がうごめいている。ゆらゆらと、何かを待つように。 それを、お互いに知っている。知っているから、共にいる。 ――だから、死ねば闇が残るのだ。想いを宿した心だけが。 「悪くない、考えだ」 ゆっくりと舌を這わせながら顔を上げる。 最後に残るのは、生き延びた者の中にある想いだけ。その刹那的な思考が、二 人を結びつけている絆になり。 「先に死んだ方が負けだな。それなら」 にやりと笑いかけて、一瞬止まる。 「俺もお前も――死ねば闇に還るだけか」 ――その絆が、永遠に連鎖していく。 お互いの中に相手がいる。無限の連鎖を繰り返す、刹那の絆。 その瞬間しか、それは届くことのない想いだから。 「俺は、そんな甘い約束はできんがな」 「わかっている」 哀しげに壬生が笑う。 「――君の闇は、僕が引き受ける。だから光は――彼に託した方がいい。僕の闇 では、君の光は支えきれられないだろうから」 「――お前も甘いな」 思わず漏れたため息が一つ。 「そう思うよ」 重ねた唇、絡めた舌。音をたてるくちづけすら、刹那のものでしかない。そう いう関係でしかないのだ。自分たちは。 「そうさせたのは君だけどね」 「――お前…そんなところで殺し文句か?」 軽く流して、その胸に顔をしずめる。伝わってくる鼓動が哀しかった。 「悪くないだろう?」 「…ああ」 そう言って、またくちづける。何度も、互いを確かめるように。 そしてまた、刹那の幻にすがる。 ――結局は、それだけの関係なのかもしれない。 それでも、自分たちがどこかで満たされるなら。 それだけで充分だった。 「僕も…変わったな」 かすれた声が耳に届く。 「そうか?」 「僕自身が戸惑うくらいには」 「俺は今のお前が気に入っているんだがな」 ボタンの外れたシャツの下の肌に触れながら、嘲笑うよう、眞崎がつぶやく。 「所詮、俺もお前も、同じ穴のムジナだってことだ」
今回の書き下ろしの中で一番おとなしいもの。
元ネタの唄とあってる、数少ない作品かもなぁ…。 元唄かなりこうツボだったんで、使わずにはおれず。
壬生相手って、どこか二人とも割り切ってないとつらいです。
なんというかこう、壬生が薄倖系なのが原因かと。でも妙に男前じゃないか壬生?
つーか壬生かなりポエマーでげふん。いいや朧あれだしといって強引にふみきりました。
今回思ったより眞崎の本性出ましたね。こんな奴です。しかし舐めるの好きかお前。
眞崎シリーズって、なんだかんだと全部つながってるって知ってますか?
知らなくてもいいけどね。