古びた匂いと、どこか薄暗い印象の店内。雑多に置かれたさまざまな品。 それが、如月骨董品店の第一印象だった。 (古そうな店だな…) そんなありきたりの感想しか、自分にはなかったが。 「…いらっしゃい」 奥から出てきたのは、自分と同じぐらいの年齢の青年だった。 実をいえば、かなり意外だった。 こういう店なら、いかにも死にそうな老人か、えらくうるさそうな壮年の店主 がしきっているものと思ったからだ。 (店主の息子か何かかな…) そう龍麻が考えたのも無理はない。 「その制服は…真神学園か」 青年は龍麻を一捌してつぶやいた。 「へぇ、真神のこと知ってるんだ」 北区のこんなところまで、真神の名前が通るとは思っていなかった。 「いや、前に新聞部とかいうのが取材にきたことがあったからね」 それで高校の学内新聞に、骨董屋などという不思議な宣伝がのっていたのか。 しかし、いったい何を取材しに来たのだろう。 「…何か探し物でもあるのか?」 「そういうわけでもないんだが…」 旧校舎の帰りにふと思いたって来てみたが。まさか、これほどいろいろな品が あるとは思わなかった。 ふと目を落とした先に見えたのは、古びた手甲。手入れはしてあるようだ。 「これ…触ってみてもいいか?」 「ああ」 感触は悪くない。手入れがきちんとしてあるし、紐の類もしっかりしている。 なにより、丁寧に磨かれているのが気に入った。 「こういうのって、お前が手入れするのか?」 店先に座り込んだ店主は、おっくうそうに顔を上げた。 「たいていの品はそうだが」 「骨董屋って、こんな手甲なんかも売ってるんだな」 そう言うと――彼はふっと笑った。 「うちは少し特殊な店でね」 引き込まれてしまいそうな顔だった。 (こういう顔もできるのか、こいつ…) 奥から出てきたときの無表情とは、うってかわったような顔だ。 店主の年齢といい、店の品揃えといい、どうも変わった店である。 「これ、いくらだ?」 「――君がそれを使うのかい?」 「それじゃあ…おかしいか」 こういうものを『実用に』買っていく人間はそうそういないだろう。それが、 少々気後れした。 「いや…別にかまわないよ」 見回すと、他にも日本刀やら西洋券やら、結構あぶなかっしいものが転がって いる。それにくらべれば、手甲などかわいいものかもしれない。 「二万だな」 こういうものの相場など、龍麻は知らない。今までずっと、リストバンドでも たせてきたから、当然といえば当然である。いいかげん、リストバンドも限界に きていたから、これを見てひかれるのも仕方なかった。 「わかった。現金でいいか?」 「ああ」 財布の中の札を数え、彼に手渡す。あっさりとためらいもなく一万円札を出す 高校生を見ても、彼は何の反応も示さなかった。 「…そのカバンの中には入りそうにないな。貸してくれないか?」 「あ? ああ」 手渡して、再び店を見渡す。日本刀――というには少しばかり長さが足りない、 細身の刀が目に入る。 (京一には…無理そうな刀だな) だが、ものはよさそうだ。 「これで…大丈夫だと思うが」 わざわざ店の袋に入れてくれたらしい。あわてて視線を戻し、それを受け取る。 「ありがとな」 「どういたしまして」 また、最初の無表情に戻っている。惜しい。 「…僕の顔に何かついているのかい?」 「あ、そういうわけじゃないんだ。すまん」 思わず眺めてしまったらしい。謝り方もわざとらしかったか。 「いい店だな。気にいったよ」 「それはどうも」 袋を抱え、龍麻は一礼する。 「今度は仲間連れて来るよ。一緒に」 家に戻り、龍麻は乱暴にカバンを投げた。制服のホックをゆるめ、楽な姿勢で 横になる。 (しかし…あの店…) 不思議な店だ。まるでそこだけ時間が止まったままのような。 しかも、並んでいる品がいちいち曰くありげなものばかりだった。 店の青年の顔を思い出し、龍麻はふと考える。 今時めずらしい、和風の整った顔立ちの学生だった。「日本風」というよりも、 「和風」という方がしっくりくるような顔だち。物腰も落ち着いていて、同年代 とは思えぬような雰囲気があった。 (ああいう商売してるからか…) 自室に入ってから、龍麻は袋から買ったばかりの手甲をはめた。 悪くない。これなら、これからはもう少し戦いが楽になりそうだ。 ――これから? そうそう簡単に決着がつくような気がしない。 ということは、これからまたあの店に行くことになるだろう。 そしてまた、同年代の店番(?)に会うのだろう。 彼とは…また会いそうな気がする。 自分の中の『何か』がそう告げている。 (ま、なるようになるさ) そう結論づけて、龍麻は目を閉じた。 そのカンが何なのかわかるまでには、もう少しの時間が必要だった。 ――そう。あの燃えるような陽光の下で出会う、夏の日まで。
夏城さんの、大化の改新リクエストでした。本番なしなのは設定上仕方ないので あきらめてください。
リクエストにおこたえできたかどうかわかりませんが、これが龍麻と如月の
《初見》ということで。
書き始めたら本番ナシのせいか、異常に早く進みました。ひょっとしたら絶好調
だったのか、自分。
実は四號、「裏担当」ですが、本番ナシの方が圧倒的に書きやすく早いです。
「そういう場面」があるたび七転八倒しているなんて思われてないだろうな…。
しかし、毎週更新のたびにリクエストの書いてる気がするのは何故。